第2話 頼れる上司

昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り、私はエリちゃんと共に籍を置いている部署のフロアに戻って来た。



「藤澤」

「っ、はい」


デスクに着くか否かの瞬間に声をかけられ少しだけ驚いた。私に声を掛けたのは直属の上司で係長の内野宮隼人うちのみやはやとだった。


「営業から連絡あったんだけど、午後からの南向通り地区のお客様明細書って誰かに渡したか」

「いえ…まだプリントアウトしていませんが」

「──だからか。午後一で出るから昼前に届けるようにと申し送りがあったはずだぞ」

「え、そうでしたか?!」

「そうだよ。朝社内メールで回したって言ってるぞ」

「社内メール…って、あの、それ日付が明日になっていましたけど」

「は?嘘だろ」

「嘘じゃ…えっと」


私は慌ててスリープ状態のPCを起動させメール画面を表示して見せた。


「……本当だ。んだよ、あっちのミスじゃねぇか」

「でも午後一で要るってことなんですよね?今すぐプリントアウトして渡して来ます」

「プリントアウトだけしてくれ。あっちをこっちに呼びつける」

「そうですか」

「内線かけるからプリントアウト、早急に頼む」

「はい」


そう言って内野宮さんは自分のデスクに戻って行った。


仕事には慣れていない新入社員が頼んだ仕事をしていない──となればそれは大抵新入社員がミスしたと考えるのが普通だろう。


でも私は運が良かった。



「ほら、謝れよ」

「本当にごめんね!オレのミスだった。日付間違いなんて初歩的なミスしておいて一方的に内野宮に文句言っちゃった」

「いや、俺も訊いた時点で藤澤がミスったんだと思ったからよ」

「…ですよね、普通はそう考えますよ」

「あーそう考えたことは謝る。すまなかった」


外回りに出かける営業の人と係長がふたりして同時に私に対して頭を下げたことに若干の居心地の悪さを感じた。


「いえ、もう大丈夫です──それより時間、大丈夫ですか?」

「あっ、そうだった。遅刻する!じゃあそういうことで確かに明細書、受け取りました」

「はい、頑張ってください」


心穏やかに営業の人を見送れたのは証拠となる受信メールの存在と──


「藤澤、お疲れさん」

「係長も。それとあんなに簡単に下っ端に頭を下げないでくださいね」

「は?下っ端ってなんだ。そういうのは関係ないだろう。此処はチームワークでやってんだから」

「…はぁ」

「俺のチームに入ったからには一蓮托生。上とか下とか関係ない。悪かったら素直に謝る。常識だ」

「…ですか」

「おう。ただし俺がミスした時はそのとばっちりがおまえにも飛んで行くがな」

「あー…ですか」

「んな、情けない顔するな。安心しろ、俺はミスをしない」

「言い切りましたね」

「言い切る。しない」

「はい、了解です」


このいいも悪いも上司らしくない内野宮さんのおかげだった。



「内野宮さんっていいよね」

「え」


給湯室で会ったエリちゃんに唐突にそう言われて疑問符が浮いた。


「先刻のやり取り見てて益々そう思った。ね、いいと思わない?」

「いいというのはどういう意味で?」

「勿論男として」

「男として…?」

「仕事デキるし、ワイルド系だけど何処となく優しいし面倒見も良さげじゃない」

「エリちゃん、係長のことよく見ているね」

「内野宮さんだけじゃなくて他にも色々リサーチしているよ」

「ほぇー就職してからまだ三ヶ月しか経っていないのに」

「もう三ヶ月だよ。有望株は早めに手を付けておかないと」

「手を付けるって…エリちゃんこそワイルドだね」

「郁美がのんびりし過ぎてるんだよ。新入社員という肩書は一年しか使えないんだよ」

「でも会社に男の人漁りに来ている訳じゃ──」

「甘い!社会人になってからの出逢いなんてそうそうないんだからね。手っ取り早く相手を見つけるなら社内恋愛に限るでしょう?!」

「……そう、なのかな」

「勿論仕事もしっかりこなすわよ。その上で恋愛が並行していれば人生が潤うでしょう?」

「まぁ…そうなのかな」


エリちゃんが言っていることは一理あるのかなとは思うけれど私自身、恋愛のある人生をこれまで送ったことが無い故に完全に同意することは難しかった。


(この先…恋愛出来なくても、結婚出来なくても…仕事さえ出来ればなんとかひとりで生きていけるよね?)


どうしてもそんな考えが私の心に居座り続けてしまっているのだった。



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