#25 かえらないもの。かえるもの。

【はじめに】

 今回の文字数の関係で前話を大幅に加筆しています。お手数おかけしますが一読いただけますと幸いです。



「オンナってのはホント残酷なんだから…。アタシだって生まれてさえこなかったら…」


「妾も同じじゃ…。魔族…だが姿形はほとんど人と変わらぬ。そして妾も男として生を受けた。心は女であるのにの…」


「ア、アンタも…?」


「…妾にも夢があった。人だ、魔族だと関係無くの…惚れた相手と添い遂げようとな。…だが全て上手くはいかなんだ。惚れた男は人間ばかりでの、だが全て女を選んでのぅ…。ある時、そんな女の一人に言われたのじゃ…。男でしかも魔族の妾になびく男なんかいるものか…とな。嘲笑あざわらいながら言っておったよ…、もっともそれが続く事は無かったがの…」


「…アタシも似たようなモンだったわ…。オンナなんてね、いつだって人の負い目を見つけたら酷いものよ。あんな残酷な生き物なんて他に知らないもの」


「…妾の事を分かってくれるのか?」


「…当たり前じゃない」


 そう言うとブルーノはそっと魔王の肩に手をやった。


「実はの…、今度こたびいくさは一人の男を得んが為に始めた…と言ったら笑うかの?」


「へえ、一人のオトコの為に…?良いじゃない、良いオトコなの?」


「おお、トームラダの王子で絶世の美男子と聞いての…」


「あら、王子サマ?でも、アタシが今ゾッコンな彼も中々のモノよ」


「ほう?どんなおのこじゃ?」


「シュウ君って言ってね。たまたま危ない所を助けたんだけど、ドサクサにまぎれてその時お尻軽く触ったの!すっごく触り心地良くて…」


 魔王とブルーノの話は続いた…。そして互いに分かり合ったのだ。性的マイノリティーとして肩身の狭い思いをしてきた二人、そして女というものを憎悪していた二人…。


 そして二人はいつしか世界の半分を互いに分け合うくらいなら、男だけの世界を作りそこで二人暮せば良いと話すようになった。そこには種族も性別も世界さえ越えた二人の愛があった。


「ああ、それならアタシの故郷のオトコも連れて来れないかしら?」


「ん、どういう事じゃ?」


「だってオトコの世界と言ってもこのトームラダの国だけの話でしょ?だったらアタシの故郷…、ぶっちゃけるとアタシ違う世界から来たのよ。だったらそっちのオトコも連れて来れれば…ウフ」


「なるほど、そちらの男とも楽しめるという訳じゃな」


「そーいう事!」


「ならば善は急げじゃな、妾たち二人は…」


「一心同体、そして全てのオトコを手に…」


「ならば妾の魔力で男の世界を手に入れる!」


「んで、アタシは地球の事を思い浮かべれば良いワケね!」


「うむ、そこから妾の魔力を流し込み地球とやらにつなげてみよう!ブルーノよ、改めて問おう…妾の味方になるか?」


「喜んで…」


 その瞬間トームラダが、そして次元すら違うはずの地球に謎のもやが生まれた。二つの違う世界だったが、そのもやのようなものに対してトームラダも地球も無力な事だけは同じであった。


 撮影機材、通信技術が発展していた分だけ地球の方が情報の伝達が早かった。そして防犯カメラ等に偶然映っていた男性だけが消失する現象がテレビやインターネット上で繰り返し放送され科学的視点から様々な考察が行われたがその原因も分からず、また消えた男性達の行方も掴めないままであった。


 共通していたのはものすごく低い確率で消失を免れた男性がいたという事である。当然残った男性達は重要視され、個人というよりも人類存続の為の貴重な資源としての意味を持った。


 それゆえ地球上では男性は最優先保護対象、国や地域によっては軟禁し子を成す為の種馬として利用すると言った事もあった。そのような軟禁などは国際機関を通じてしてはならないと言う宣言がなされたが、それまでの核兵器縮小に対する取り組みのように遵守しないものもあった。また、それを主導すること立場の先進国でも遵守する事で国益に損なわれる場合には平気で宣言を守らない事もあった。


