#10 何ですか?その…水陸両用って…?


 がらがら〜。


 河越八幡警察寮建物入口エントランス前に停車した旧型のハイ○ースがその横扉を開いた。中からはこの寮に住む婦警達が降りてくるいつもの光景だった。しかし一つだけ決定的に違う事がある。


 男子の存在である。



「佐久間君!着いたよ〜!」

「は、はい。そ、その…う、腕を…」


  僕は左右両脇を婦警さんに挟まれ、それぞれ左右の腕を組まれている。なんだろう、犯人の身柄を両側から確保してパトカーに乗り降りさせる時のような体勢だ。


「僕は犯人じゃないから逃げたりしないですよ〜」


 と言ってはみたものの…。


「こ、これは警護対象者に対する必要な措置なんです!」

「そ、そう。万が一があっちゃいけないから…。し、仕方の無い…仕方の無い事なんです」


 そうは言っても何やら婦警さん達の鼻息は荒い。そう言えば、僕が意識を取り戻した交番から医療センターに移動する時もこんな感じだったっけ…。まだそんなに経っていないのに色々な事があり過ぎて数ヶ月くらい過ぎてしまってるんじゃないかと思うくらいだ。


「寮の入り口前まで直接乗り付けて正解だったな!へへっ、リポーターどもめ、中には入ってこれねえぜ!」


 美晴さんが悪い笑顔を浮かべている。


「全員揃ったようですわ、さあ入りますわよ」


 ハ○エース数台に分乗してきた勤務の終わった婦警さん達が勢揃いする。中には寮の居住者ではないが来ている人もいるらしい。もしかすると明日の合同稽古に参加する人だろうか?稽古自体は勤務のように八時間ずっと拘束という訳ではない。午前と午後に分けてニ、三時間で終わる。本来、明日が非番の日で遠い所から通っている人なら明日の稽古の数時間の為だけに長い通勤時間をかける必要はない。午前で終われば午後はフリーなんだし。


「ふふふ…、一つ屋根の下…一つ屋根の下」


 なんだか少しだけ危険な気もしたけど口にすると何だかもっと良くない事を招きそうな気がしたのでとりあえず口にしない。


 しかし、これだけは言いたい。


「すいません…車は降りたので僕の両腕を解放して下さい…」



 寮の入り口からすぐの所に僕が借りた101号室はある。


「じゃあ皆さん、僕はこれで…」


 そう言ってそそくさと自分の部屋に引きこもりたいところではあったが、そこは多少なりとも空気を読む僕がいる。


「佐久間君、後でね〜」


 そう言って部屋に帰っていく婦警さん達の列を見送る。開店と同時に入店してくる買物客を迎えるデパートのスタッフのように見送る。わずかながらにあるバイトの経験から『いらっしゃいませ』と言いそうになるのをこらえる。


「じゃあシュウ、荷物置いたら風呂入っちゃえよ。大浴場空いてるからよ」


 婦警さん達を見送って最後に残っていた美晴さんが声をかけてきた。


「えっ!?さすがに悪いですよ。皆さんが先に入って下さい」


「いえ、修さん。これは歓迎の一環ですわ。我々一同のの気持ちを是非!!」


 何やら尚子さんの言葉と目に力がある。このままだと『いいえ』、『まあそう言わずに』…『いいえ』、『まあそう言わずに』…と延々とループしてしまいそうな感じが目に浮かんだので応じる事にした。


「分かりました、ありがとうございます。皆さんにとお伝え下さい」


「ッ!!?分かりましたわ!お任せ下さい、必ずやご満足いただけるようにしますからっ!」


「えっ?満足?」


 何やら不穏な単語を口走ってなかった?


「こうしちゃいられねえ!全員に連絡ッ!全員戦闘配置、第三級事態レベルスリーだ!」


「まっ、まさか旧世紀の遺物とまで酷評されたアレが日の目を見るなんて…。す水陸両用すいりくりょうよう携行戦闘服モビルスーツが…」


「あ、後でな、シュウ!待っててくれよ!」

「か、必ずですわよ!修さん!」


 そう言い残すと二人は寮の廊下をダダダダッと駆けていく。廊下の壁に貼られた『寮内、走るな』の張り紙がなんともむなしく僕の目に映った。


「と、とりあえずお風呂…行くかな」


 何だったんだろう…、そんな思いを抱きながら僕は大浴場に向かうのだった。

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