#16 兄妹、二人の時間。
左手は真唯ちゃんとつないだまま、右手はポケットから部屋の鍵を取り出し僕は鍵を開けた。我ながら拍手喝采ものの手際の良さだったと思う。
ドアを開けた、真唯ちゃんを先に部屋に入れながら僕は鍵を抜いてポケットにしまう。続いて中に入った。
ばたん、がちゃっ!かっ、しゃーーっ。
僕は後ろ手に鍵をかけた。念の為、ドアチェーンもかけた。思わず『ふー』と息がもれた。
「真唯ちゃん、とりあえず入って。どこでも座って良いよ」
「う、うん…。でも…」
真唯ちゃんは足元を見て戸惑うような声を上げた。
「あっ!」
真唯ちゃんと手をつないだままだった。これでは靴を脱ぎにくいに決まっている、僕は自分の軽率な物言いが嫌になる。
「ご、ごめんね。手をつないだままじゃ靴が脱ぎにくいよね」
僕は慌てて真唯ちゃんの手を離した。
「あっ…」
真唯ちゃんが何やら寂しそうな声を出す。
「お兄ちゃん…。私の事、嫌い?」
「そんな事ないよ、また会えてうれし….」
また会えて嬉しいよ、そう言おうとしたら真唯ちゃんが僕の胸に飛び込んできた。
「私、ずっとお兄ちゃんに会いたかったんだよ…。写真でしか見た事がなくて…、お母さんとずっと二人で暮らしてきたけどやっぱりお兄ちゃんに一目で良いから会いたいってずっと思ってて…」
背の小さな真唯ちゃんが僕の胸で泣いている。こうやって密着しているとよく分かる、凄く小さな真唯ちゃん。150センチより少し高いくらいの身長、細い体…。
「お母さんからは照れ屋で、でも優しい男の子だって聞いてて…。残ってた写真めや優しそうな顔で写ってた…」
「真唯ちゃん…」
「もうどごにも行かないで。ずっと私のお兄ちゃんでいて欲しい」
「うん」
返事と共に僕は真唯ちゃんの体を抱きしめた。
□
警察寮での暮らしはあくまで期間限定なので、家具と言える物は無くせいぜい部屋の隅にたたまれた布団くらいのものだ。
着替えはバッグに入っているし、シャンプー、ボディソープは大きめのポーチに入れている。僕はまるで旅行者みたいだ。
真唯ちゃんは物珍しいのか部屋の中をキョロキョロと見回している。家具も何も無いフローリングの床しか無いんですけどね。その間に僕はカーテンがきちんと閉まっているかをチェック。うん、大丈夫だ。マスコミの隠し撮りもこれなら出来ないだろう。
「お兄ちゃん、座ろう?」
真唯ちゃんに呼ばれた。
「あ、うん。座ろう、座ろう。だけどごめんね。家具どころかクッションもなくて…。この部屋は何日か借りるだけの予定だから物を増やさないようにしてるところもあって。どこに座ろうか?やっぱり部屋の真ん中かな?」
「私…、ここがいい」
そう言って真唯ちゃんは壁際を示した。
「部屋の端っこで良いの?」
「うん。お兄ちゃんと並んで座りたいな。それに…」
「それに?」
「ここならもたれかかれるし、疲れにくいよ」
□
壁際に二人、並んで座った。その距離はとても近く…、というより密着して座っている。真唯ちゃんは十五年間の空白や寂しさを埋めるかのように常に僕に触れ、これまでにあった事や近況を教えてくれた。
「そうか…。真唯ちゃん、今年から高校生なんだ」
「うん、
「はちじょ?」
「
「えっ?河越八幡高校なくなっちゃったの?」
「うん。男の人がいなくなっちゃったからね。あちこちの高校が統廃合して河越八幡高校に合併したの。廃校になった地域は交通に不便な所もあるから、遠くから来る人の為に寮もあるんだよ」
「それは凄いなあ…。なんか私立高校みたいだ、寮があるとか。僕が受験した頃はそんなに遠くから来る人はいなかったな。学区っていう受験出来る公立高校のエリアって制限もあったし…」
「どうして?」
「僕の記憶に残る真唯ちゃんは赤ちゃんだったからね。真希子さんも十九…、あと三年したら僕達も当時の真希子さんと同い年だよ」
改めて口にしてみるとなんだかちょっと感慨深い。
「私って…、どんな赤ちゃんだった?」
「うーん…、赤ちゃんだから当たり前だけどよく泣いてたかな。でも、今は大きくなって…、凄く可愛くなった。もう、泣いたりしてないかな?あ、でも、さっき泣いていたね」
「お兄ちゃんのいじわる」
そう言って真唯ちゃんは可愛く拗ねた。なるほど、これが妹か。
中学時代の『妹モノ』が好きだった友人よ。あの時、僕は若かった。今なら君の言っていた事を理解出来る気がする。
そんな事を考えていると、玄関のドアをノックする音がした。
「おーい、シュウ。戻ったぞー。みんなでメシ行こうぜー」
美晴さんの声だ。
「真唯ちゃん、美晴さんが呼びに来てくれたよ。食堂に行こう」
□
食堂で真唯ちゃんの分まで夕食をいただいた後は部屋でゆっくりする事にした。ユニットバスが部屋にもあるので、今日は大浴場の使用を遠慮する事を告げると何人かの婦警さんが膝から崩れ落ちた。いや、入りませんよ一緒には。
「んじゃ、また明日な」
「妹さんと積もる話もあるでしょうし」
夕食の後、食堂での話もそこそこに僕と真唯ちゃんは101号室に戻った。
「ごめんね、テレビとかも無いし退屈かも知れないけど」
「…お兄ちゃんがいれば良い」
「そ、そう?ありがとう」
それから順番にお風呂に入り、今日はもう寝ようかというタイミングになった時の事。僕は一つの大問題に気付いた。
布団が一組しかない事に…。
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