#18 サマルムーンの瞳。裏切り者に制裁を。

 第三の勢力、守る篭城側ではなく攻める魔物の軍勢でもない。戦場に漂う死の匂いに引き寄せられた死者達は聖なる炎によって天にかえっていった。


「ゆ、勇者殿!さ、さっきの魔法はいったい何でアリマスか?」


「あれは…、いにしえの『遺失魔法ロストマジック』の『大火炎球ラメゾーマ』という敵を焼き尽くす魔法です」


「ら、らめ…そーま…?」


「はい。かつてこの国を恐怖のどん底に叩き起こした魔王ですらまともに五、六発も食らえば灰になるでしょう…それだけの業火です」


「い、古の魔王すら…でアリマスか…?」


「そして投げ込んだ松明たいまつには『聖照レラーミィ』の魔法を、さらに雑草束には呪いを解く聖灰ビブーティを振りかけておきました。それでただ単に業火というだけではなく聖なる炎として、そして呪いを解く炎としての意味を込めました。それがどうやら弔いの炎としての意味を持ったようです」


「そ、そうでアリマスか!」


「はい、サントウヘイさんのおかげですよ。弔う事が出来れば天に還せると分かりましたから」


 そして僕は荷車を引いて来たサントウヘイさん達を北門の守備に戻ってもらう。僕は城壁西側の手近な所にいた魔物達を魔法を出し惜しみせず打ち倒していく。そして城の北側、東の海岸から海水を引き入れ城の北西まで掘削した堀、そこから堀を延長すべく今度は城の西側に堀を作る事にした。具体的には城の西側に南北に『掘削くっさく』の魔法をかけていく。その魔法が完了すると繋がった堀が海水を満たしていく。


 こうして城の西側と北側には海水を引き入れた水堀が出来た。平野に建つどことも連携していない守り難い孤立した城…。いわゆる孤城こじょうが二方を堀、残る二方を海に迫る陸から攻めるにはやや面倒な城となった。


 寄せてくる魔物も堀に手間取りその間に弓矢で、渡り終えて迫る魔物も格好に狙い撃ちにされていく。堀に阻まれて次々に押し寄せられないのでこちらも冷静に対応が出来ている。どうやら西側は持ちこたえる事が出来そうだ。そう考えた時の事…。


「た、大変だッ!き、北門が急襲されて…」



 トームラダ城西側の死者の軍団による襲来を退け、手近な敵を蹴散らし海水を引き入れ水堀を作った。正直、城の西側の脅威が去ったタイミングだったのですぐに北門に向かう事が出来た。


「むううっ!『瞬間移動ラール』!」


 僕は魔法によって北門を守る城壁の上に飛ぶ。そこでまず目にしたものは城壁上では何人もの兵士や市民が傷つき倒れていた。そして昨日襲撃してきたものより一回り体が大きい熊獣人が大立ち回りを演じていた。


「サ、サマルムーンさんっ!」


 思わず僕は声を上げる。その大柄な熊獣人は次の狙いを彼女にしたようで鋭い爪を持つ手を振り上げ飛びかかっていく。


 まずい!ここからじゃ…。それに目が見えないサマルムーンさんじゃ身をかわせる訳がない!熊獣人の大きな後ろ姿の向こうにサマルムーンさんが消えた。そして熊獣人の腕が振り下ろされようとした瞬間、轟音と共に激しいいかずちが落ちた。そして腕を振り上げた姿勢のままゆっくりと熊獣人が崩れ落ちていく。


「あ、あれは…『豪雷ぺラギマ』!!…い、いったい誰が…」


 たしかサマルムーンさんは十種類の魔法のうち『重傷治癒ぺホミイ』と『豪雷ぺラギマ』は使えないはずだ…。…なら、いったい誰が…。彼女以上の魔法の使い手がいるのか…と考えていると、どうっという音を立て大柄な熊獣人が倒れた。


「サ、サマルムーンさん…」


 そこで僕が見たのは両方の目蓋まぶたを開いた、赤い瞳に強い意志を秘めたサマルムーンさんだった。


……………。


………。


…。


 サマルムーンさんの両の瞳のように、空は赤みが差し始めていた。まだ彼女が大柄な熊獣人を倒してからまだ一分も経っていない。


「サ、サマルムーン様の瞳が開いた…」


巫女さんの一人がそんな呟きをもらす。しかし、すぐに熊獣人にやられた怪我人の治療に向かう。僕の作った治癒の軟膏なんこうが役に立っているのだろう、倒れていた人達が座り込んで身を休めるくらいには回復していた。


