#19 彼女と僕の重なる雷撃。


 魔物の群れが迫る。


 敵も必死。確かに開戦当初の城の周囲を包囲するような数はもういない。しかし小中学校の校庭の二つか三つ分くらいを埋め尽くす程の頭数は残っていた。


 それが城門目がけて動き始める。迷いも戦慄おそれも無い、もう後が無い事を本能的に理解しているのだろう。


 僕とサマルムーンさんは北の城門上に立つ。


「シュウ様…」


「おそらくあの勢いのまま城門にぶつかられたら長くはもたないでしょうね」


「はい」


 僕とサマルムーンさんは他人事のように戦況について話す。


「だから一気に仕留めるようにしないといけません」


「しかし…、どうやって…?」


「二人で…魔法を同時に撃ちます」


「あの数を…ですか?」


「はい。ですが、今の僕にあれだけの数を打ち倒す力はありません。でも敵は今、死地にいます。サマルムーンさん、二人なら出来ます。…一緒に」


 そう言って僕は魔法の準備に入った。何をするのか理解してくれたのだろう。サマルムーンさんも魔法を唱える姿勢に入る。


 いつの間にか僕達は手をつないでいた。呼吸を合わせる。


「「来たれ、いかづち!『豪雷ぺラギマ』!!」」


 耳をつんざくような轟音、眼下の敵勢に稲妻が降り注いだ。一人の時とはケタ違いの威力だった。


「バ、バカな!なぜ千を超える我らを一撃でほふれるのだ!?」


 敵の魔法使い風の男がわめく声がする。城門に近い所を中心にピクリとも動かなくなった魔物達の亡骸なきがらがそこかしこにある。

 泥にまみれ中には焼けただれていたり、千切れていたりと魔物達の体が二人で唱えた『豪雷ぺラギマ』の威力を物語っていた。


 しかし、その有様を見てもなお魔物達の進軍は止まらない。また魔法を撃たなければならない。僕は二発目の『豪雷ぺラギマの魔法を放つべく身構える。しかし僕と手をつないでいたサマルムーンさんの体勢が崩れた。

 あわてて僕は彼女の体を抱きとめるようにして支える。彼女の体から急激に力が抜けていくのを感じる。


「サマルムーンさんッ!」


 呼びかけるがサマルムーンさんから返事は無い。しかし返事の代わりと言うにはあまりにも残酷な…、唇の端からつうっと一筋の血が流れた。


「み、巫女頭みこがしら殿ッ!!でアリマス!!」

「し、しっかり!」


 近くにいたサントウヘイさんや巫女さんの声がする。ら


 白い肌、赤い瞳…。もしかすると彼女はアルビノと呼ばれる体に色素がほとんどない存在なのでは無いだろうか?

 昔、ネットか何かの記事で呼んだ事がある。メラニン色素とかもほぼ無いから日光にあまり当たっているのも良くなかったはずだ。そして、あまり体が強くないという事も。


 この『豪雷ぺラギマ』魔法はただでさえ魔法力を激しく消費する。ましてや彼女はこの少し前には熊獣人を同じく『豪雷』で仕留めている、これで二発目だ。他にも細々したところで魔法を使っていた…。もしかすると全ての魔法力を使い切り、それでも足りなくて体力を…生命力までも振り絞って一緒に魔法を唱えてくれていたのか…。


 こうしている間にもサマルムーンさんの体から力が抜けていく、『重傷治癒ぺホミイ』の魔法を唱えたがそれでも焼け石に水。サマルムーンさんの救いにはならなかった。


 魔物達が城門に迫りつつある。しかしそんな事はどうでも良かった。今ここにいるサマルムーンさん一人守れないでどうして人々を守ると言うんだ。


 何か魔法は…、あるよ。サマルムーンさんはまだ生きている。初めて使う魔法には失敗したものがあった。しかし何回か練習して出来るようになった。でも今は一発目で成功させないと、こうしている間にもサマルムーンさんから何か抜け落ちていくような感覚がある。


「絶対に…、離さない。『完全治癒ぺマホ』!!」


 サマルムーンさんを抱きしめながら僕は必死に魔法を発動する。僕の手から、体から、とにかく強い薄緑色の光が放たれサマルムーンさんを包み込みその体に染み込んでいく。

 放たれていた光はいつの間にかおさまり、僕は改めてサマルムーンさんを見た。唇の端から漏れた一筋の血の跡は消え去り、今は落ち着いているように思える。


 僕はゆっくりと丁寧に彼女を城壁の上に寝かせた。この異世界せかいに来た時から着ている学ランを脱ぎ、その体に優しくかけた。


 巫女さんが駆け寄ってくる、サマルムーンさんを任せ僕は再び魔物達に対峙した。



 いつの間にか魔物の軍の先頭に魔法使いがいた。しかしこちらも手が出せないでいた。投石の為の威力を増した石も、『小規模爆発オイ』の魔法を込めた石も使い切ってしまったようだ。


