#23 男が消えた王都。ブルーノ、魔王と対峙する。


「た、助けてくれえぇぇ!」


 祝宴は阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化していた。あの裏切り者と言われていた元人間の騎士、闇騎士アケッチンも同じように助けてくれと言っていたな…。こんな王宮の宴に来れるような人でも言う事は同じなんだなと妙な感心をしてしまう。


 こうしている間にも人々は包んだもやのようなものによって足から腰へと消化されているかのように姿を消していく。そしてそのもやは僕の方にも…。


「これは何かの魔力?くっ!『絶対魔法防御ステマホ』!』


 このもやの正体が何かは分からないけど、何らかの魔力によるものなら勇者だけに使える防御魔法で対抗できるんじゃないかと藁にもすがる気持ちで呪文を唱えた。僕の体の周りを紫色の渦が囲っていく。


 目論見もくろみは上手くいったようで、もやは僕を包み込もうとしたが紫色の渦に触れると消えていった。


 そうだ、サマルムーンさん!?振り向くとサマルムーンさんの身には何も起きてはいないようだ。良かった。


 再び大広間に目を移すとパーティに参加している人々がどんどん消えていく。助けを求める悲鳴が響くが魔法を打ち消す手立てが無い。そうしている間にも腰から胴体、胴体から肩や手、そして恐怖の表情を浮かべていた顔が最後まで残っていたがそれも消えた。まるで何事も無かったかのように。


 そして沈黙が残された。難を逃れたのはサマルムーンさんや、酒や料理の取り分けをしていた侍女や女官の人達のみ。つまり女性以外…、王様をはじめとして男は誰も残ってはいなかった。


 後刻、聞いた話によるとこの大広間以外でも王城内、町中に至るまで男という男が姿を消しているらしい。


 もしかして…これは男だけが消滅する魔法とか呪いのようなものか?そう言えば僕にも何やらもやのようなものか包み込もうとしてきたし…。


 もしかして…!?


 僕は一つの結論に至った。魔物の軍勢五万を僕は全滅させた。もしかすると種によっては絶滅した魔物もいたのかも知れない。


 だから魔王は魔物が壊滅し戦力が無くなり、代わりに人間の戦力を削りに来た…?

 男を消滅させようとして…。男女が揃わなければ人間も数を増やせない…。つまり…とんでもない消耗戦を仕掛けてきた…?


 いずれにせよ事は重大だ。明朝、僕はダールリムルに飛ぶ事にする。魔王討伐に向かったブルーノさんの事も気になる。彼もまた窮地に、あるいは男だから消滅したり…なんて事も…。


 だけど不安な事を考えるのはよそう…、ブルーノさんは勇者だ。きっと生き延びている…、そう信じよう。


 そうだ…、確かブルーノさんは旅立ち時に聞いたのは殺される以外にも連れ去られる人間もいるって話もあった。もしかすると連れ去られて奴隷のように働かされているのかも知れない。救出出来るかも知れない、その為には魔王を…。


 細かい被害の状況は明るくなってから確認するという事で僕達はいったん神殿へ戻る。本来なら王の血を引くサマルムーンさんが城に残るべきであったが、密かに伝えられた話によるとレイシア王子は無事だそうで王城に留めおかれる事は無かった。


 しかし、今は男が姿を消してしまうというこの謎の現象の正体が分からない今、とりあえず王子には姿を隠してもらい善後策を練ろうという事になった。これは魔王の戦略だったのかも知れない、そして次なる一手も…?そんな不安を抱えたまま夜が明けた。


 そして朝一番に驚くべき一報が届いた。


「ま、魔王の…、魔王の根城が跡形もなく…、でアリマス!」


「サ、サントウヘイさん!無事だったんですね!」


 謎の現象により男が姿を消したのだが、中にはそれをまぬがれた人もいた。サントウヘイさんもその一人、しかしこの王都広しと言えどもその数はわずか…。


 彼と共に南の城門へ。城壁を息を弾ませながら駆け上がる。


「な、無い…。何も…」


 王城の南に面する海を隔てた先の対岸の島。その島にあるこの国で最も高い場所。そこに建っていた魔王の根城…、こちらを見下ろすようなそれが一夜にして姿を消していたのだ…。



