#2 寮生活。これからはずっと


「それでは皆さん、ありがとうございました」


 今日から寝泊りする川越八幡女子高校、その名もズバリ『八幡寮』。僕達はその入り口にたどり着いた。そして同行してくれた女子生徒達に向けて頭を下げる。


「さ、佐久間君っ!私いつでも送るよー!」

「アタシもー!!」

「ぐふふ、これが下校イベントなのね」


 そんな歓声が上がっている。うーん、どうにかして完全フリーの時間を生み出せるようにしないと毎日が大名行列になってしまう。何か良い対策はないものか…、これからの課題になりそうだ。

 

「じゃあ佐久間君後でね〜。また夕食の時にねー!」

「あ、は〜い」


「も、もし良かったらお風呂も一緒に…」

「バカッ!まだ早いって!」

「そうだよ、まだ初日だしッ」


 一緒に帰ってきた生徒達と別れる。一階には他の寮生もいるのだが、僕は男子生徒であり警備上の問題もあるので他の寮生達とは異なる位置に部屋が配置されている。具体的には自室内に風呂とトイレもあるのが特徴だ。


 元々、女子校内の生徒寮だから男子生徒の利用は想定していない。ゆえにこの寮には男子トイレがなく、お風呂も大浴場しかない。


 同じ学校に通う仲間を疑いたくはないが、僕の身に万が一が起こってはならないと自室内にお風呂やトイレを設置した…という事なんだそうだ。


 もっとも僕がその気なら大浴場を使っても良いそうなんだが…。そんな勇気は無いし、女子だって嫌だろう。


「プリティ、おつとめ御苦労さん」


「あっ、はい。ただいま戻りました、警備お疲れ様です」


 多賀山さんと大信田さんが出迎えてくれた。


「一日目、どーだった?」


「はい、色々と驚く事も多くて…」


「そうか、じゃあそれは後でゆっくり聞かせてくれ。二つ伝える事がある。一つは寮母さんから伝言だ、手が離せない用事がまだ残ってるらしくて顔合わせの時間を三十分遅らせて欲しい…だそうだ」


 「はい、三十分遅らせる…分かりました。もう一つは何でしょうか?」


「中であの子が待ってるぜ」



「修お兄ちゃん、お帰りなさい』


 部屋で待っていたのは真唯だった。


「ただいま、真唯」


 僕はそう言いながら備え付けの机にかばんを置いた。真唯の方に向き直ると彼女は少し照れたようにはにかんでいた。


「えへへ…」


 小柄な真唯だが、なんだか今はさらに小さく…というか小動物のようにさえ感じる。正直言って可愛い。


「ど、どうしたの?なんか良い事でもあったの?」


 真唯の方に少し近づいて声をかけた。


「うん。良い事あったよ」


 真唯もまたこちらに来る。


「へぇ、それはどんな?」


 ぽふっ。目の前に近づいて真唯が僕の胸に頭を預けてきた。


「こうやって…、お兄ちゃんにお帰りって言えた事…」


「そっかあ…。うん、良いもんだね。こうやって『ただいま』って言ったら『お帰り』って言ってくれる人がいるの」


「わ、私も…。待つ人がいるってこんなにも素敵な事だったんだね。ウチは…。ううん…、みんなそうかも知れない。お母さん一人、娘一人って家庭がほとんどだし…」


「あ…」


 そうか…。男性がほとんど消失してしまった世界…。家族がいきなり居なくなってしまった人もいるだろう。親だったり、子だったり。もし、母一人、子一人でそれも男の子だったら…。逆に父子家庭だったりしたら…。


 数え切れない悲しみがあったんじゃないか…。言葉に出来ない寂しさがあったんじゃないか…。真希子さんは介護の仕事をして宿直とまりの勤務もあるみたいだし、真唯は夜に一人でいる事も少なくなかったんじゃないだろうか。


「真唯…」


 僕は思わず真唯の体を抱きしめる。


「おっ、お兄ちゃん…?」


 いきなり過ぎたのか真唯の体が緊張の為かこわばっている。


「もうどこにも行かないからね」


 そう呟くと真唯の体から少しずつ力が抜けていった。小柄な真唯の温もりを感じながら離れ離れだった十五年の事を思うにつれ、その埋め合わせなんて僕にはとても出来やしないだろうと…。


「それでも、これからは…」


 僕にも出来る事があるはずだ、そう考えながら今は誰よりも真唯の側にいたいと感じていた。



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