 足元は海水混じりの泥田、しかしこの距離なら一息に城門に取り付く事が出来るだろう。だからあと一回、何かの魔法を使うにしてもしっかり準備できるのは一発分だけだろう。


「切り札を失ったようだな、『豪雷ぺラギマ』使いよ」


 城門の近くに着いた事で余裕があるのか、魔法使いが呼びかけてきた。


「もっとも切り札を失ったのはこちらも同じ…。熊獣人に闇騎士アケッチン殿…、残るは総力戦。魔道士としてはやりたくもない、頭を使わないぶつかり合いだ」


「奇遇ですね、こちらも新しく出せるような策がもう無くてどうしようか頭を抱えているんですよ」


「ほう…。…。遠くからでは黒い服を着ているくらいしか良く分からなかったが…」


 目深まぶかにかぶったフードの下のよく見えないはずの顔が笑ったような気がした。


「お前は大した策士で、魔法使いだよ。本来戦とは開戦はじめる前から始まっているものだ。臨機応変の策?戦況を覆すような武?そんなものは小さなものに過ぎん。将棋チェス盤の一マスのようにな。盤全てに対応するような手を打ってこそ戦略とは思わんか?」


「激しく同意しますよ」


「…ッ!!くっくっくっ、なら…どちらが相手を詰ませるか、最後の勝負といこうではないか!我は貴様を、魔物達は城を落とす事でな!」


 敵の魔法使いは杖を持つ手を天に振り上げる。その先には雨雲が見える、『豪雷ぺラギマ』の魔法が来る!瞬間的に理解した。


「まずい!あの魔法使いと敵勢が同時に来る!」


 敵魔法使いを迎え打てば魔物が城門を、魔物達を止めるなら敵魔法使いをフリーにさせてしまう。どちらか一方でも許したら…おそらく負ける。


 そうか…。だからあの魔法使いは正面に出てきたんだ…。『豪雷ぺラギマ』を使える僕の姿形を確認する為に。あの魔法使い、僕が学ランを脱いでいたから黒い服という目印を見失ったから…僕を索敵さがしていたんだ!


 何をやっていたんだ、僕は!敵の大将が目の前にいたんだから不意打ちでもなんでも良いから討ち取ってしまえば良かったんだ!それが今のこの有様ありさまだ!僕は知恵比べに負けたんだ。


 サマルムーンさんは意識を失っている。二人同時の『豪雷ぺラギマ』はもう使えない。あの魔法使いと魔法使いと『豪雷ぺラギマ』の打ち合いになれば威力の高い方が打ち勝つだろうけど、どちらが勝つにしても相手の魔法を打ち消しながらだから威力は相殺されつつだろう。軽傷は負うだろうが、すぐには致命傷とはならないと思う。

 そうなると長期戦になる、魔物が攻め寄せる時間を与えるだけだ…!


 雷を打ち合い、あの魔法使いを攻撃しつつ魔物を一層するようなそんな手段はないか?僕は心から願った。僕は勇者なんだろ、窮地を覆すような力があるんだろ?


 敵の魔法使いが詠唱を終えた、来る!あの魔法使いが呼んだ雲から雷が!無いのか、豪雷を上回る雷は!


「そ、そうだ!」


 雲を呼び雷を落とす、その雲はもう空にある!だったらそれを利用してやれ!雲はある、雷を落とすだけで良いんだ!


「終わりだ!『豪雷ぺラギマ』!!!!」

「来てくれッ!『聖雷ギザデイン』!!!」


 ばちいっ!!


 二つの落雷がぶつかり合う。そしてその二つは互いに押し合いながら相手の雷を飲み込もうとする。


「な、なんだ!?その雷は?我が渾身の『豪雷ぺラギマ』がっ!さ、最強の…ま、魔法がッ!!」


 聖なる雷の威力が勝り始めた、そして完全に敵の雷を飲み込み出した。


「ぐうううっ!!」


 それでも敵の魔法使いは己の魔法力を振り絞り耐えようとする。


「ふ、ふふふふふっ………、…がっ!!」


 なぜか不敵に笑い始めた敵の魔法使いは口から血を吹いた。どうやら魔法力も体力も限界に来たらしい。そして高く掲げていた杖が折れ弾け飛んだ。そして僕の放った白い雷がその体に落ちた。


「こ、この魔道士マツナガンが…。ま、負ける…とはな…。…ウ、ウボアァァ〜!!」


 敵の魔道士マツナガンとやらに落ちた『聖雷ギザデイン』の雷撃は海水の泥沼を伝わり残った魔物達をことごとく打ち倒した。


 城の外には最早動くものは無く、城のあちこちでは魔物達を討伐した事を喜ぶ歓声が湧き上がった。


 歓喜に湧く中、僕はサマルムーンさんを抱き抱え残り少ない魔法力を振り絞り神殿横の祠に飛ぶ。


「光あれ」


 僕とサマルムーンさんに魔法力が戻る。彼女は今は眠っているだけ。再び僕は城の北門の上に戻った。そこはいまだに人々の喜びの声に満ち溢れていた。

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