「無事で…良かったです」


 僕はサマルムーンさんに駆け寄りそう言うと、


「ありがとうございます。しかし、勝算もありました。熊獣人は強靭な体力を持ちますが、『豪雷ぺラギマ』の魔法を弱点としています。たとえ聖なる剣で切られても一撃では倒れない事が珍しくないそうですが、この魔法にはひとたまりもないと言い伝えられていましたので…」


「そうだったんですか…。それと、目が見えたんですね。僕はずっと目が見えないのかと…」


 そう言うとサマルムーンさんは少し悲しくそうな顔をした。どうしたのだろう?


「この目に…助けられました。私は普段より目を閉じ視覚を遮断する事で外からの刺激を受けないようにしてきました。代わりに内なる魔法力を高め、いざという時に一気に溜めた魔法力を爆破させる為に…。その時、その時だけあの『豪雷ぺラギマ』の魔法を使う事が出来るのです」


 そうだったんだ…。だから普段から目を閉じて生活していたんだ…。


「しかし、どうしても『重傷治癒ぺホミイ』の魔法だけは使う事が出来ませんでした。人々を癒し守るような魔法ではなく、破壊と殺戮さつりくの魔法を得てしまうなんて!」


 サマルムーンさんの瞳に涙が浮かぶ。


「そんな事ないですよ。守ったじゃないですか」


 驚いたようにサマルムーンさんが僕の顔を見る。


「ほら、見て下さい。怪我こそしてますが皆さん無事です。誰も死んでいません。もしサマルムーンさんがあの熊獣人を倒していなかったらもっと被害が…、それこそ死者が出たかも知れません。そんな最悪の事態が起こる前に倒したんです、サマルムーンさんが守ったんですよ」


「さあ、魔物はまだまだ来ますよ。迎え打ちましょう」


 僕は周りに呼びかけた。


「そ、それが…。魔物がいったん堀の向こうに引いて睨み合いの状態です」


 えっ?そうなの?なぜ引いた?


「じゃ、じゃあ今のうちに松明たいまつに火を付けたりとか、次の襲撃に備えましょう」


 そう言うとみんな各所に散らばり篝火かがりびや松明の準備を始めた。僕も手近な松明に火を着けた。そのおかげで周りが明るくなり、濃くなったサマルムーンさんの影が何やら動いたような気がした。


 ぞわり、平面のはずの影が立体的に持ち上がった。サマルムーンさんの数メートル後ろ、影は何やら人の形になっていき真っ黒な剣のような物を持った影人間が出来上がった。サマルムーンさんが斬られる、そう思った僕は松明をそいつ目がけて投げつけた。


「っ!!?」


 声こそ上げなかったが真っ黒な影は一瞬怯ひるんだように見えた。


「サマルムーンさん、前に飛んで!」


 僕の声にサマルムーンさんが前に飛ぶ、影人間から離れた。サマルムーンさんを殺されてたまるか!


「『大火炎球ラメゾーマ》!!」


 一人の人間が簡単に飲み込まれていまうホドの大きな火の玉が影人間に直撃し包み込んだ。


「ぐ、う、う!!こ、このワシが!ダ、闇騎士ダークナイトアケッチンがあぁ…」


「ア、アケッチン?あ、あの騎士長アケッチン…、裏切り者アケッチンでアリマスか!?」

「ま、間違いねえ、このツラ!裏切りの騎士、アケッチンだ!」

「こいつが魔王に寝返ったから俺の兄貴は…」


 業火に焼かれ、真っ黒だった姿が炎によって浮かび上がる。こちらを睨むうらみがましい顔。どうやらコイツは元はこの国の騎士、それが裏切りトームラダの人を殺したりしたのか…。


