#17 不測の増援、死者を弔う聖なる火。


 篭城戦は僕の想像以上に良い滑り出しを見せた。数万匹を超えるであろう魔物を前にしてトームラダを守る兵士や市民はまるで自分達の方が大軍であるかのように、そして魔物恐るるに足りずとばかりに高い士気を保ちながら戦っていた。 


「来るなら来いッ!俺達にゃあ勇者サマがついてるんだぜっ!」


 投石紐スリングを使い素手で投げるより遠くに爆発石を投げる男性。


「爆発石は周囲を巻き込んで打撃を与える!無理して一匹一匹狙わず、魔物が複数固まっている所を狙え!」

「狙うは敵の密集部!でアリマス!」


 西、北、東の三方から寄せてくる魔物に僕達は応戦する。開戦時の爆発オイ系の魔法の連発により魔法力が枯渇しかかった僕は補給の為に一時的に前線を離れる。


「ふうう!『瞬間移動ラール』!」


 一瞬で神殿横のほこらに空間転移する。


「光あれ!」


 お爺さんの力により僕は魔法力が全快、さらなるパワーアップをして前線に復帰。


 戻ると兵士さん達が槍を振るって応戦していた。まさかこんなに早く侵入を許したのかと思ったが、敵はバスケットボールのような胴体に顔がくっついたような奴だった。ただ、その胴体に蝙蝠こうもりのような羽と小悪魔のような尻尾がついている。

 実物を見たのは初めてだが、噛まれるとまれに呪いを受けるという蝙蝠悪魔こうもりあくまという魔物だろう。それが飛行して城壁の上を突破してきたのだろう。


「ふっ!『火拳玉ラギ』!!」


 僕は魔法を連発し、拳大の火の玉を数匹いた蝙蝠悪魔にぶつけ排除する。少し離れた所ではサマルムーンさんが同じように『火拳玉』の魔法を使い蝙蝠悪魔を撃ち落とした、とどめとばかりに近く2いた兵士が槍を突き刺していた。

 周りを見回す、すると離れた所では同じように蝙蝠悪魔が侵入してきているのが見えた。まずいな、こういう飛行してくる奴らに対応しているうちに地上から寄せてくる奴らへの攻撃が薄くなってしまう。


「兵士の皆さん、町の人達と共に東西両翼の支援に回って下さい!ここは十人も残ってくれれば!ここは魔法の勇者シュウが引き受けますッ!」


 僕は大きな声で叫ぶ。正面はまだ時間を稼ぐ手段はある。だから両翼を破られない事の方が大事だ。僕の声に応じて西と東へ駆けていく人達、お願いしますね。両翼が破られたら僕達は多方向から襲われる事になる。


 しかし人が減ればこちらは手薄になる。だからその分は工夫しなくちゃいけない。足止めするなりして一度に相手にする数を分断するなりして減らして片付ける。

 それを繰り返して確実に減らしていくんだ。こちらは城壁の上、地上の敵には飛び道具や投石で一方的に攻撃できる。そうして敵との戦力差を埋めていくんだ。


「いけっ、掘削くっさく!」


 僕は城門から三十メートルくらい先に大きさは五十メートルプール、深さ五メートル程の大きな穴を掘った。生活魔法の効果範囲を拡大したものだ。多数の敵が穴の底に消える、その間に城の近くにいる魔物を倒していく…そんな時だった。


「た、大変だあ!西から魔物の新手が来てる!た、倒しても何度も立ち上がってくる!し、死体の化け物だあッ!勇者様、お、応援を!!」


 伝令役として若者が僕の方に血相を変えて駆け込んで来たのだった。



 まずいな…、僕は眼下に寄せてくる魔物を見てそう思った。城壁北側は僕やサマルムーンさんといった魔法を使える人がいるから人数の少なさをカバー出来ている。だから一人抜けるだけで戦力は目に見えて落ちる。


「ゆ、勇者殿!きっとその死体の化け物というのは西の岩山からやってきたに違いないでアリマス!」


「西の岩山?サントウヘイさん、何か知っているんですか?」


「に、西の岩山は道もない断崖絶壁!その為に西に行く為には一度北へ回ってぐるっと迂回うかいしなければならないでアリマス!半月以上の遠回りになるので、旅人の中には断崖絶壁をへばりつくようにして山越えしようとする者が少なくないでアリマス!」


「断崖絶壁…」


「その為に途中で力尽き滑落死する者や、山越え出来ても疲労困憊になり獣に襲われて命を落とす者が絶えないのでアリマス!その無念な気持ちを抱えたままの死者が魔王の襲来以来こういう戦闘で死のニオイを感じると引き寄せられてくると言うでアリマス!」


 そうか…、爆発の魔法とかでたくさん魔物が死んだもんな…。だからつられてやって来た…そんな感じだろうか。


「奴らは苦痛も恐れも無くやってくるでアリマス!しかし真に恐ろしいのは死なないのでアリマス!時にはバラバラになった骨がまたくっついて再び襲ってくるのでアリマス!」


 えっ?不死身なの?対処のしようが無いじゃないか!