 日本はこのような場合でも波風を立てる事無く、

粛々と宣言を遵守する。かつては宗教対立、資源などを巡って紛争などが起こったが男性が消失してからはそれらに加えて『男』を巡っての争いも生まれるようになった。傾国の美女という言葉があるが、昨今では傾国の男という言葉が生まれこちらの方が使われる。


『男を求め、男に狂い、男の為に死す』。人類存続の為の男、しかし消えて久しくなればなるほどその男というものが懐かしい。男を知れば知っている女ほどその傾向が強かった。男が消失え、男に対してのルールが本格化していない間の無秩序な時期は特にひどいものであった。


 極端な女達の心理を覗いてみればあらゆる異性が懐かしく、いかなる同性が憎らしい。その様子はかつての肉食系女子と言われた存在が、自分の縄張りに入ってくるあらゆるものを噛み殺す事もいとわず男と言う存在ものに対して常に空腹を覚えている肉食獣そのものであった。


 それはトームラダにおいても似たようなもので、男は常に狙われる存在になったという。


 しかし唯一、難を逃れていたのは佐久間修その人であった。男が消失した翌日の朝にはトームラダを旅立っていたからである。


……………。


………。


…。


 王都から男性の姿が消えた次の日…。


 僕は『瞬間移動ラール』の魔法を使いダールリムルの町に着いた。この町でも王都トームラダと同様に男性が姿を消してしまっていた。


 僕はそんな町を後にして短距離の瞬間移動を繰り返しながら西へ西へと向かう。時折石で出来た巨人が壊れたものが瓦礫となって道端にさの姿をさらしている。まだ新しいそれは斬り捨てたというよりは破壊の限りを尽くしたと言うようなものであった。


「ブルーノさんかな…。凄い…」


 そのあまりの凄まじさに僕は少し戦慄する。僕が魔法の勇者と呼ばれるのに対して、ブルーノさんは剣の勇者。直接の戦闘力なら間違いなく彼の方が上だろう。至近距離で僕が魔法を一発放つ間に、ブルーノさんは僕を何回も切りつけられるだろう。


 そんな事を思いながら進むうちにダールリムル西の岬の突端に到着する。到達する事を拒むようにそびえ立つ対岸の断崖絶壁、僕は構う事なくこれまでと同様に瞬間移動の魔法で海を渡り魔王の島へ。そしてこの島の最も高い場所、精霊を祀る祭壇を目指す。とにかく急ごう、ブルーノさん待ってて…そんな風に思いながら瞬間移動を繰り返す。


 そしてトームラダの城から見えていたであろうこの国の最も高い場所…、魔王の根城があったであろう場所にたどり着いた。しかしそこには崩れた魔王の城であったであろうと想像できる瓦礫がれきがわずかに残るのみ…。


 禍々まがまがしさの象徴、色に例えれば黒というイメージの魔王の城。それが無くなり代わりと言っては語弊がありそうだけど、魔王の痕跡を全て清めるかのように一面に無垢な白い花が咲き誇る。


「あ…、青野さん…」


 ここに至るまでの道のりで僕は勇者ブルーノこと青野さんに会う事が出来なかった。青野さんは効率を重視し街道を使い最短距離で魔王に挑むと言っていた。下手に直接距離を行こうとして迷うより確実につながっている道を行く…そんな事を旅立つ時に言っていた。そして旅の終着地、魔王の城…。彼の姿は無い。


 魔王の城が消えた。そして勇者も消えた。魔王の城が消えたのを単純に考えれば魔王が倒されたから…、そうとらえるのが自然だろう。トームラダから見えた禍々しさが消え、楽園のような花が咲く光景はまさに祝福された精霊の祭壇と呼ばれていた場所にふさわしい。魔王が…青野さんが…、この事が物語るのは…。


