#15 攻める『剣』、守る『魔法』。


 ブルーノがダールリムルを出発して二日が過ぎていた。魔王の元へと確実に迫っていた。最低限の睡眠をとり、食事などは歩きながら行った。起きている間は常に前進、または戦闘。凄まじく禁欲的ストイックであった。


 日本では会社員、デスクワークだった。その為、体を動かす機会を作ろうと通い始めたジム。いつしか夢中になっていた。

 自分の肉体をいじめ抜き、口にする物もいかに効率的に筋肉となるか…それだけか判断基準だった。逆に言えばそれ以外の物全てを悪質な毒物のようにさえ感じた。特に脂質が憎らしかった。


 いずれは…、ブルーノこと青野蒼一あおのそういちには目標があった。ボディビルの大会に出場してみたいと。そんな毎日を過ごしていた時に今回の異世界召喚に巻き込まれた。


 怪我の為か気絶していた修より先にこの国の現状を聞いた。体を鍛えてはいたが戦闘とは縁の無い平和な日本で暮らしていた自分。最初はとても戦えないと思った。だが、自分に肉体的に恵まれた資質があるらしい。それを聞いて嬉しかった。


 試しに腕立て伏せをしてみようと上半身裸になってみると肩回りや腕が自分の物ではないようや鍛え抜かれたものになっていた。そして、試しに腕立て伏せをしてみればその筋肉が見掛け倒しでない事も分かった。


 何より驚いたのはハードなトレーニングをして少し休み始めるとすぐに筋肉痛が来る。だがそれはごく短い時間、そして休憩が終わった頃には肉体がパワーアップしているのが実感できるほどに。


 後に佐久間修が魔法力を限界まで使い、回復させるとグンと魔法力が成長する特徴があったが、ブルーノはそれを肉体的な面で享受する事が出来たのだ。

 その肉体は与えた刺激や栄養、薬草などによる結果がとにかく現れやすい。ブルーノが肉体を鍛えればすぐに成長につながり、食物の消化吸収に優れ、薬草などが効きやすい。


 そしてもう一点。ブルーノは戦えば戦う程、その力を増していく。戦いの天才、戦いの申し子…呼び方は色々あれど意味するところは同じだ。相手に応じての有効な戦い方をどんどん習得していく、同じ一撃でも命中する部分によっては鱗や骨格により鎧の役目を果たし、威力が半減する場合もある。

 また、様々な経験はブルーノに自らの肉体のより効果的な使い方を身につけさせた。


命中インパクトの瞬間ッ!ここで手首をひねるッ!」


 ブルーノはストーン巨人ジャイアントの上腕部に攻撃が命中した時の事だ。体験から学んだ攻撃をより効果的にする為の工夫を試してみた。ブルーノの狙い通り、石の巨人の腕はその一撃だけで弾け飛んだ。


 初めて石の巨人と戦ってから五日と過ぎていない。その時は一時間を超えるまさに死闘であった。それが今では二分かかるかかからないかで倒せている。


 新たな武器を得てからブルーノの進軍はさらにはやさを増した。後には打ち倒した魔物の死骸とブルーノの靴跡が残るのみ。


 そしてたどり着いダールリムル西の岬の突端。


 ブルーノの眼下には激流渦巻く荒れ狂う海、その先には断崖絶壁。この国で最も高い場所にある精霊の神殿、今は魔王の根城と化した魔物が跳梁跋扈する暗黒の孤島であった。


「さて…。どうやって渡りましょうかねえ…」



 熊獣人達の襲撃を退けた翌日。ムラダの王城と城下町をぐるりと囲む城壁の上。僕は夜の闇に紛れての奇襲に備えてそこで寝泊りしていた。


 暗闇に対して人間は無力、だからとにかく篝火かがりびいた。その篝火に使ったのは『明照レラーミィ』の魔法を練り込んだ松明たいまつだった。普通の薪に火を着けて照らすより明るく広範囲を照らす事が出来る。

 さらにその松明を城壁の外、三十メートルくらいの所に投げ少しでも遠くを照らしいち早く魔物の接近を察知出来るようにした。この松明は火を燃やして照らすと同時に魔法の明かりを帯びた物だ。地面に横倒しになった程度では火が消える事はない。


 同時に魔物に包囲されている事で外から物資を補給出来ない事を懸念した僕は、大人でなくても出来る事から雑草をむしって集めておいてもらった。いざとなれば燃やす物も貴重だ。だから薪のようにはいかなくてもこの雑草を抜いて広げ、天日に当てておけばすぐに乾燥する。それをある程度の束にしておけば何かに使えるかも知れない。


 とりあえず『聖照レラーミィ』の魔法をかけておこうかな。これなら藁のように火を着けてすぐに燃え尽きてしまうような物でも、魔法の明かりとして周囲を照らしている間は意味があるんだし…。ん、待てよ?すぐに燃え尽きるにしても燃えるのは燃える訳か…。