「倒す方法は無いんですか?」


 一応、僕はサントウヘイさんに聞いてみる。


「あるにはあるんでアリマスが…」


「そ、それは…?」


「弔ってやる事…でアリマス」


「は?」


 緊張すべき戦場になんとも言えない空気が流れた。


……………。


………。


…。


「ではサントウヘイさん、その荷車を西門の方へ。こちらを大きく蹴散らして時間を稼いだらすぐ追っかけます」


「分かったでアリマス!うぉぉぉッでアリマス!」


 荷車を引いて走っていくサントウヘイさん他数人の兵士の皆さん。


「じゃあこちらも派手にいきますかね!」


 落とし穴のこちら側にいる敵を一掃すべく『大規模爆発ナズンオイ』を発動する。予想通り一掃出来た。と言うよりこの魔法はあの国民的RPGの後のシリーズから登場したより大規模かつ強力な魔法。正直、一作目の舞台とそっくりなこの辺りではオーバーキルだろう。

 そして元々は50メートルプールのサイズで作った落とし穴、その全長をさらに長くした物を作るべく『掘削くっさく』の魔法を使用した。


「うーん、ここまでくるとお城とかで言う空堀からぼりって感じの規模だなあ…。だけどよじ登って来る奴もいるし…。いっそのこと水堀みずぼりの方が良いか…、なら!」


 毒食わば皿まで、やるなら徹底してやるかな。僕は地面に掘った空堀を東西にグングン伸ばす。


「平野続きで守り難いなら…、ま、守り易くしてやれば良いんだからねっ!」


 妙なテンションの高まりが僕の口調をおかしくさせる。そして掘削していた空堀が東の海にまで到達した。海水が流れ込んでくる、戦国時代に藤堂高虎が手がけた海水を引き入れたという堀。

 それと比べたらチャチなものだが、急拵きゅうごしらえの堀にしては上出来なのではないだろうか。


 海水が流れ込み泥田のようになった堀、魔物は足を取られ抜け出せないでいる。


「サマルムーンさん。西門の応援に行ってきます!片付き次第すぐ戻ります、よろしくお願いします」



 僕は『瞬間移動ラール』の魔法で祠のお爺さんの元に行き、魔法力の回復をお願いした。そして再び『瞬間移動』の魔法で西門に飛んだ。


「サントウヘイさんッ!」


 そこには城壁上を荷車を引いて移動してきたサントウヘイさんがいた。


「無事運んで来たでアリマス!しかし、どうするでアリマスか?」


 荷車には山と積まれた雑草の束。僕は西門から戦線を確認する。そこには骸骨がいこつ屍人ゾンビなどがこちらにやって来ていた。そのうちの数体は門前まで来ていた。

 

 死者達に足取りに一切の迷いは無い。どうやらここ、西門にまっすぐ向かってくるようだ


「このッ!!」


 民衆の投石が骸骨に当たり、骨がバラバラに散らばる。しかし、しばらくすると吸い寄せられるように骨がくっつき骸骨が再び立ち上がる。普通の生き物なら致命の一撃が死者には足止めにしかならない。


 僕は腰に結(ゆ)わえ付けていた聖灰が入っている革袋を手に取り、荷車に乗せた雑草の束に振りかけた。


「皆さん、死者の相手は僕がします!だから、門以外の場所に迫る魔物を撃退して下さい!」


 そして僕はサントウヘイさん達と共に門前に雑草の束を次々に投げ落としていく。


「なるべく門から離して、山と詰むような感じで!」


「こっ、これで足止めをするでアリマスかッ、勇者殿!?」


「いいえ!これから死者達を弔うんですよ」


「ど、どういう事でアリマスかッ!?」


「まあ見ていて下さい!」


 そう言って僕は仕上げとばかりに『聖照レラーミィ』の魔法を付与した松明たいまつを雑草の束の上に投げる。


 死者達の軍勢は雑草の束が散らばる場所を避けずそのまま門に迫る。荷車数台分の雑草の束を乗り越えて来るとは好都合だ、誘導する必要が無くなったのだから。


「皆さん、松明に火を!!雑草の束に火を放って下さい!」


 魔法の…、聖なる明かりを帯びた松明が投げ込まれる。そしてそれが雑草束に触れると一気に燃え上がった。


 それは業火とも言えるような激しい炎だった。それが火柱となり死者達を、そして近くにいた魔物も巻き込んで焼き尽くした。しかしそれは死者達を無惨に焼くだけではない、白い白い聖なる炎だった。

 一度死んだ者を再度焼き苦しめるだけでない、彷徨さまよう魂を天に昇らせるような弔いの炎でもあった。

 

 何百といた無口で無表情な死者達が天にかえる際には穏やかに、そして安らかな表情をしているように誰もが感じたという。


 そしてその炎は死者には安らぎを与えるものであったが、生きている魔物達には本能的に恐れるものであった。


 城の西側を攻める魔物達の士気はこれ以上ないほどに落ちていた。いくさは一気に終局に近づいていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る