#14 一つ部屋の中!?
「今日のランチタイムは人数が多すぎるからサクサク食って行ってくれよ!」
「食べる人が多いから今日は大盛りはナシでお願いしますわ!」
午前11時半…、食堂は既にいっぱいであった。今日は河越八幡署内の人だけでなく、合同稽古に来ている他の署の人も食べたいと希望が殺到していた。
「うーん、天然男子の手作りカレー…。これは稼げるんじゃ…」
美晴さんがそんな事を呟いている。確かに分からなくはない。実際に参加費の差額をもらったのだが、前回にもらった金額は僕が十五年前にしていたバイトで一か月分にもらう予定ぐらいのものだった。
一方でカレー作りの方だが、心強い味方がいる。真唯ちゃんである。妹…と言えども血がつながっていない。十五年前の赤ちゃんだった時の姿の記憶しかない僕には初対面にも等しく、僕は正直その距離感に戸惑っている。
一方で真唯はあまり口数が多いタイプでは無いのか少し話した程度でそれからはあまり話してはいない。ただ、一緒に野菜を切る事を中心に手伝ってくれている。普段から料理をする機会が多いのか手慣れている。なんだろう、その姿を見て嬉しく感じる。
「あっ、この大鍋も空になったな」
二つ目の鍋を持ってくる。そしてこれが空になるのも時間の問題だろう。空になった大鍋に水をいれガスの火をつける。お米も同時進行で次々と炊いては保温ジャーへ、鍋も釜も相変わらずフル稼働だ。
「そっちは何人ですの?」
「六人!!」
「はい、修さん!」
尚子さんが六皿のご飯を準備し僕に。それに僕がカレーを盛り受け取り口へ。
「今週も食べられるなんて…」
中にはそんな風に言ってくれている人もいる。作った甲斐があるなあ、そんなに喜んでもらえると…。そんな時に炊き上がりを知らせる電気炊飯器の『ピー!!』という電子音が二つ続けざまに鳴る。
「オイ、尚子!次はこっちの釜から直接飯をついでくれ!」
そう言って美晴さんが炊飯器の一つを尚子さんの近くに置いた。もう一つの中身は保温ジャーに入れていく。手早く入れるとすぐに空になった炊飯器にお米を入れて水を入れて炊き始めた。
「へへっ、こういう時は無洗米…ってね」
あっ、そうか!米をといでいたら時間がかかる。そう言えばバイトしていた牛丼屋さんは無洗米を使っていたっけ…。時間を節約出来るもんな。あっ、もう美晴さんのお釜が空になった。すかさず美晴さんが炊飯器に無洗米を入れて炊き始める。カシャッ!!ガス炊飯器の炊き上がりの音がした。同時に正午を告げるチャイムが鳴った。
「おっ!ちょうど良い、十二時だ!へへっ、来るぜ!合同稽古の連中もよォ!」
なんだか忙し過ぎるせいか美晴さんのテンションがおかしい。しかし、僕と尚子さんもそのテンションに巻き込まれてだんだんとテンションが上がっていった。
最後まで冷静だったのは真唯ちゃん一人だった。大鍋の湯が沸けば肉と野菜を入れ、返却口に山と詰まれたカレー皿はいつの間にやら食器洗い器に入れてくれていた。出来る子や…。
□
午後三時過ぎ、夜勤の署員さん達がカレーを食べ始めた。同様に僕ら四人も食事をしていた。
「真唯ちゃん、せっかく訪ねて来てくれたのに手伝ってもらって…」
「うん…」
「でも、すごく助かったよ。ありがとうね」
「うん!」
嬉しそうに真唯ちゃんが微笑む。
「美晴さんも尚子さんも…。助かりました、まさか三百人を超えて食べたい人がいるとは思わなかったんで」
「良いってコトよ!しかし、シュウの人気はスゲえな!」
「ホントですわ。あと、今日も修さんのカレーに取材申し込みが殺到したそうですけど受付で断ってくれたそうですわ」
「あっ、それは助かります。勝手につきまとわれるのも困りますからねえ」
「そーそー、アイツら勝手に映しといて金稼いでンだからな。何もわざわざそんな事してやる
そんな話をしながら食事を終えると後片付けをする。カレーを煮ていた大鍋を洗うのはなかなかにダイナミックだ、ちょっとした土管を洗ってるような気分になる。お皿は乾燥機に入れて乾燥させる。これにより殺菌も出来るらしい。
「シュウ、残ったコメとカレーどうする?」
「十人分はないくらいですかね、タッパーにでも入れて持ち帰りましょうか。ここにいるメンバーで分けましょう。働いた人のメリットです」
「それが良いですわ!それなら夜にもじっくりっぷりゆっくりと楽しめますわ…」
何やら尚子さんが怖い。
「真唯ちゃんもどう?真希子さんと一緒に?」
そう言うと真唯ちゃんは首を振った。
「今夜はお母さん仕事で家にいないから…」
「そ、そうなんだ。それは寂しいね…」
話を聞いてみると真希子さんは介護の仕事をしているそうだ。今日は夜勤で夕方から介護施設で働き、明日の午前中に勤務が終了するらしい。
「そうなると妹さんをこのまま帰宅させねー方が良いかもな」
「そうですわね、マークされてるかも知れませんわ」
「えっ、どういう事ですか?」
「いや、妹さんがシュウの家族って事はマスコミの連中も知ってるだろうからな。帰宅する所を突撃取材してくるかも知れねえ」
「そうですわ。修さんの家という事で警備はされているはずですが、取材自体は違法ではありませんから…。何か良い方法を考えないといけませんわね」
美晴さんと尚子さんは真面目な顔をして考え始めた。うーん、真唯ちゃんが怖い思いとかしないように出来ないかな…。今日は家に戻れないならどこかに泊まる必要があるなあ…。待てよ?
「美晴さん、そう言えば警察寮って確か世帯寮ってありますよね?」
「あ、ああ。確かにそうだな。つーか、家族持ちも住めるからな。広い部屋もあるんだぜ」
「なら…真唯ちゃんさえよければ…、それと許可が下りれば…」
僕は三人を見回した。
「真唯ちゃんを寮に泊めてあげる事は出来ないでしょうか?」
「出来るとは…、思いますわ。でも…」
尚子さんが何やら言いにくそうだ。
「泊まるとしたら…それは修さんの部屋になりますわ。あの部屋はいわゆる単身者向きの部屋…、つまり…」
「一つ屋根の下どころか、一つ部屋の中って事だな」
「「ッ!?」」
僕と真唯ちゃんは声にならない驚きの声を上げたのだった。
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