「た、たす…助けてくれ」


 闇騎士アケッチンがたわけた事を言った。


「なに?助けてくれ?ふざけるな!裏切り者が!?」


 兵士の皆さんを中心にそんな声が上がる。当然の事だ…しかし。


「ふーん、助けてくれと?」


 僕は業火に焼かれるアケッチンに問いかけた。 


「あ、ああ!く、苦しい、熱い、助けてくれ!か、改心する!だ、だから!」


「良いよ」


「なっ!?ゆ、勇者殿、何を…」

「そうだ、こいつが改心なんて!」


 周りから反対の声が上がるが僕は構わずに、


「まあ、見てて下さい」


 そう言って僕は闇騎士アケッチンを見た。ニヤリと笑ったような気がした。間違い無い、改心してないのは見え見えなんだけどね。


「これはプレゼントだ。『重傷治癒ぺホミイ』!」


 僕はもうすぐ絶命しそうな闇騎士アケッチンとやらに近付き、回復魔法を唱えた。燃えさかる業火の中、アケッチンは回復した。


「う、うはははは!き、傷がどんどん塞がってくるわい!」


 アケッチンが歓喜の声を上げる。


「な、なんで回復させたんでアリマスか!?もうすぐ焼き殺せたでアリマスのに!」


「だからですよ、サントウヘイさん」


 僕がそう言うとサントウヘイさんが訳が分からないと言った表情をしている。


「き、傷は治ったわい!馬鹿め、誰が改心などと…ぐ、ぎゃあああ!あ、熱い!熱いィィッ!」


 再びアケッチンが苦しみ悲鳴を上げ始める。


「この『大火炎球ラメゾーマ』の魔法はこの魔物が三回死んでお釣りがくるくらいの威力があります。だからもう一回…『重傷治癒ぺホミイ』!!」


 再び燃え尽きようとしていた闇騎士アケッチンを回復させる。どうやら回復している間は熱さも痛みも感じないようで悲鳴がおさまる。しかし、その身を焼く業火にまた悲鳴を上げ始めた。


「この裏切り者に罰を与えようかと思いまして。少しでも長く苦しく、そして罪の認識を感じさせるようにと」


「ぐううっ!ば、罰じゃとっ!?だ、だがお前のような若造が…、なぜ巫女頭みこがしらのサマルムーンより魔法に長けておるのじゃ?」


 アケッチンは身を焼かれながらも問うてきた。


「僕が勇者だから、ですよ。裏切り者さん。そしてもう回復はしませんよ、覚悟…良いですね?」


「ま、待てッ!ゆ、勇者は旅に出たのでは…。た、助けてく…」


「助けないし、…もう時間切れだよ」


「ぬわあ〜!」


 闇騎士アケッチンの体が燃え尽きた。後には黒いほこりのような灰が散っていった。騒動もひと段落したので僕は座って休んでいる人たを集めて『集団重傷治癒ぺホラマーの魔法を唱え治療した。


 そして…。


「ほうこぉ〜く!魔物が堀の内側に集結!」


 急を告げる報告の声が響いた。薄暗くなり始めた戦場に変化があったようだ。


 城壁から北を見た。いつの間にか城を包囲していた魔物の軍勢は堀の内側に集まり弓矢のやじりのような形をしている。中国や日本で言う蜂矢ほうしの陣というやつだろうか?それに…。


「は、背水の陣だ!く、掘削くっさく!」


 僕は慌てて堀の内側に魔法をかけた。深さは

1メートルほど、そこに水堀の海水が流れ込む。しかし、魔物は動き始めていた。少なくとも五千、いや一万匹くらいはいるかも知れない。


「足を鈍らせるつもりか!もう遅い、この城の喉元に食いつかんとしておるわ!」


 魔物の群れの中、魔法使い風の格好をした奴の得意気な声がする。


 背水の陣、勝利か全滅か…全軍で突っ込んでくる。蜂矢の陣…、確か一点突破を狙ってくるような超攻撃型の陣形…。狙いは当然、城門か…。


 一撃で壊滅的な打撃を与えないと城門を抜かれるかも知れない。


「サマルムーンさんッ!」


 僕はサマルムーンさんを呼んだ。


「シュウ様…」


 いつも冷静なサマルムーンさんだが不安そうにしている。


「魔物の群れを打ち倒します。この城にいる全ての人を守る為に…あなたの力を貸して下さい」


 僕は決して揺るがない決意を込めて彼女に向かい合った。


「はい…」


 穏やかだけど、しっかりとした口調でサマルムーンが応じた。大丈夫、きっと。


 サマルムーンさんも言ってたじゃないか、『勝算』という言葉を。


 だから大丈夫。僕なりの勝算、それがあるのだから。








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