 トームラダで男達が次々と姿を消した日からさかのぼること二日…。


 魔王討伐に向かった剣の勇者ブルーノはトームラダ城から見て海を挟んだ南の対岸の地、魔王の根城がある島にたどり着いた。


 他の土地からは切り離されたこの孤島はこの国で最も高い高地を持つ。そこには祭壇が設けられ、この国に加護を与えてくれる精霊への感謝を示す場として知られていた。


 しかし今では精霊の加護は失われ、祭壇も無い。代わりにこの国全体を睥睨へいげいするかのように魔王の根城がある。


 ダールリムル西の岬から海を隔て、外界とは隔絶するかのように海に浮かぶ孤島。しかも島は四方全てが断崖絶壁、浜辺にたどり着いて上陸というようにはいかない。そこでブルーノは荷物と鎧を大きな革袋に入れ密封すると、それを紐付ひもづけし浮かべながら海を泳いで渡った。幸いな事に魔物と遭遇する事は無かった、もしかすると水棲すいせいの魔物が存在しないのかも知れない。


 島にたどり着くと、革袋から空気を抜き今度は紐で背中にくくり付ける。


「ボルダリングをやっていたのがここで役に立つなんてね。まさに芸は身を助ける…ってね」


 苦労しながらもブルーノは絶壁の登攀とうはんに成功した。しかしジムに通いボルダリングの経験があったからと言って常識的に考えて成功の確率など万に一つも無い。


「信じられないくらいに身体能力が上がってる…、鍛えてるってだけじゃこうまではならない。何かもっと他の理由もあるような…」


 装備などを身に付けながらブルーノは思わずといった感じで呟く。しかし、考えるのは後にする。今は魔王の本拠地、狙うはその首ただ一つ。立ちふさがる敵も数体のみだったので蹴散らしながら進んでいく。


 その快進撃は魔王の根城に到着しても続く。自らの実力に加えて、もう一人の勇者シュウから託されたアイテムを駆使して突破していく。城の奥深くには魔王のものだろう、玉座があったが魔王の姿は無い。よく調べてみると玉座の後ろには地下に続く隠された通路があった。


 ブルーノはシュウ特製の松明たいまつに火を着け、地下に下りていく。『聖照レラーミィ』の魔法が込められた松明がその光によって悪霊のような魔物をひるませ容易たやすく斬り伏せる事を可能にする。その効果は凄まじく、ブルーノはたまたま燃え尽きそうになった松明の火を新しい松明に着け古い方を何の気無しに放り投げた。


 その松明が偶然にも不意をつこうと接近してきた悪霊に当たった。すると松明は一気に燃え上がり悪霊を焼き尽くす。凄まじい叫び声を残し悪霊は消えていった。


「これは…。なんて凄い…」


 悪霊にとっては剣で斬り伏せられるよりも明らかに効き目がある…。悪霊に対しては剣よりこの松明を振り回した方が良いんじゃないか…、そんな風にさえ思う。


 それからもブルーノは様々な魔物と遭遇したがその全てを討ち倒し魔王が待つ最深部に向けて進んだ。



 そして何やら重々しい両開きの扉が見えた。


 ブルーノは扉を押し開けてみると途端に紅蓮の炎が襲ってきた。


「くっ!!」


 かろうじて扉の陰に身を隠し、炎の直撃をかろうじてかわす。炎が襲ってくる寸前にチラリと見えたのはドラゴン


「危なかった…、でも今なら…」


 炎を吐き終え竜は前のめりになった体勢を戻し、大きく息を吸い込み始めた。今なら無防備。


「この好機を活かしてふところに飛び込めば!!…ッ!?」


 飛び込もうとした瞬間、また炎が襲ってくる!


