第19話 哀しみ

どうやって家に帰って来たのか記憶が定かじゃなかった。



「……はぁ」


見慣れた天井を見つめながら茫然としていた。


「…終わった……のかな」


ポツリと零れた独り言に急に涙腺が崩壊した。


「う…うっ…う…」


目頭が熱いくらいに痛んで、涙が止め処なく湧き出た。



何もかもが初めてだと告白した私に真戸さんは急に私の上から退いてそそくさと着替え始めた。そして茫然としている私に向かって『駅まで送って行くから着替えて』とひと言だけ発した。


そのまま私たちはホテルから出て最寄り駅まで行くと真戸さんは『じゃあね』と告げてあっという間に去って行った。


何が起こったのか解らなかった。だって真戸さんは何も言ってくれなかったから。どうして突然こうなってしまったのか私には解らなかった。


(私が初めてだから…?)


真戸さんの態度が急に変わったのは私が付き合うのもキスするのも初めてだと告白をしてからだ。


(処女じゃダメなの?)


恋愛偏差値ゼロの私にとって経験の有無がマイナスになるなんて考えたこともなかった。寧ろ男の人にとって初めてというのはかえって嬉しいことなんじゃないかとあざとく思っていた処があった。


(でも…違った)


少なくても真戸さんの態度は初めてに対して好意的なものじゃ無かったことだけは私にも解ったのだった。



翌日、今日ほど会社に行きたくないと思ったことはなかった。だけどだからといって仮病を使って休むことも出来ず、私は重い足取りで出社した。


心の何処かで真戸さんに逢わないように──なんて考えながら更衣室までやって来た。


(はぁ…)


なんとか真戸さんと逢うことなく此処まで来れてホッと安堵のため息をついた。ロッカーから制服を取り出し着替えているとポンッと肩を叩かれた。


「!」

「おはよう、郁美」

「あ…美佳、さん」


其処には既に制服に着替えていた美佳さんがにこにこしながら立っていた。


「その後、どう?」

「…どう、とは」

「真戸さんと。上手く行っている?」


『真戸さん』という名前を言う時に少しだけ声を潜めてくれた。


(気を使ってくれている)


些細なことだけれど、そんな気遣いをしてくれる美佳さんをいいなと思った。


「昨日デートしたんでしょう?愉しかった?」

「え、えぇ…ご飯を食べに行って…愉しかったです」

「それだけ?」

「……」


美佳さんが何を訊きたがっているのか暗に解ってしまった私はどう答えるべきか迷ってしまった。


(折角応援してくれていたのに…)


付き合って二日でダメになったとはとても言えなかった。


(ダメには…なっていないのかな…まだ)


確かな結果が出ている訳ではない今、きちんとした事が言えないもどかしさが益々私を暗い底に落として行く感覚に囚われてしまっていた。


結局曖昧な言葉で状況を濁すしかなかった私だった。それは後から来たエリちゃんも同様で、色々訊きたがったエリちゃんに対しても当たり障りのない薄ら呆けた報告をするしかなかった。


(…言えない…ふたりには)


真戸さんと付き合うことになった私を色んな意味で応援してくれたふたりだからこそ言えなかった。


真戸さんから受けた思いもよらぬ態度をそのまま相談して、真戸さんのことを悪く思われるのは厭だと思ったから。


(真戸さんの真意が解らないから余計に軽率な事は言えない)


吐き出すことの出来ない陰鬱とした気持ちをどうやって消化すればいいのか解らず、ひとり悶々としてしまうのだった。



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