第20話 約束の実行

気もそぞろな私の心中はそのまま仕事の面でも反映されてしまった。


「藤澤ぁ!」

「っ、はい」


荒っぽい声色で係長に呼ばれドキッとした。慌てて係長のデスクに向かうとバンッと紙の束を机の上に叩きつけられた。


「DMの添付書類の日付け、全部去年になってるぞ」

「…え」

「間違ったままこれだけの量のコピーを取るのは大変だっただろう」

「あ、あの…」


午前中に仕上げたはずの仕事のミスを指摘され背中に冷たいものが走った。


「日付の確認は最優先事項だって教えたよな。俺が確認するまでもなく、合っていて当然のことだろうが」

「す、すみません!」

「……とっととやり直せ」

「はいっ」


あり得ないミスをしてしまい恥ずかし過ぎて係長の顔をまともに見る事が出来なかった。


(何やってんの、私!)


言い訳すら出来ない状況にただひたすら謝ってPC前に座るしかなかった。



結局この日も残業になってしまった。打ち直した書類をコピーし直し、宛名が印字された封筒に一枚一枚封入して閉じる。そんな作業が終わったのが20時前だった。


「…はぁ」


人気の無くなった廊下をひとり歩いていた。手にした携帯に着信はなかった。


(…真戸さんから連絡、ないな)


元々LINEやメールをするのが好きじゃないと言っていた。機械越しのやり取りは苦手だと。だから尚更ああいった状況になった私宛てに連絡がある訳がなかった。


(ひょっとして前みたいに)


微かな希望を胸に少し小走りに会社の外に出た。


前に残業した時と同様、真戸さんが待っていてくれることはないか──なんて思っていた私に現実はそれほど甘くないことを思い知らされた。


(待っている訳、ないか)


はぁ、とため息をひとつ付いて歩き出した私の頭がポンッと叩かれた。


「っ!」


心臓が飛び出るほど驚き、慌てて振り返ると其処には内野宮係長がいた。


「終わったのか」

「か、係長?!どうして」

「約束を果たしてもらうぞ」

「約束?」

「晩飯。幸いなことに今日は真戸が待っている気配もなかったしな」

「……」


(ひょっとして真戸さんのことを気にして外で待っていたの?)


前みたいに休憩室に誰もいなかったから今日こそ係長は先に帰ったのだと思っていた。と同時にやっぱり真戸さんは待っていてくれなかったんだという現実に胸の中が抉られるように痛んだ。



『飯、食いに行くぞ』と半ば強引に係長に連れられて来たお店はチェーン店の和食屋だった。


「俺、すき焼き御前。おまえは」

「私は……お刺身定食で」

「おまえって魚料理好きだよな」

「え」

「社食でもよく魚系の定食食べているだろう」

「そう、でしたっけ」

「そうだよ。鯖の味噌煮だのアジフライだのブリの照り焼きだの…どんだけ魚好きなんだって思っていた」

「……」


(それって…それだけ私を見ていたってこと?)


自分でも気づかなかったことを人から指摘されて初めて気が付いた。


「俺は魚より断然肉だな」

「係長らしいですね」

「そうか。おまえも肉、食えよ」

「はい」


そんな他愛無い会話が続き仕事で凡ミスをした気まずさと申し訳なさの緊張感は薄れると共にちゃんと係長の顔を見て話せている自分に少しだけ安堵した。



運ばれて来た料理を摂りながらそれは唐突に切り出された。


「──で、真戸とはどうなっているんだ」

「ブッ」


思わず口にしていたお味噌汁を吹いてしまった。


「おま…汚いなっ、ほれ、おしぼり」

「か、係長がこのタイミングで変なことを言うからっ」


係長から受け取ったおしぼりでテーブルに零れたお味噌汁を拭きながら徐々に顔が熱くなるのを感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る