#8 君の入寮を歓迎するッ!
梁緒先輩に連れられて寮の中を見て回る。もっとも元々は三階建ての校舎だ。構造としては横に長い直方体の建物、教室だった場所を改築し居住用に改築して寮にしたものだから非常にシンプルである。
誰かの居室に用がある訳でもないので食堂や大浴場、非常口などの避難経路などを教われば寮の構造の把握は事足りる。そんな時に改めて声がかかった。
「これの使い方は分かるか?」
先輩の言葉に示されたものを見てみればそこには懐かしい公衆電話。十五年前でさえ携帯電話やスマホの普及で絶滅危惧種と言われるくらい数を減らしていたが、今も寮には各階に一台設置されている。
僕が十五年前に行方不明になり、先月急に姿を現した事を先輩はニュースなどの情報からだろうか知っていて心配してくれたようだ。いわゆる浦島太郎状態の僕が現代の生活様式に不便が無いようにと配慮して公衆電話が使えるかどうか確認をしてくれた。
ちなみに公衆電話には電子マネー決済対応だけでなく昔と変わらず十円や百円硬貨を入れる投入口もしっかりあり、いわゆる電子マネー全盛の
「電波障害が発生しても有線は関係ないと言うがな」
梁緒先輩がそう言っているが、電話会社自体がシステムトラブルに見舞われればそもそも電波を伴う無線も有線も関係ないのは周知の事実。
「備えあれば憂いなし」
先輩がそんな
そういった時に困らないように現金もある程度持っておこうと心掛けると共に、僕はそれを教えてくれた先輩は意外と世話好きなのだろうかと思うのだった。
□
広さにして六畳程の公衆電話の設置スペースにはファミレスにありそうな横掛けの座席があり、今ではここが談話室代わりの場所になっているそうで僕と先輩はそこに座りしばらく話をしていた。
梁緒先輩は県内の最西の街である秩父市の出身で、その中でも県境に近い所に実家があると言う。
「…それで私は歴史が好きでな、高校進学を考えた時にどうせなら好きな戦国時代に触れられるような所はないかと県内を探してみたのだ。すると城郭の一部だった場所をそのまま学校の敷地にしているこの学校の存在を知ってな…。受験するに至ったのだ」
「そうだったんですね。僕も戦国時代は好きで…」
そんな話を皮切りに少しずつ話をしていく。梁緒先輩はこの学校を志望したが、電車の路線などを考えると通うにはかなり不便な位置関係にある。そこで寮で暮らす事を考えたのだと言う。
「それで今に至るという訳だ」
「そうだったんですね。僕はずっとこの町で育って、実家も歩いて通えるくらい近くにあるんですが警備の面からも帰る事が
僕の話題はいまだにテレビのニュースで取り上げられる事もあり、護衛をしてくれている浦安さんによればいまだにその注目度合いは高いらしい。ゆえにまだまだ警戒を緩める訳にはいかないそうだ。
「ままならぬものなのだな」
先輩がポツリと感想を漏らした。
「だが、安心するが良い。我々は佐久間修、君の入学入寮を歓迎する」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
「さてと…。そろそろ頃合いか…」
談話スペースの壁に掛かった時計を見て先輩が立ち上がった。壁掛け時計は午後六時半を過ぎたところを示している。
「そろそろ行くか。トイレなど行かなくても問題無いか?」
不意にそんな事を
「え、ええ。大丈夫ですけど…」
「ならついてこい。皆、帰寮し準備も整っているだろう」
準備って何?そう思ったけど僕はさっさっと先輩が颯爽と歩き始めたのでそれについていく。向かった先は食堂だった。
「熱心な者は十九時まで居残り練習をする事もあるらしいが、今日は早めに切り上げてもらった」
「は、はあ…」
訳も分からないまま僕はとりあえず先輩の話に相槌を打った。それを見て先輩は食堂の入り口の両開きの扉に手をかけた。
「そう緊張しなくても良い。我々は君の入寮を歓迎するッ!」
そう言って先輩が両開きの扉を押し広げるとそこにはたくさんの女子生徒の皆さんが…。正面奥の壁には『ようこそ!!佐久間修くん!!』という大きな手作りの看板が飾られているのが見える。そしてそこにいる誰もが笑顔と拍手で僕を出迎えてくれていたのだった…。
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