#6 八木対決!その1。先生同士の反目


 八木はちぼく将軍という言葉がある。


 これは江戸幕府第八代将軍である徳川吉宗とくがわよしむねを指した言葉である。享保の改革を主導し『米将軍こめしょうぐん』とあだ名された人物だが、その『米』の漢字を『八』と『木』の二つの部分に分けて『はちぼく』と読んだものである。また、八木は『やぎ』と読む事もあり、さらに『木』の字をばらして『八十八やそはち』と読む事もある…。


「米か…」

「米だねえ…」


 学年全体の集会が終わった後、教室に戻ってきた僕達一年一組の面々は席に着き思わず漏れた声は若干の『面倒くさい』というような雰囲気をともなっていた。


「文化祭…、どうしてこうなった…」


 僕は思わず呟いていた。それというのも…。


 

 六時間目の全体集会は来週末に行われる文化祭についてのものだった。本来ならゴールデンウィーク前に話し合っておくべき内容なのだが、実は水面下で僕の編入がこの河越八幡女子高校ではないかという情報が流れた。しかし、一方で正式発表こそされていないものの私立貞聖高校に入学濃厚という噂もあったそうで関係各所の対応が遅れたらしい。


 男性に対し『新しい日常復帰プラン』研修を終えるまで就学先などを確認する事は原則聞き出したり接触をはかるのははいけないそうでだ。しかし、男性本人が自分から志望校について意思表示するのは構わないそうで『正式な発表はないが七、八割は貞聖さんで決まりじゃないの?』、そんな認識だったという。


 それから僕が実際に入学する日まで学校側は準備に腐心していたらしい。後で聞いた話だが、それで行事などについては後回しになっていたとの事だ。


 いくつかの高校を統合した河越八幡女子高校では大学受験などをする生徒もいる。その為、文化祭と体育祭をそれぞれ五月と六月に行い七月以降は受験に集中出来るように行事は極力少なくしているのだそうだ。


「な、なんだあ…。付き合ってる訳じゃないんだぁ」


 どこか安心したような声で真唯とは恋人関係ではなく妹である話の相槌を打つクラスの女子達。恋人、カノジョ…言い方は色々あるけど、僕には無縁のものだ。でも、真唯とは血がつながっていないんだから…。いやいや、なんですかその昔のラブコメに出てくるような『あるある』は。でも、血がつながっていないのは事実な訳で…。


「では学年集会を始めます」


 学年主任の先生がマイクを握り集会の開始を告げた。学園祭についての説明がされていく。一年一組は体育館の一番右、二列に整列し今はフロアに座って話を聞いている。身長の事もあり、僕は列の一番後ろだ。一組の左隣は当然二列、そのまま九組までクラスごとに並んでいる。


 担任の先生達はそれぞれ自分が担任するクラスの前にいる。一組ウチは山岡先生。二組は海原先生なんだ…、三組は九条先生で四組は出井女でいお先生…。五組からは…分からん、今日の授業を受けた中にはいないな。野沢先生は…いないな、他の学年の担当なんだろうか?


「では、次に模擬店の開催希望を募る。やりたいクラスの代表者は前へ!」


 あっ、数寄すきさんが立ち上がった、なるほど…ウチのクラスは模擬店をやりたいんだ。模擬店は縁日での屋台のように食べ物を調理して販売出来るとの事、確かに小学一年生の女の子に将来の夢についてアンケートをするとお菓子屋さんとかケーキ屋さんという回答は多いって言うもんなあ。高校生になった今でも同じ夢を持ち続けているとは限らないけど、昔を思い出してやってみたくなったのかも知れない。


「ぐふふふ…。一組が模擬店出来れば一緒に料理…。は、初めての共同作業…」

「も、模擬店ができれば佐久間君が立ち寄ってくれるかも…」


 何やら欲望が垣間見かいまみえるけど気にしない事にする。


 5名の各クラスの代表が前に出た。ちなみに模擬店を開催出来るのは二つのクラスのみ、代表者達のジャンケンによる選抜だ。何回かのあいこの後、いきなり二人が勝ち残る結果に終わった。勝利したのは一組と二組、勝利クラスが湧いている。


「うわー!勝った、勝った!」

「料理、何やる?何やる?」


 喜ぶ女子生徒達がいる一方で何やら雰囲気の怪しい人が二人…。


「「むむむ…」」」


 一組と二組の担任、山岡先生と海原先生の視線が火花を散らしていた。



「ああ〜。あの二人、なんでだかライバル視しあってるからね〜」


 クラスの女子がそんな事を言っている。もしかすると自分達の担当しているクラスが模擬店をやる事になり対抗意識が芽生えたのかも知れない。


「ふふふ、お前の所のような男にうつつを抜かしているクラスにまともな模擬店が出来るのか?」


「なにぃッ!?」


 ほんわかしているイメージがあった山岡先生だが強い口調に変わった。


「ああ…、また始まったよ…」

「アレさえ無ければ良いセンセーなんだけどな」


 一組、二組の生徒達が呟いていた。



「…ならば互いに何の料理を出すか決めようではないか」


「良いだろうッ!望むところだ!」


 山岡先生と海原先生の火花を散らすやりとりは同じ素材を使った物で競い合うという事になった。確かに片方がタコ焼きを出しているのに、もう片方がカキ氷を出していたのでは単純にその献立こんだてで優劣が決まってしまう。同じタコ焼きならタコ焼きで優劣を決めようと言う事なのだろう。


「ならば士郎子しろこ、早速だが料理の素材を決めようではないか。互いに意図を絡ませず、公平に選べる素材をな…」


 そう言って海原先生は僕の方を見た。


「新入生の佐久間っ!お前は昼に何を食べたっ!?それに使われていた材料を言うてみい!」


 えっ!?ぼ、僕…?ひ、昼に食べたのはおにぎりと唐揚げと卵焼きだから…。僕は立ち上がり返答をしようとする。


「え、えっと…米と…」


「ふふふ、そうかコメかっ!ならば古式にのっと八木対決はちぼくたいけつとするか。士郎子しろこッ!」


 米の後に僕は鶏肉と卵と言おうとしたんだけど海原先生はそれを言う前に自分の話を始めてしまっていたた。そして山岡先生に向き直る。


「どうだっ!コメを使った勝負、受けるかっ!?」


「受けてやろうじゃないかっ!」


 山岡先生が勝手に勝負を受けてしまった。や、焼きそばとかやりたかったな…女子は嫌がるかも知れないけど…。


 それにしても…、八木対決はちぼくたいけつか…。それは一体なんなんだろうか」




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