「………。相討ち…?あ、青野さんっ、青野さん!」


 僕は青野さんを求めその名を叫ぶがそれに応じる者は誰もいない。絶望感漂う中、花だけが風に揺れていた。


 どのくらい僕は惚けていたのだろう、気がつけば空は夕暮れ。やはり誰も現れない、青野さんも魔王も、魔物の一匹も現れない。精霊の祭壇とやらが無いだけで、花が咲いているこの場所はやはり加護とか祝福がされているのだろう。


「…戻ろう」


 僕はトームラダに帰還する為、『瞬間移動ラール』の魔法を発動させる。


「さようなら、青野さん…」


 再会する事が叶わなかった僕をトラックとの交通事故から助けてくれた命の恩人、青野さん。トームラダにも、地球にも戻る事のない同郷ちきゅう人。


 戻らない人が増えていく。なんとも言えない気持ちを抱えて…、それでも待っていてくれる人を信じて僕はトームラダに戻った。



 トームラダに戻った僕は魔王の島で見た事を伝えた。幸いな事にサントウヘイさんと同様、レイシア王子…ではなくレイシア新国王も男性消失の難を逃れていた。


 大広間から離れていた時に今回の騒ぎがあったそうで、ドレスを着終わって戻って来たらこの惨状だったとの事。…ん?祝宴の最初は男性の服来てたよね?ドレス…、お色直ししてたの?…まさかとは思うけど、レイシアさんが難を逃れたのは服装が女の人の物だったから…とかじゃないよねえ…?


 とりあえずレイシアさんが無事だったので国王不在という事態は避けられた。しかし、この国にはサントウヘイさんを含め男性がほんの数人しかいない。


 男というだけで貴重、男性消失の混乱から人々が脱し世の中が落ち着いてくれば当然その事に気付く人が出てくる。王都では男性が危険な目に遭う風潮が日に日に増してきている。


「潮時なのかも知れませんね…」


 ある日、神殿の一室でサマルムーンさんが寂しそうに言った。


「えっ、サマルムーンさん…?」


「男性が姿を消し、新たに生まれた子も女児ばかり…。しかし昨日、東地区で男の子が生まれたそうです」


「そうですか!良かった!でも、サマルムーンさん…潮時というのは?」


「男の子が生まれた…、本当にわずかな確率ですが…。それを受けて人々の中でこんな思いが生まれつつあります…。と…。ですから男の人がこれからどんな目に遭うか…」


 サマルムーンさんの言葉に僕は自分が…あるいは男は『子を作る道具』みたいに扱われてしまうのではないか…そんな不安がよぎる。


「シュウ様は勇者様ですし、ここは神殿…めったな事には…」


「いえ…」


 僕はサマルムーンさんの言葉をさえぎる。集団の心理なんて…、学校でもいじめとかあるんだ。アレはやってる側は凄い団結力だよ。良いも悪いもなく…、いや悪い事だけどその集団は同じ方向を向いている。止まるものか…、理性なんて無いし聞き分けも悪いだろうし。


 そう言うと僕はサマルムーンさんを抱きしめた。多分、これが最後だから…。あの宴の夜以来、初めて彼女を抱きしめた。


「勇者様!サマルムーン様!ひ、人が大挙して迫っております!勇者様を求めてッ!」


 やっぱり…。人は喉元を過ぎれば熱さを忘れる、救国の勇者と言われようとそれは例外ではないみたいだ。むしろ都合が良いのかも知れない。召喚ばれて魔王と戦う便利屋くらいの印象で。