「よし、ちょっと試してみよう!」


 出来る事はやっておく。それがどんな小さな事でも。僕はそれがいくさの役に立つと信じて…、ああや役に立たせるにはどうしたら良いかを考えながら新たな『遺失魔法ロストマジック』を雑草の束に次々とかけていった。その魔法は魔法力の消費が大きく、祠のお爺さんに何度も


「光あれ!」


と、魔法力を回復してもらうほどだった。


 そして不安を感じながらも疲れていた僕は眠りについた。サマルムーンさんをはじめとして巫女さん達も一緒だった。空には星、屋外で寝るのは初めての事だ、すぐにでもここが戦場になるかも知れない、頭では分かってはいたけど実感としてはまだ感じていない。ただそれが迫っている事、それだけはおぼろげながらに感じていた。


……………。


………。


…。


 何事もなく夜が明けた。あまりにも静か過ぎる、魔物一匹攻めて来ない。僕にはかえってそれが不気味だった。


 三国志の中で『心を攻めるを上策、兵を攻めるを下策』という言葉が出てくるけどそれを狙っていて実行しているのなら間違い無い、相手は策士だ。


「敵が動き出した!!」


 その声に弾かれるように僕は城壁から北の森の方を見ると、魔物達が森から出てくるところであった。大小様々、獣のような物もいれば見た事がないような形のものもいる。

 それがゆっくりと這い出すように草原にあふれてくる。それが相対あいたいするこの北の城壁に繰り出してくるかと思えば北の森の両端、つまり西側東側からも現れそれはそれぞれ西と東へと伸びていく。


 まだここからでは飛び道具の有効な射程距離内にはいない。どうやら魔物の方でもその辺りを心得ていて無理に近づいてくるよりも、僕らにその数を見せつけ圧力をかけながら布陣をしようとしているようだ。


 そうこうしているうちに三日月のような形で城の西から北を中心に東側までぐるりと包囲をされた。


 じりっ…、じりっ…。


 そこからゆっくりと包囲の輪を詰めてくる。そしてもう少し近づけば飛び道具の射程距離…となったところでその動きをやめた。


「あれは…、ヤバそう…」


 僕は思わず呟いていた。僕の視線の先にはマンションの四、五階の身長がある巨大な岩石の巨兵がああた。


岩石巨兵ロックゴーレム』だ!」


 兵士の誰かが声を上げた。


「あ、あれが出てくるなんて…。ま、まずい!まずいぞ!」

が拳を一振ひとふるいしたらどんな錠門だって一撃で粉々だ…」

「さすがの爆発石でも届くまで近付かれたら…。それに十個や二十個ぶつけても倒せるとは…」


 兵士達が浮き足立っている。これはまずい!だが倒せれば…。


「サントウヘイさんッ!あの大きな石の準備をッ!」


 僕は城壁に準備していたスーパーで売っている10キロサイズのお米のパックくらいある石を指差した。


 それをサントウヘイさん達、兵士の人達が数人がかりで持ち上げ城壁の上に準備された発石来るまで《はっせきしゃ》のアーム部分に乗せた。


「セットしたでアリマス!し、しかし、コレを飛ばしたところで岩石巨兵はその拳で打ち砕いてしまうでアリマス…」


 悔しそうにサントウヘイさんが呟く。


「大丈夫です!それに…、?」


 僕はあえてフラグを立てにいく。なんとなく言ってみたかったのだ。


「た、倒せるんでアリマスかッ!?」


 サントウヘイさんが食い気味に詰め寄ってきた。それと同時に城外から大きな声が響いた。


「城内の者どもに告ぐッ!降伏すれば良し、さもなくば皆殺しにするぞ!」


 外を見ると北門の先、魔物の軍団の中心に声の主は立っていた。見るからに魔法使い風のローブを着てこちらに向けて言葉を続ける。


『獣人達を退しりぞけ良い気になっているところだろうが、あやつらはからかい半分でお前達に挨拶に行ったに過ぎぬ!だが、この『岩石巨兵ロックゴーレム』がどうにかなるとは思わぬ事だ!一撫ひとなでで城門か城壁か….ただの瓦礫がれきに変えてくれる!十を数える間だけ待ってやる!降伏か、死か、足りない頭で考えるが良い!」


 ナメた事を言ってくれる…。それなら…!


「サントウヘイさんッ!すぐ人を集めて下さいッ!元気な男の人なら誰でも良い、早くっ!」


「わ、分かったでアリマスっ!」


 後悔…、させてあげますよ…。僕に十数えるだけの時間を与えた事を…。その時間が命取りさ!


「はあああああぁぁ〜!」


 僕は集中し魔法の準備に入った。初めて使う、それも大きな魔法だ。慎重に魔法力を高めていく、かなりの魔法力がこの魔法に必要である事を実感する。だが、出来ない事はなさそうだ!このままいく!


じゅう〜………」


 同時に敵の秒読みも始まったようだった。

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