#21 ナイトコール、五分前。


 西野さんの部屋から駆け戻った僕が自室に着いたのを見計らったかのようにスマホが震えた。


「ッ!?」


 感情がアップダウンし過ぎたからか、平常心からは程遠い。だけど振動し続けるスマホを慌てて取り出してみると画面に表示されていたのは『佐久間さくま真唯まい』の文字と電話番号という名の数字の羅列。


「ま、真唯ちゃんッ!!」


 靴を脱いだだけの僕はそのままの姿勢ですがるように電話に出た。


「…あ〜、お兄ちゃん約束忘れてるよ〜」


 可愛らしい、だけど少しねたような声がした。


「や、約束ッ!?」


「うん。私の事、ちゃん付けしないで呼ぶって…」


「あ…」


 スマホから伝わってくる『妹』の声、自分の物でなくなっていた心が胸の中に戻り始める。


「ご、ごめんね。ま、真唯から初めての電話だったから…」


 答えになってない返事をする。


「そっか。ねえ、お兄ちゃん」


「う、うん」


「合格、おめでとう」


「え…?あ、ありがとう」


 合格という言葉に僕は考えが及ばず一瞬だけほうけたような声を出した。が、すぐに自動二輪バイクの免許試験の事だと思い至り礼の言葉を返す。合格についてはスマホのメッセージアプリで既に伝えていた、だがこうやって通話するのは初めての事だった。小柄で可愛らしい彼女の顔が思い浮かぶ。


真唯まいね、ずっと待ってたんだ」


「え?な、何を?」


「お兄ちゃんにこうやって『おめでとう』って言うの」


「う、うん。凄く嬉しいよ」


「ごめんね」


「え?ど、どうしたの?」


 真唯のいきなりの謝罪の言葉。


「朝…、早かったんでしょ?疲れてない?」


「あ、ああ。そうだね、朝六時には出発してたから…。でも、多賀山さん達にクルマで送ってもらったから大丈夫だよ」


 そんなやりとりをそれからも続けた。少しずつ心が落ち着き自分の物となっていく…。


 しばらくして真希子さんの声も混じった。おそらく真唯が電話しているところにでも通りかかって、僕と電話している事を察したのだろう。通話に時々乱入し、今回の合格について祝いの言葉を投げかけてくる。


 少しずつ僕の言葉にも元気と笑いが混じり出した。やがて僕の部屋にある時計が午後九時を指し、電子音が鳴った。一時間ごとに鳴るようになっている。


「あっ…、消灯の時間だね。お兄ちゃん」


 一度この部屋を訪れた事がある真唯はこの電子音の事を知っている。そしてこの寮の消灯の時間の事も知っている。消灯後は通話を控える事も…。


「じゃあ、また明日ね?おやすみなさい、お兄ちゃん」


「おやすみ、真唯」


 僕は通話を終えて一つ『ふう』と息をついた。ありがとう、そんな風に一人言。でも、本当はまだ九時じゃない。時間に余裕を持って行動する為、僕は時計を五分進めていた。だからまだ九時まで一分か、二分か…余裕がある。


「部屋に入らなきゃ…」


 玄関に突っ立ったまま電話していた僕は、何やってんだろうと軽い自己嫌悪をしながら部屋に入ろうとした。


 その時…。


 コンコンコン。


 背後の玄関ドアをノックする音が響いた。

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