「な、何?」


 完全に不意をつかれ回避がわずかに遅れた。肩のあたりに火傷を負い、苦痛にうめく。


「もう一匹…」


 最初に炎を吐いたドラゴンに気を取られ過ぎたか、もう一匹いる事に気付かなかった。かすかに見えた感じでは何よりいやらしい事に闇に同化をするかのように黒色の竜であった。


 腰のベルトに固定しすぐに使えるようにしておいたシュウ特製の治癒の軟膏を襟元から手を突っ込み強引に塗る。すぐに痛みが消え、腕を動かすのに問題ない程に回復した。しかし最初に炎を吐いた竜の口元からは小さな炎がチロチロと見え始めた、どうやら攻撃の準備は整ったようだ。もう片方の扉の方に身を隠す、すると二匹目の黒い竜も体勢を整えたようでその口元にも炎が見え始めた。


 なるほど…、二匹に炎を吐かせて無防備になった瞬間に倒すしかない。しかしその時間はわずか、下手をすれば一匹目とやりあっている間に二匹目に一吹きされてしまう。


「つまり一瞬のスキをついて、瞬く間に二匹を仕留めなきゃいけないって事ね…。…となると」


 ゴソゴソとブルーノは荷物袋から水筒にもなる防水加工された革袋を取り出す。


「使わせてもらうよ、シュウちゃん」


 そう言うと、ブルーノは無骨な剣斧にその中身の液体を垂らしていく。そして扉から中に入るフリをして一匹目から火炎ファイア息吹ブレスを誘う。それをやり過ごし、反対の扉側から再び中をうかがう。すると黒い竜からも炎が襲ってきた。


「狙い通り、好機チャンスッ!!」


 ブルーノは最初に炎を吐いた竜に突進する、息を吸う為にドラゴンは首を天井に向けていた。無防備な喉元に剣斧を叩きつけるとそれなりの傷を与えた。


 次の瞬間、ドラゴンは怒りの声を上げたがそれが途中で途切れ倒れ始める。った、ブルーノはそう直感し次は黒い鱗の竜に肉薄する。一匹目と同じように切りつける。すると黒い竜は倒れこそしないが苦しみ始める。二撃目、三撃目、大きな傷ではなかったが手傷を負わせると黒い竜もまたその体を地に崩れた。そして静寂が訪れる。


 ブルーノは大きく息を吐く。これはトームラダを旅立つ際に手渡された物の一つ。毒を消す薬を作った時に副産物として産まれたものだそうだ。毒薬らしく、シュウは竜でさえも一撃で殺せると言っていたが…。


「ホントだったね…」


 黒い竜が一撃で殺せなかったのは一匹目を切った時にほとんど竜の体に染み込んでしまい、二匹目の時にはほとんど剣には付着していなかったのだろう。


 だが、おかげでこの二匹の竜を最小限の消耗で倒す事が出来た。それにこんな竜を二匹も待ち構えさせていたのだ、魔王は近いだろうとブルーノは直感していた。すると…。


 ぱちぱちぱちぱち…。


 乾いた拍手の音がする。まだ誰かいたのか…、全然気づかなかった…。もしこの拍手が無かったら…、不意打ちをされていたら…。ブルーノは背中に冷たいものを感じた。


「誰ッ!?」


 恐怖を誤魔化す為もあった。ブルーノは大きく鋭い誰何すいかの声を上げた。


「よくぞ来た!勇者よ!わらわはお前のような者が現れるのを待っておった!!」


 魔王…、ついに!ブルーノは剣斧を握る手に力を込めた。


「そう焦るでない…勇者よ」


 こちらの考えを見透かしたかのように魔王がさらに語りかけてくる。部屋の奥の暗がり、玉座のような物が見えそこに何者かが座っていた。


「もし貴様が妾の仲間となるなら…貴様に世界の半分をやろう…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る