#22 誰も知らない口づけ。
振り下ろされる死神の鎌ならぬ悪魔騎士の戦斧。当たれば間違いなく助からないだろう。それに僕は肩を掴まれ動けない。いや、もう動いてるヒマなんて無い!
「我一人では逝かん、我一人では…!我が最後の…この悪魔騎士カイセン…、残る全身全霊の一撃ぞ!ぬうありゃあああぁぁぁッ!」
こっ、この人は!自分の身が焼き尽くされそうな今この瞬間をも自身の延命さえ考えず僕を討ち果たそうと…!
「くっ!『
ガッ!
おそらく最後の力を振り絞っての一撃だろう、それが僕の体に当たった。しかし僕の体は
対する悪魔騎士は全ての力を使い果たしたのだろう。僕の肩を掴んでいた左手が離れ、右手の戦斧も取り落とし地面に崩れた。
「動かざる事、山の如し。終わりです…」
「ぐ……。な、何をした…。貴様の動き…、およそ戦闘の動きからは程遠い…。だが…、その動き妙に理に叶っておる…」
ま、まだ話せるのか…?もし魔法が封じられていなければ、最後に捨て身の一撃ではなく『
「僕はこんな近距離で戦うなんて経験がありませんでしたから…。なので僕が知る戦い方…、将として…でしたっけ?兵法…えっと戦略みたいなものですかね、それを思い出しながら戦ったんですよ」
「…せ、…戦略?」
「ええ、僕の故郷に伝わる名将とうたわれた人の残した言葉。それを踏まえて戦ったんです」
「…しょ、将としてだと…。くっ、見事だ勇者…。騎士としてしか戦わなかった我と違い、貴様は魔法の使い手として…そして将として戦っていたのか…」
苦しそうに話す悪魔騎士。しかし、その声も弱々しいものになっていく。
「我は…貴様の力量を…目にして一人の騎士としてのみ戦った。その差が出たのだな。願わくば我を倒した男の尊名を…聞いてから逝きたい」
苦しい呼吸の中、悪魔騎士がふふふと笑った。それが最後の願いだと言わんばかりに。
「シュウ…です。悪魔騎士カイセン卿」
「シュ、シュウか…、良い名だ」
悪魔騎士カイセンの足の先は燃え尽きたのか崩れ始めている、さらさらと黒い灰になって…。
「見事だ、勇者よ。我の…、我の勝てる相手ではなかった…。我が主の為…お、王子…、王子だけは取り返される訳にはいかなかったのだが…な」
えっ!?王子?あの…、レイシアさんて…男…なの?
「ちょ、ちょっと、悪魔騎士さんッ!?」
「…さらばだ、魔法の勇者!我を倒せし男、シュウよ…。ぐふっ!!」
分厚い鎧を残し、悪魔騎士カイセンの全身を黒い灰にして風に散っていった…。
「ちょ、ちょっと…。一人満足そうに逝かないで下さいよ!!」
僕の心の叫びだけがむなしく響いた。
□
とりあえず僕はレイシアさんをつれ旅を再開する。見える範囲の瞬間移動を繰り返しどんどん先を急ぐ。
うーん、それにしてもこの人の骨格とか男性ホルモンはどうなっているんだろう。そして…、王子って…。トームラダの王子…、だよね。きっと。
「こんなに早く進むだなんて…」
声からして女性にしか思えないし、ドレス似合い過ぎだし…。そうこうしているうちに湖に周囲を囲まれた町が見えてきた。おそらくあれがダールリムルだろう。
「あれはダールリムルでしょうか、町を囲む湖…。すごく…大きいです…」
でかいのは良いからさ…、このままじゃ町に入れないんだよな。そんな事を思いながら町の東側に回り、岸から町まで続く干上がった浅瀬のような砂地があらわになった所を渡り町に入った。
早速宿屋に向かったのだが、魔物と出会わない為か旅人が多く宿には一室しか空きがなかった。野宿という訳にもいかないのでとりあえず部屋をとった。
落ち着いたところで互いの話をする。悪魔騎士の言っていた通りレイシアさんはトームラダの王子であった。なぜそんな格好をしているのか等の質問は避け、明日はトームラダに帰る事などを話す。レイシアさんは僕が自分を助けた勇者という事で何やら興奮が抑えられない様子だった。
しかし、明日は城に戻る訳だしゆっくり
