#20 西野さんの部屋で…。


 食堂を後にして現在の時刻は午後八時半になろうかという頃…。僕は寮の入り口で西野さんと出会った。


 寮の門限は午後八時なので本来ならアウトだが、到着が遅れる旨は既に電話をして寮母の田柴さんには伝えてあるらしい。


「今までお見かけしませんでしたが、西野さんは寮生だったんですか?」


「はい、今夜からです。夕食の時にでも皆さんにはご挨拶しようと思ったんですが…。もう遅い時間なので明日にしようと思います」


 そんな会話をしながら歩き着いたのは125号室、僕の部屋とは間に階段を挟んで隣という事になる。極端に壁が薄い訳ではないが、気にする人は昇降の足音が気になるそうで階段横の部屋は人気が無いらしい、そんな理由で空いていたので今夜から西野さんの部屋となったのだそうだ。


 後で聞いた話だが、元々はここが101号室であったらしい。しかし僕が急遽入寮する事になり、別の場所にバスルームや簡易的なキッチンを備えた新しい101号室である僕の部屋を新造した。女子校であるこの高校には当然寮も女性用の設備しかない。浴室も大浴場一つしかなく、問題が起こらないように自室にお風呂等を備えた男子ぼく専用の居室…101号室の誕生となったのである。


 そんな訳で旧101号室は部屋番号を抹消し空室となっていた。そしてこのたび、新転入生である西野さんが入寮を希望した為に新たに125号室として利用される事になったのである。



 ここが女の子の部屋か、初めて入るなあ…。125号室に入るまで僕はそんな事を思いながら何かを期待していた。しかし、僕を出迎えたのは飾り気の全く無い室内備え付けのベッドや机だけだった。と言うより初めて空き部屋に入りました、そんな感じである。


 まさかの殺風景にちょっとガッカリ。何て言うか、ぬいぐるみとか女子力高めのカーテンとかを少なからず期待していたのだが…。


 拍子抜けしてしまったたがそれもそのはず、西野さんは初めてこの寮に来たそうだ。本来ならもう少し早い時間にやってくるはずだったが、電車に遅れがあり予定より到着時間が遅れてしまったらしい。まあ、それならしょうがない、しょうがないんだけれど…。


「荷物、ここに置きますね」


 自分勝手な期待をしてガッカリした僕だけど、気を取り直して西野さんに続いて125号室に入った。彼女の肩掛けのバッグを部屋の片隅に置いた。重さや感触からするとおそらく衣類だろうか。


「ごめんなさい、手伝わせてしまって」


 そんな僕に申し訳なさそうに西野さんが頭を下げる。


「あ、気にしないで下さい。僕が勝手にやった事だし。それに重かったでしょう?女の子が運ぶには」


「少なくしたのですが、何かと入用いりような物が多くて」


 そうなんだろうなあ…、女の子って。衣類とか男より色々気をつけてそうだし、身の回りの物も男に比べて多そうだし…。


 クラスの女子生徒の中にも、通学用のリュックに『これでもか!これでもかッ!』っていうくらいにぬいぐるみがぶら下がっている子もいる。僕の中学時代にはコスメ情報の収集や交換を熱心にしている子もいた。クラスの集合写真とか撮る寸前にクシやブラシを取り出して、手早く髪を整えたりする子もいたっけ…。おしゃれ?身だしなみ?どちらにしても熱心な子は今も昔も数多い。


 このバッグ以外にもう一つ、西野さんはキャリーケースを持って来ていた。旅行の時などに使う底面に小さな車輪の付いたアレだ。多分、引っぱりながら持ち運び出来る分、重い物が入っているんだろう。


「寮というのは…、この時間には寝静まるものなんですか?」


 西野さんが僕にそんな事を聞いてきた。ドアストッパーを使い、開け放たれたままのドアは無人の廊下とこの部屋をいささかもへだててはいない。異性同士が一つ部屋にいるのに際して行うエチケットである。


「他の寮生の皆さんは今、全員が食堂に…」


 今頃、現役刑事の多賀山さんと大信田さんによる生徒指導おせっきょうを絶賛受講中だろう。


 あ、それならそれでマズいんじゃないか?他の生徒はこのあたりには誰もいない。護衛である多賀山さんと大信田さんは生徒指導中。寮母の田柴さんもそこに同席してるんじゃないだろうか?


 そうなると人気ひとけの無いところで女の子と二人きり。いくらドアが室外に開放されているとは言え、夜だし西野さんにらぬ気を使わせてしまう。


「そ、それじゃあ僕はこれでっ!!」

「あっ…」


 慌てた僕はそそくさと西野さんの部屋を出ようとする、背を向けた西野さんから洩れた声だけが聞こえた。その刹那せつな…。


「………ッ!!?」


 僕は抱きしめられていた。西野さんが僕の背中から手を前に回して…。


 背中に僕のものではない誰かの感触。当然、僕に抱きついている西野さんのものだろう。前に回された西野さんの手がちらりと視界の隅に映った。、透き通るような白い肌、間違いない西野さんのものだ。


 な、なんだ?どうしたんだ、思考が止まる。僕は反射的に右手で西野さんに触れていた、僕より少し体温の低い手の甲に。


「わ、私…、ずっと…」


 我に返ったのか西野さんは慌てて僕を抱きしめるその手をいた。そして慌てて僕から一、二歩離れたようだ。


……………。


………。


…。


「…お、おやすみなさい」


 僕は戸惑いながらそう口にすると足早に西野さんの部屋を後にした。自室に戻り靴を脱ごうとしたら足首につっかけただけのかかとを潰すような履き方に気がつく。靴をちゃんと履くだけの心の余裕も冷静さも無かったようだ。


「なんだったんだろう…」


 玄関脇の壁にある外出前の身だしなみを確認する為の姿見すがたみ(※鏡のこと)は今呟いた言葉と同様、戸惑うばかりの僕の顔を映していた。

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