「シュウ様、こちらでお待ち下さい。説得をしてみます!」


 サマルムーンさんが慌てた様子で告げる。


「いや、僕が出ますよ」


「し、しかし、それではッ!」


「下手に僕をかばいだてして、サマルムーンさん達が危険な目に遭うのは嫌ですから…」


「シュ、シュウ様…」


「こんな形で離れ離れになるのは嫌なんですけどね…。でも、サマルムーンさんが言う通り…もう潮時なんですね」


 覚悟はしていたつもりだけど、本当はもう少しここにいたいよ。でも…。


「で、ではシュウ様は…やはり?」


「はい、サマルムーンさんの想像通りだと思いますよ」


 サマルムーンさんが静かに泣き始めた。


「会えて良かったです、あなたに…」


 僕はそれだけ告げるとサマルムーンさんを離した。二度と会えなくなるけど、さよならだけは言いたくはなかった。


「それじゃあ…、行ってきますね」


「はい…」


 そう言って僕は部屋を後にする。サマルムーンさんも数歩遅れてついてくる。


 神殿の入り口につくと今にも押し寄せてきそうな人、人、人!振り返ると寝泊りしていた神殿、何度もお世話になった『光あれ』のお爺さんがいたほこら。巫女の皆さん、そしてサマルムーンさん。お世話になったこの場所と人々に感謝をする。そして、押しかけた人々の視線は全て僕に向いている。何か口々に叫んでいるが相手をするつもりはない。


「人の気持ちも考えないでさあ…、言いたい事は分かるけど嫌なものは嫌なんですよ」


 僕はそう言って自分の中にある魔法力を燃やし始める、全てを一度の魔法の行使に使うつもりだ。たくさんの魔物を倒した事で僕にはさらなる力が身に付いていた。


 魔法の発動と回復を繰り返して僕の魔法力はとてつもなく向上した。そしてもう一つ、トームラダ防衛戦等でたくさんの魔物を倒した事でさらに力が増した。実力が訓練で、そして実戦で裏打ちされる事で増したのかも知れない。RPGで言えばまさに力量レベルが上がったという感じだ。


 それで分かった事がある、今の僕の魔法の実力なら日本に帰れると。だがそれは片道切符、この世界でなら使える魔法も日本に帰ったら使えなくなるだろう、そんな気がする。


 僕が一声、あの魔法を唱えれば日本に帰れる。でもそれは別れ、初めて思いが通じた女性ひととの別れ。僕は弱い、そしてズルい。さよなら一つ言わないで異世界から去る。


『ごめんなさい』


 心で一つ謝罪の言葉、サマルムーンさんへ。


「トームラダの人々に告げる。僕は魔法の勇者シュウ!!この国の危機に白き祈りによって召喚されし者なり!」


 臆するな、恥ずかしがるな。大きな声を張り上げる。


「王都は魔物の襲撃を退け、魔王はその姿を消し危機は去った!これからはこの国の民の力によって暮らしていくがいい!」


 しかし、戸惑いや不安の声が上がる。当然だ、男の数があまりにも少ないのだから。しかし、僕は知っている。この世界に似たあのRPGでは次回作でこの国の外、海の向こうには沢山の国がある。魔王が姿を消した今、この国と外界を隔てていたものは消え去り行き来が出来るようになるはずだ。


「この国の四方の海!!その外の世界を隔てていた魔王の結界は消えた!やがて世界はつながるであろう、目を外に向けると良い!これからは自分達の手で運命を切り拓いていくのだ!今後の幸せを祈っている!」


 一方的に言い切り、僕は民衆に背を向けた。だけどこんなモノは詭弁ですらないペテン。数秒だけ時間を稼げれば良い。僕を見守っていたサマルムーンさんと視線が合った。


「これが最後ラスト魔法マジック!『瞬間移動ラールッ!!」


 僕の周りから嵐のように魔力が吹き荒れる。瞬間移動の魔法は移動先が遠くであればあるほど必要な魔法力が増す。異世界のトームラダと僕の故郷ふるさと河越市、単純に遠いだけじゃなく世界とか次元すら違う。僕の持つ魔法力、その全てを振り絞り魔法が完成した。


 ぐにゃり…世界が歪む。これでもう飛ぶだけ…。


 ああ…、サマルムーンさんが…瞳を開けて僕を見ていた。その頬を涙が伝った。次の瞬間、僕は弾丸のような勢いで神殿の前から飛び立った。


 それはもう戻れない、行ったきりの帰り道であった。



【お知らせ】

 次回からまた現代編に戻ります。

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