#3 全校生徒の前に立つ(前編)


 午後2時を過ぎ、僕は体育館に向かっていた。正面入口からではなく裏口から体育館に入り通路を経てステージ横の舞台袖に立った。


 ステージ上では校長先生が全校生徒に対して話をしていた。


「………以上で私からの話を終わります。続いて報道等で知っている人もいると思いますが、新しく入学する方の紹介です。皆さん、大きな拍手で迎えて下さい」


 ざわざわ…。


 舞台袖からステージに向かい始めた。今の今まで校長先生が立っていたスピーチ台へ。正直、歩く足が地に着いてない。


 わああああっ!

 パチパチパチパチッ!!


 舞台袖を隠す緞帳どんちょうから体育館に並んでいるであろう全校生徒、そして職員の皆さんの前へと身を晒した瞬間に拍手と歓声が巻き起こった。何も身を隠すものがない無いステージの上、僕の身体からだ一つだけに視線が注がれているのが分かる。


 今まで感じた事がない興奮、いや熱狂を感じる。いや、ある種の狂気と言い換えても良いかも知れない。


 様々な検査をした医療センター、あるいは今朝までお世話になった河越八幡警察署と警察寮…、そのどちらでも確かに僕は熱狂的な歓迎を受けた。


 だが、ここはそれを遥かに上回るものがある。歓声は地鳴りに、拍手は無数に飛んでくる機関銃の音のように僕の体へと突き刺さる。今まで周りにいてくれた二十代以上の病院や警察関係者の皆さんとは違い、十代半ばのより隠さない強い視線をひしひしと感じる。


「男性が性犯罪の被害者になる事も…」


 いつだったか聞いた事が思い出される。まさか、そんな事が自分になんて…そんな思いもあったけど…」


「五十代の男性用務員が校舎内で女子中学生達に…」


 そこまでは滅多に起こる事ではないらしいけど不安にもなる。現に今、ステージ中央に向かって歩いているけど怖くて整列している全校生徒側へ視線を向ける事が出来ない。足が震えないように歩くのが精一杯、やっとの思いで校長先生が待つステージ中央にたどり着いた。


 ど、どうしよう…。き、来ちゃった…。


 すっ…。


 動揺が抑えられない僕の前に手が差し伸べられた。


「えっ…」


 見れば校長先生が握手をするように手を伸ばしている。テレビで見た事があるアメリカのスピーチをする人を迎える司会者のようだ。


「………」


 握手をした、自分ではない誰かの感触。…そうだ、人は悪意ばっかりじゃない。助けてくれる人もいる。この拍手も歓声を僕を迎えてくれてるものじゃないか。そう思うと少しは気が楽になる。僕も小学校の時に転校生が来ると物珍しくて見てしまったっけ…、そんな事を思い出す。


「さあ…」


 そう言って校長先生が空いている手でスピーチ台を示した。


「はい」


 握手した手を離し僕はスピーチ台に。ふう…と眺めの息を吐く、想像していたより長い呼吸になった。いつの間にか拍手と歓声は止んでいた。


「初めまして、今日からこの学校でお世話になります。佐久間修と申します」


 長い話は出来ないと思う。だからまずこれだけはしっかりと…そう思って準備していた第一声を言い終えたのだった。






 

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