「
なんだろう、この接客…。これがこの国でのスタンダードなんだろうか。
□
宿屋を出てすぐに僕はトームラダ城に魔法で帰還する。レイシアさんを救出した事を伝えたところ準備が整い次第謁見をするという事になった。
「シュウ様との旅がこんなに短い時間で終わってしまうなんて…」
そんな風にレイシアさんは言っていたが、僕としては何だか微妙。男?女?どんな距離感で接したら良いのか分からないし…。
「まあまあ、また後で謁見の場でもお目にかかれますから」
僕は謁見前に身なりを整えられた。そう言えばレイシアさんは女性のような格好だったもんなぁ。そういう身支度なら男のものよりも時間がかかるだろうし…。しかし、予想していたより時間はかからず謁見を始めるとの知らせが入った。
……………。
………。
…。
「よくぞ戻った!」
王様のそんな言葉から始まった謁見。レイシアさんは女装から男装(!?)に衣服を改め王様の横に設けられた席に座っている。髪も一つに束ね中性的な細身の美男子といった印象だ。うーん、金髪イケメン。
謁見の間には文武百官…とまでは言わないがそれでも数十の人士が集まっていた。末席近くには巫女頭のサマルムーンさんの姿も見える。
特段何事も無く謁見は終わり、今宵は祝宴をするとの事。主役はもちろん無事の帰還を果たしたレイシアさん。そして見事にドラゴンと悪魔騎士団を倒してレイシアさんを救出した僕。本当はすぐにでもダールリムルの町に戻りブルーノさんの後を追い魔王打倒を手伝いたかったが、祝宴の目玉がいない訳にはいかないので参加は強制。トームラダの防衛には成功したが、敵の大将はまだ健在。少し気が緩んでるんではないのかとさえ思う。
宴は夕方以降の為、とりあえず神殿に戻り松明や薬草に魔法を付与していく。留守中に何かあってもある程度の対応は出来るように。もっとも城の防衛戦以降、大きな怪我をする人もいないようで一安心。また、毒や呪いの
とりあえず大怪我する人がいないのは良い事だ。もっとも呪いに悩まされる人が減り、それだって神殿で聖灰を振りかければ解呪出来る。おそらくあの元王城破邪師のマヨーケの役目はこれにて完了だろう。
そして祝宴が始まった。
□
いくら勇者だなんだと言えども、僕は所詮は身内がいる訳でも無いし余所者だ。ましてや魔物の脅威が去れば勇者の力なんてのは過剰な暴力と感じる人も少なくないだろう。
この歓迎も魔王が滅びれば遅かれ早かれ手の平返しになるだろう。僕は中学時代に戦国武将とか三国志とかにハマり始めたクチで『狡兎死して、走狗煮らるる』という例えが良く出て来たりする。
『すばしこい兎を狩り尽くせば、猟犬の役目は終わり殺されてしまう』という意味から、いかに功臣と言えども用無しとなれば首を切られる。また、敵がいなくなっても君主にしてみれば力のある者に背かれるのは怖いものらしい。そうなると魔王がいなくなった後の勇者というのはどういう存在だろう。
僕は五万の魔物を退け、ブルーノさんは魔王を討ちに行った存在。一度疑心暗鬼に駆られればその気持ちは強くなるだけだろう。
トームラダに長居は出来ないな…、そんな事を考えていたらいつの間にか僕は広間から遠去かりバルコニーに出た。まだ宴も始まってそんなには経っておらず、このタイミングでは酔いが回った人も少ないようでほとんど人もいない。
「こちらにいらっしゃったんですか?」
そんな僕に声がかかる。
「サマルムーンさん」
普段の巫女服の延長のようなあまりに簡素な白いドレス。町の羽振りの良い商人の娘の方がもっと良い物を着ていそうだ。
「良いのですか?救国の英雄が広間にいなくても」
「はい。レイシア様が戻られ、ほとんどの関心はそちらに向きましたゆえ…」
僕の言葉に何やら少し寂しそうにサマルムーンさんが微笑んだ。やはり…、何か引っかかる。
「そう…、ですか。私もあまりにぎやかな場所は得意ではなくて…。もしよろしければ少しお話でも…」
