#14 『剣』の苦悩 〜気取っても殺す為の物〜


 トームラダにおいて魔法の勇者シュウこと佐久間修が町の各地区を回り怪我人の治療にいそしみ、熊獣人達の襲撃を一人の犠牲者どころか味方の誰一人としてかすり傷さえ負う事無く退けていた頃…。


 剣の勇者として魔王の討伐の為にトームラダを後にしたブルーノこと青野蒼一あおのそういちは早くも湖上に浮かぶ町『ダールリムル』に到着していた。


 魔王が待ち受ける奪われた精霊の祭壇、そこに最も近い町がここがダールリムルである。町を三日月のように囲む湖、これが天然の堀の役目を果たしている。それが魔王の本拠地から近いこの町を魔物から守っていた。

 外部から町へは東側からしか経路はない。しかしその経路は狭い。幅にして2メートル少々。さすがにこれでは俊敏な熊獣人と言えどもここを馬鹿正直に進んでいっては飛び道具の的になりにいくようなものだ。それゆえこの町は魔物の襲撃を退けてきたのである。


 そのダールリムルの中をブルーノは歩いていた。目的地は職人達が多くいる一角である。


「こりゃあ…。修復なおしようがないよ、お兄さん。ずいぶんとモノは良いが、使い過ぎだよ。いったい何をどれだけ切ったんだい?申し訳無いが、こりゃ寿命ガタが来ちまってるよ…」


 ブルーノは連戦に次ぐ連戦でいたんだ装備の修理を目論もくろんでいた。しかし、睡眠以外の時間はほとんど進撃か戦闘に費やしていた彼は激しい戦いの連続であった。りすぐりの名剣とは言えそれではたない。いつ壊れてもおかしくない、そう職人は言った。


「困った…。これからさらに激しい戦いになるだろうに…」


 ブルーノは思わず呟く。それを聞いて職人の親父が口を開いた。


「お兄さん、見たトコこの剣以外は短剣くらいしか持ってないみたいだがそれだけじゃ危ないよ」


「どういう事?」


「ああ、つまり相手によって武器を使い分けたりはしないのかいって事さ。スライムみたいなのならどっちでも良いが、岩石のかたまりみたいな奴を相手にするなら剣じゃが悪い。戦槌槌鉾《メイスみたいな殴り武器の出番だぜ」


「殴り武器…、鈍器という事ね」


 ブルーノはなるほどと頷く。確かに石が固まって出来た巨人のようなものと戦った事があったが、剣では効率良く戦う事は出来なかった。確かにああいう手合いと戦うのなら剣による斬撃より鈍器による打撃の方が効率が良さそうだ。


「だけど…」


 ブルーノは躊躇する。打撃が有効ね場面は確かにありそうだが、だからと言ってすぐに予備の武器を持つ事を決断出来ない。鈍器も持っていくとなればそれだけ荷物が増える。

 何しろ明日には魔王の根城に向けて出発するのだ。余計な荷物を持っていく余裕はない、持てばそれだけ嵩張かさばり重くなるのだ。


「荷物が増える事を心配しているのかい?」


 ブルーノが悩んでいるのを見て職人が声をかけた。


「ええ、まあ…」


「なら、これはどうだい?」


 職人は何やら重そうな古い布に包まれた物を取り出し、カウンターの上に注意深く置いた。ごとり…、重そうな音を立て置かれた布の包みを職人が紐解ひもといていく。


「……。これは…」


 思わず息を飲んだブルーノがやっとの事で声を絞り出した。


 それはあまりにいびつで無骨で醜く不気味、そして禍々まがまがしい物であった。金属や何かの骨や爪、鱗のような物も埋め込まれているというか混じりあっているというかなんとも形容しがたい異様なもの…。

 かろうじて握り手の部分であるつか護拳ごけんの役目もあるつばがある事からなんとか剣のように見える。


 しかしその刀身に当たる部分も常識からはあまりにもかけ離れている。刀身の先の方、片側に斧のような物が枝分かれしてくっついている。しかし刃渡りに当たる部分を見るとあまり鋭くはなっていない。斧であり鈍器…、そんな印象さえ受ける。


