#2 多目的トイレ死守?いいえ、守株です。

 たたたたっ!!僕は河越八幡女子高校の敷地内を走っていた。


 四時間目の体育の授業が終わり生徒達は自分達の教室に戻る。しかし僕はと言えばそんな彼女達とは別行動、とある場所に向かっていた。僕はそこで体操着から制服に着替えようとしていた。


 なぜなら…。



 実は四時間目が始まる前に体操着から着替えようとして制服のボタンに手をかけた時にふと気付いたのだ。女子生徒おんなのこがいるじゃないかと…。


 何事も無かったかのように一度はボタンに触れた手を戻し周りを見てみるとクラスメイト達が驚いたような表情をしながらもこちらを見つめている。


 そうだよね、いきなり僕が服を脱ぎだしたら戸惑うよね。十五年前の高校、いやそれこそもっと前から着替えは男女別々だ。女子からしたら同じ部屋で着替えなんて言語同断だろう。異性に着替えなんて見られたくなんかないだろうし、見たくだってないだろう。


「さ、佐久間くん…。こ、ここで着替えるの(ゴクリ)?」


 黒髪と眼鏡が印象的な隣の席の女の子、数寄すきさんが声をかけてきた。


「マ、マジでっ!!」


 焦ったような女子生徒達の反応、ああ…やっぱり同じ部屋で着替えなんて嫌だよなあ。男子からすれば見たいと思う事も女子からしたら迷惑極まりない事だろうし…」


「あ、いや別の場所で着替えて来るっス!」


「ええっ!!」

「いいよ!いいよ!佐久間君、ウチら気にしないしッ!」


 女子達が慌ててフォローしてくれるが、さすがに申し訳ない。すぐに僕は体操服を入れた袋を持って走り出した。


「ち、近くの多目的トイレで着替えて先に校庭に向かいますんでッ!」


 僕はそれだけを言い残すと教室を後にした。


……………。


………。


…。


「くっ、神イベ流れた…」

「うっ、ううっ…。だ、男子高校生ナマ着替え…逃したか…」


 一年一組の女子達から悲嘆の声、中には嗚咽を漏らす者もいた。


「で、でもさ…。佐久間君…」

「う、うん。た、多目的トイレ…」


 ゴクリ…、女子生徒達が生唾を飲む音が響いた。


「と、とりあえず佐久間君が出たのを確認してその後…」

「うん、ちょっと…入ってみようか…」

「それとさ…、また制服に着替えるんだから…」

「あっ!体育終わった後もまた多目的トイレ使うんじゃね?」

「ヤ、ヤバいよヤバいよ!体育の授業、一回で二度オイシイよ!」

哲子テッコ、ちょっとうるさい。でも分かる」

「とりあえず早く着替えよ!」

「そだね、急げ!」


 この時、一年一組の女子達は鉄の団結をしていた。それはまさに一枚岩、死をもいとわない精鋭部隊のようであった。


 しかし、そんな彼女達にも一つだけ誤算があった。体育が終わった後、着替えの為に一目散に駆け出した先が一年一組近くの多目的トイレではなかった事に…。



 体育の授業が終わった僕が向かった先は寮の自室だった。目的は二つ、一つ目は着替えの為である。タオルで体中の汗を拭き、


 四時間目の授業が終われば昼食を摂り午後に備える時間、昼休みの始まりである。十五年前の一回目の高校生活では昼食について弁当派、学食派、購買派と分かれていた。運動部の中には二時間目終了あたりで早弁し昼に学食、午後は購買のパンを食べている人もいた。誰が言ったかフルコース…弁当、学食、購買パンを全て平らげる者が手にする称号である。


 懐かしさと共にそんな事を思い出していると連絡用のスピーカーからドア前で警護をしてくれている浦安さんの声がした。


「佐久間君、妹さんが来ているよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 そう言って僕はリビングの壁面を見る。壁に埋め込み式の画面には玄関付近からでは見えない位置にある周囲確認用の映像が映っている。玄関前の廊下の様子が映っている。部屋の中にいながらにして外の様子が確認出来るというものだ。


 モニターには確かに護衛中の浦安さんと崎田さん、そして制服に着替えた真唯ちゃんが画面に映っており他には誰もいない。


 僕は壁を手でスライドさせモニターを隠した。こうすればただの壁にしか見えない。ちなみにこの映像はスマホに転送も出来る為、離れた場所からも確認出来る優れモノだ。


 周囲の安全確認をしたのでドアを開ける。そこには先程確認した通り小さな袋を持った真唯ちゃんがいた。


「お兄ちゃん、お昼にしよ」


 手にした袋を示しながら僕の妹は可愛く微笑んだ。


……………。


………。


…。


 一方、その頃…。


「佐久間君、いないね…」


「うん。どこ行ったんだろ?」


「どこか別の場所で着替えてるとか…」


「とりあえず待ってみる?」


「うーん…」


 多目的トイレを確認出来る位置で待ちぼうけをしている女子生徒達の姿があった…。

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