第8話 ミス

同じ会社にいるからといって逢いたい時に逢える訳じゃない。私は事務職で真戸さんは営業職。外回りの多い真戸さんに逢いたいと意識的に思っていてもそれは簡単には叶わなかった。


(だからといってLINEというのもなぁ)


失礼なメッセージを入れてしまったツールを使うというもの気が引けて気軽に送ることが出来ないでいた。


偶然バッタリと逢えたりしないだろうか──なんて都合のいいことばかりを考えてしまう。



「藤澤、ちょっといいか」

「はい」


もうじき終業時間だという頃、私は内野宮係長に呼ばれデスクに向かった。


「大変残念なお知らせです」

「え…なんでしょう」

「残業をお願いしたい」

「残業…ですか?」

「そう。これ、新規のお客様リスト」


目の前に差し出されたのは私が午後一で係長に渡した顧客名簿の束だった。


「えっと…これが残業の理由ですか?」

「そう。これ、五十音順になっていないよ」

「え?」

「町名の後に氏名も五十音順であるはずがてんでバラバラなんだけど」

「え…えっ?町名が五十音順という訳じゃなくて、ですか?」

「勿論町名も五十音順だよ。其の後の顧客名も五十音順で書くって知らなかった?」

「す、すみません、抜けていました」

「抜けていたも何も…研修で習っただろう。電話帳と同じだって」

「っ、すみません、直ぐに打ち直します」

「はい、お願いします」


あり得ないミスを犯してしまって私の脳内は一瞬にして仕事モードに切り替わった。



「ご愁傷様」

「うぅ~ごめんね、エリちゃん」

「わたしはいいんだけど…終わるまで待っていようか?」

「ううん、いつ終わるか解らないから…とりあえずまた次の機会でということで」

「解った。じゃあ頑張ってね」

「うん、また明日ね」


今日は仕事が終わってからエリちゃんに色々話を訊いてもらう約束をしていた。勿論、私のおかしな恋愛嗜好も洗い浚い話して何らかのアドバイスをもらえたらいいなと思っていた。


(なのによりにもよって今日に限ってこんなミスを!)


真戸さんのことをあれこれ考え過ぎていて仕事が疎かになってしまったのだろうか?なんにせよ私自身がミスを犯したことは事実だ。


『明日朝一で提出だからな。頑張れー』


なんてある意味叱咤激励の言葉を係長から貰いヤル気もそこそこ湧いた。


(普通はもっと怒るだろうな)


単純なミス程腹立たしく思うものじゃないかと思う。だけど内野宮係長はミスを窘めるだけで怒りはしなかった。


(上司運はいいみたい)


なんて考えながらキーボードを打つ速度は一定に処理して行った。




「…ふぅ、終わった」


無事に修正出来てホッと息を吐いた。まるっきり初期から構築する訳じゃなかったので案外早くに終わることが出来た。


訂正し直した名簿を係長のデスクに置き私は帰り支度を始めた。


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