「
「私に…?」
「はい。先に…、もし失礼な質問でしたら先に謝ります」
そう前置きした上で僕は唇を舌で湿らせ整えてから再び話し始める。
「なぜ今日の昼間の謁見の際にサマルムーンさんはなぜか末席の方にいたのでしょうか。
するとサマルムーンさんは少し考えた後、瞳を開きやがて
「…全てはこの瞳から始まりました」
サマルムーンさんが生まれた時、王宮では驚きに包まれたという。赤い瞳…、このトームラダでは不吉の象徴とされている。なぜなら赤い瞳は魔物と同じ瞳の色だからだ。
それが王家の血を引く者として生まれるとは…、王宮は混乱に包まれた。そこで王宮ではサマルムーンさんを死産と発表、王家の籍から抜き神殿にて育てられた。赤い瞳は不吉、それゆえに彼女は物心ついてからは瞳を閉じて生活した。
成長するにつれサマルムーンさんには魔法の才能がある事が分かった。『重傷治癒』と『豪雷』、この二つを除けば今に伝わる魔法を全て習得していた。
そしてたまたま瞳を開けた時には自身の魔法力がより強く発現する事に気付いた。あたかも貯めに貯めた水を
サマルムーンさんは場外に出る機会があった時に試した、すると『豪雷』の魔法を放つ事が出来た。しかし、いかに取り組んでも人を癒す『重傷治癒』の魔法が成功する事はなかった。
そして彼女は絶望する。自分に与えられたのは破壊の力だと、やはり誰も救えない呪われた血が流れているのだと…。
「サマルムーンさん…」
いつしか彼女は頬を涙で濡らしていた。
おそらくは…、王様にはサマルムーンさん以外にはレイシアさんしか実子がいない。僕達が勇者として来る前の大規模な魔物の侵攻により王都は多大な被害を受けると共にレイシアさんが捕らえられた。
つまり生死不明。そうなると王様の後を継ぐのは…実子である事を公にはしていないがサマルムーンさんにも後継者の可能性が出てくる。
そして今回の防衛戦でサマルムーンさんは熊獣人を一人で倒している。僕を除けばおそらく戦功第一、だから王宮内での立場が相対的に上がった。だが、レイシアさんが生還した事で後継者は再びレイシアさんが盤石の立場となる…。それゆえサマルムーンさんはまた元の王室とは何の関係もないという立ち位置になったのだろう…。
身勝手なものだ…。つくづくそう思う。
「でも…、誰にも気にされなくなったおかげでこうしてシュウ様と一緒にいられます…」
そう言ってサマルムーンさんが重ねてくれた手は温かく柔らかい。華やかな王宮でここだけは静か、宴を彩る楽団の演奏もここには音を届けるのを忘れたかのようだ。
誰もいない、誰も見ていない、いつの間にかサマルムーンさんはその瞳を開いて僕を見つめていた。赤い瞳、だけどそれは不吉な恐ろしいものには到底思えなかった。だから僕もサマルムーンさんを見つめた。その瞳が不意に閉じられる。
何もいらないと思った。力も、称賛も、栄誉とかも。サマルムーンさんがいる、言葉でさえもいらない。話さないのならその為の唇もいらない。使い方は別にある。
遠くで歓声が上がる、今宵何度目かの乾杯の声。そんなものどうでも良い、こんな時に目を開けるなんて風情も何も無い。そして僕達が再び瞳を開ける頃、また乾杯の声がして人々が笑い合う声がする。
僕達はと言えば気恥ずかしく、言葉をかわせそうにない。しかしそんな甘い雰囲気が長続きする事はなかった。
妙な気配…、瘴気のようなものが立ち込めると床にグラスが落ちる音や悲鳴が上がる。
「か、体が…。私の体がぁ!」
バルコニーから広間に飛び込むと妙なもやのようなものに体を包まれた人々が足先からその姿を消し始めていた。
□
【あとがき】
ここから男性が姿を消し始めます。
このあたりで異世界編が終わる予定でしたが、まとめきれませんでした。あと数話、お付き合いください
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