第3話 私の恋愛嗜好

私はまともな恋愛が出来ない。それは私が恋愛をしてはいけない人ばかりを好きになるから。


好きになってはいけない人──それは【既婚者】


つまり私は結婚指輪フェチだった。


左薬指に結婚指輪をはめている男性が私にとっては魅力的な男性として胸をときめかせる存在になったのは中学三年の時からだった。


中二の時、新任で担任になった数学の先生に恋をした。恋──というか最初は憧れという存在に近かった。同級生の男子とも父親とも違った年代の男性としての目新しがあったから惹かれたのかも知れない。


そんなアイドルに恋をする感覚で先生を気にしてから一年後、中三になった春、先生は私の中で特別な存在になった。


先生は結婚をして左薬指に結婚指輪をはめて学校にやって来た。それを見た瞬間、今までとは比較にならない程に先生に強く惹かれた。


結婚して、奥さんという存在の女性がいる先生に対して男としてのあらゆる生々しい想像をしてしまっている自分に打ち震えた。


学校では先生として清く正しく、でも奥さんが待つ家に帰れば先生は先生ではなく、夫としてひとりの男になるのだという淫らな妄想が私にあり得ない快感を与えた。


勿論強く惹かれたといってもそれは表に出していい感情ではなかった。


先生と生徒である以前に先生は既婚者。奥さんのいる人を好きになる事は出来ない。私の中でそれだけは頑なに守るべきモラルだった。


そうして私は初恋を知ったと同時に失恋をも味わったのだった。


先生に対して初恋と失恋を同時に経験してから私は、それからも結婚指輪をはめている男性を見ると胸をときめかせた。例えその男性がうんと歳上でも、顔が好みのタイプの人ならドキドキした。


もっとも指輪ありきで恋をしてしまうのでその人の性格とか中身というのは全くどうでもよかった。ただその結婚指輪から想像されるその人の、私には一生知ることの無い奥さんとの夫婦生活を想像して勝手に身悶えるだけだ。


指輪を見て好きになった人は数知れず。でもひとりも告白出来なかったし、付き合ったこともない。


勝手に好きになって勝手に失恋するという変態的な恋愛嗜好の持ち主なのだ、私は。


(こんな話、気軽に出来ることじゃない)


高校生、大学生、女友だちが出来れば自然発生する恋愛話。そんな時、私は話せるような恋愛をしていないし、出来なかった。


『悩んでいるなら相談してよ』と言ってくれる友だちがいたけれど、私自身がおかしいと思っていることを話して変な目で見られるのが怖かった。


だから話せなかった。


今思えば嘘でもうまく立ち回ればよかったと思うけれど、その時は頑なに『話せない、何でもない、悩んでいない』なんて突っぱねるしか出来なかった。


その内自然とつき合う友だちは限定され淘汰されて行った。


恋愛も上手く行かない。


友人関係も上手く行かない。


そんな私という女はせめて仕事を頑張るしかないと思うのだった。



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