#4 用法を守って正しくお使い下さい。


「早くシャワー、浴びて来いよ」


 僕はキメた顔でそう言った。


「………っ!?…は、はい」


 真唯はビクッと体を震わせて小声で絞り出すように返事した。なぜか小刻みに体を震わせているような気がする。


「…あ、あれ?真唯、どうした?そんなに震えて…」


「う、ううん…。だ、大丈夫…。わ、私…体の隅々すみずみまで綺麗に…して…くるね」


「い、いや。時間があまり無いからサーッと軽く汗を流すと言うか…、そのくらいで…」


「お、お兄ちゃんは…、そういう…ちょっと残ってるくらいが…良いの?」


「ん?…残る?」


「その…、洗い残しとか洗い忘れのある部分を楽しみたいとか…。そういうのを…こ、言葉責めしたい…とか…」


 真唯は可哀想になるぐらい赤面して僕にそんな事を聞いてくる。なんかおかしな雰囲気だぞ…。


「あ、あの…。どういう事かちょっと教えてくれない?」


 僕は真唯に真顔で尋ねるのだった。



「そ、そういう意味だったんだ…。『早くシャワー、浴びてこいよ』って…」


 小学校くらいの時に見た『元有名子役が絶対に言わなそうなセリフ』モノマネで見たセリフだったが…。


「…う、うん。だから…、私…」


「あああ…。ごめんね、怖い思いさせちゃって…」


 やってしまった。無知とは罪だと言うけれどこれはまさにそうだ。知らなかった事とは言え、真唯を動揺させてしまった。


「大丈夫、純粋な意味よかったらで汗を流してきてって意味だから…ね?」


「う、うん…」


「タ、タオル、これ…使って…」


 そう言って僕は真唯にバスタオルを渡し、バスルームに案内した。真唯の姿がバスルームに消え、水音が響き始めると先程までのやりとりが思い出される。


「まずい…、まずいぞ。めちゃくちゃ意識しちゃうじゃないか!」


 赤面しシャワーを浴びてくると言った真唯…。意識しない方が無理があるというものだ。


「日本語は用法を守って正しく使おう、そうじゃないと…」


 まるで医薬品の注意書きのようだが、



「じゃ、じゃあ…、行こうか」


「うん…」


 どこかまだぎこちない会話を交わしながら僕達は寮母室へ。寮母さんと寮長さんに会う為である。


「お兄ちゃん、私も一緒に行って良いの?」


 少し不安そうに真唯が尋ねてくる。


「うん、もちろん。…って言うか、真唯がいないと…」


「えっ…?」


 そう、これは真唯がいないと始まらない。だけど、時間がない。前もって話をしていなかった僕が悪いのだが…。


「ごめん、真唯!とにかくついてきて。約束の時間に行かないと…」


 僕の『早くシャワー』発言で余計な時間を食ってしまった。それが無ければ良かったんだけど…。


 とりあえず僕は寮母室の扉を叩いたのだった。


……………。


………。


…。


「それじゃあ説明を終えるけど、他に分からなかった事はないかい?」


 寮母である田柴理恵たしばりえ先生による寮生活の基本的なルールの説明を受けた。第一印象はきっぷの良い眼鏡をかけたおばちゃんという感じだったが、どうやらハズレではなかったようだ。


 僕は川越八幡女子高校に入学の許可を受けると同時に寮生活を希望していたので事前に寮の利用規約を記した冊子を受け取っていたので既に目を通していた。なので今回はその補足などを聞いている状況だ。


「あ、はい。大丈夫だと思います。寮生活は初めてでこれからご迷惑をお掛けする事もあるかも知れませんがよろしくお願いします」


 そんなやりとりをする席には田柴先生以外にもう一人同席している。寮長の梁緒宙子りょうちょひろこさん、三年生。梁緒先輩からも寮生の視点から寮生活での注意点などを聞き無事に顔合わせの面談を終わった。ちなみにこの後、梁緒先輩にはこの寮を案内してもらう事になった。


 しかしその前にもう一つ、僕はやるべき事をやらなくてはならない。その為の手続きと改めての挨拶を…。


「田柴先生、梁緒寮長。この場に僕以外の女子生徒がいる時点でもう既にお察しかも知れませんが…。どうかここにいる真唯を居室に宿泊させる認可をいただけるようお願いします!」

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