「お兄さん…、コイツはね…。生きているんだよ…」



 翌日、ブルーノはダールリムルの町を後にした。城で支給された剣を手放し、見るからに怪しげな剣のような物をあらたな武器として選んだ。


「お兄さんね、俺はこう思うんだ。所詮、武器ってのは相手の命を奪う為のものだ。やり方はどうだって良い、切ろうが殴ろうが射殺そうがな。だが、騎士なんかこう言うだろ?『この剣は我が誇りと国の為に…』ってな。だがやってる事はどうだ?殺すと言う点については野盗も騎士も同じだろう?」


 ブルーノの脳裏に昨日の職人の親父の言った事を思い出していた。


「この剣はね、飾り気も優美さも一切無い。むしろ不快感が先に立つモンだ。だけどねえ、見てくれよ?この斧鎚ふついの部分のゴツさ…、ここで岩の塊みたいな奴でも叩き割っちまう。刀身の方も鋭さは二の次だが…なァに剣ってなあ元々叩き切るモンだ!力と勢いに任せて断ち切るのが本分だ!その点コイツは信用して良いぜ!どんな魔物でも叩き割り、断ち切る!戦場でしか役に立たねえあらゆる物を破壊こわしちまう、殺戮さつりくの為の得物えものだぜ!」


「そうね…」


 ブルーノはこの武器を譲り受ける時、そう一言もらしたという。トームラダを後にしてたくさんの魔物をほふった。たくさんの人々が殺されたりさらわれたりしたと聞いて魔王討伐を引き受けた。魔法の勇者シュウに別れの挨拶をする際に見かけた負傷した父親に泣きながらすがりついていた可愛らしい少年を見てさらに決意を固くした。


「これが何で出来てるかって?そりゃいくさに役に立ちそうな丈夫な物ならなんでもさ!上物の鉱石に魔物の骨や爪に鱗古、それを《いにしえ》の神官が自分の肉体と魔力まで練り込んで一つになっちまった。裏返してみな?頭蓋骨の一部が浮き出てるのが分かるだろう?その神官のものだって噂だぜ。呪いもたたりも関係ねえ、ただ単に強く丈夫になる為ならなんでも使ったのさ!」


 職人の親父の言葉が再び思い出される。禁忌タブー、どう考えても禁忌タブーを犯している邪悪の塊のような武器にブルーノは惹きつけられる。


 正義?人々の為?そんなものは耳触みみざわりが良いだけ方便に過ぎない。

 後の世に語り継がれる魔王討伐という英雄譚の為に、たくさんの魔物の命を奪った事への耳触り《みみざわ》りの良い方便。


 ブルーノ…いや、青野蒼一は日本にいた頃に肉や魚を当然のように食べていた。だが、それは直接手を下していないだけでその命を胃袋の中に放り込んできた事ではなかろうか?

 しかし直接手を下した訳ではなかったのでそれについて罪悪感を感じた事は無かった。


 しかし今、実際に戦い自らが直接命を奪うとなると話は変わってくる。そこには名誉も賞賛を受けるには程遠い凄惨せいさんな殺し合いだけがあった。

 命を奪った魔物の断末魔の声、実際に伝わってくる肉に剣を沈み込ませる沈感触…。華麗さ優美さを追求した王家秘伝と呼ぶに相応しい名剣を使っていても、実際にしている事はあまりにも血生臭い。


「だとしたら…」


 ブルーノは命を預ける新たな剣斧を手に取った。おあつらえ向きとでも言うべきか、剣で倒すにはやたらと手間がかかった石で出来た巨人が立ち塞がる。


「やってる事は同じ、魔物も人も。賞賛も非難も。だったら今は単純に、!」


 ブルーノは石の魔物に向き合った。


……………。


………。


…。


 十分もしないうちにブルーノは魔王の本拠地に向かって再び歩き始めた。後に残っていたのはバラバラになった石の巨人だったもの。


 これが人であればあまりにむごたらしい、損壊の限りを尽くされた残骸。


「破壊…。そう、やろうとしている事は綺麗事なんかじゃない。野蛮でも、惨たらしくても…、相手の命を奪うまで徹底的に破壊する…、それが…戦い」


 最短距離を進むブルーノの旅路、それは今までも、そしてこれからも。それがいかなる終焉を迎えるのか…、まだ誰も知らない。

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