#13 篭城 〜攻城側〜


 トームラダに攻め寄せた熊獣人達があっと言う間に全滅する二十分ほど前の事。


 ここはトームラダの北、平野を越えた先にある森の中である。


 魔物は太陽の光を苦手とする者も少なくない。それゆえ先陣の魔物達は昼なおくらい森に布陣し、後からやって来る軍勢を待ちながら休憩をとっているところだった。


「いつまでこうしてるンだよォ!ノロマどもが来るまでオレ達は待ちぼうけってかァァッ!」


 熊の獣人達が不機嫌そうに叫んでいる。


「もう少し待て、リカルド!いくさは数だ、後続が着けば好きなだけ暴れさせてやる!」


 魔術師風の服を着た者が熊獣人を押しとどめる。しかしその顔は目深にかぶったフードによりよくわからない。


「ああん、待てだあ?エサ目の前にして黙ってる獣なんて生きてけねえンだよ!だったらよォ、陥落としちまえば良いンだろ!オレ達がよォ!」


 リカルドと呼ばれた獣人はいきり立った様子で応じた。


「オレ達はよォ、ノロマ待ってやれる程にゃ大人しくねえンだ!だから勝手にやらせてもらうぜ、まっすぐ行って城門ブチ抜いてやるぜ!それからオメーらがあんまりおせーようなら城内ナカも皆殺しにしちまうぞ!でも…良いンだよなあ?」


「リカルド、お前…何を考えている?」


「マツナガンよォ…、別に全滅かたづけてしまって構わねえンだろう?」


 そう言ってリカルドはぴょんと話し合いの場から跳んで離れた。


「オレは行くぜ。コイツらも一緒さ、新鮮な肉と血に飢えてるモンでよ!まあオメーらは後からついて来れば良いや。最初ハナから期待なンざしてねえからよォ!」


 そう言ってリカルドは熊獣人の群れを連れて森を駆け出して行った。子兎を狩るがごとく、万に一つの失敗もあり得ない狩りとも言えないような虐殺が起こると誰もが思った。それは今回のトームラダ侵攻の指揮を任された魔道士マツナガンもまた同様であった。


 マツナガンは城の様子を見る。防御側は早くも戦意を喪失したか、リカルド達に矢の一本も射掛けてこない。これでは何の妨害もなく城門に攻撃を加えられるか、城壁に取り付かれて登られてしまう。

 防御側はそんな事も分からんのか?あるいはもう諦めているのか?そんな風にさえ思う。


 しかし次の瞬間、リカルド達の姿が消えた。マツナガンは目を凝らす、しかし熊獣人達の姿は見えない。そして城壁の上から何か黄色く光るものが投げつけられている。


「…穴かッ!?」


 リカルド達が一瞬にして姿を消したのは穴の中に落ちたのだ。

 陥穽かんせいかッ?兵学に通じた者が敵が通るであろう位置にしかけておく落とし穴…、しかし信じられないッ!リカルド達は獣人、人間よりはるかに鋭い感覚を持つ。それが気が付かないなどと…。さらに驚くべきは圧倒的な運動能力を持つ獣人が誰一人として穴から脱出出来ていないのだ。


 トームラダの奴らめ、いったいどれだけ深い穴を掘った?しかし、それだけ深い穴ならなおさら気付き易い筈なのに…。魔道士マツナガンがそんな事を考えていると、足元を強い振動が襲う。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ…。何だと思ってトームラダの方を見るとリカルド達が姿を消した落とし穴のあたりからもうもうと土煙が上がっている。


 だんだんとそれがおさまっていき、城門付近の様子を見てみると…千切れた腕が一つ転がっていた…。誰の物かは分からないが、その体毛から熊獣人の腕である事をマツナガンは理解した。


「あ、穴に落として…。それも熊獣人が抜け出せぬ程の深淵に…。さらに逃げられぬようにしてから五体を引き千切るような殺し方を…」


 その時、驚愕するマツナガンを他所よそに熊獣人達の死地となった大穴が魔法によって埋められていた。地面に転がっていた誰の物とも分からぬ千切れた腕も綺麗になくなっていた。


「ぐっ…!あれだけの…、あれだけの殺し方をしておいて…。魔物すら埋葬するとでも言うのかッ!」


 マツナガンは憤怒の表情を浮かべた。そして同時に恐怖した。


「何者だ…、何者がいるのだ…?あの城に…」



 その夜…。


 トームラダ北の森には魔物達が集結していた。


「すると、リカルド達が一瞬でほふられたと?」


 人語を話せる数少ない魔物が魔道士マツナガンに声をかける。マツナガンは言葉少なく、そうだとだけ応じた。


「ふむ…。確かに…。彼奴あやつらがここにいないのが何よりの証…。生きておればここにおるか、敵地で暴れておるか…どちらかであろうからな」


「先日のいくさの時とは全く違う。奴らめ、この短い間に何かあったのか?」


 マツナガンが何気なく呟いた言葉に反応する者がいた。


「何か…か。あったのかも知れんな…。リカルドさえ気付かぬ穴を掘った者…、そしてこの戦の指揮する知恵者。おそらくは魔法使いのたぐいだろう」


「それならば…、そやつを消してしまえば良かろう。我ら魔王軍、力押しばかりが能ではない。いくさとは何も名乗りを上げて正々堂々の騎士のような一騎打ちでなくとも構わぬ。時に謀略はかりごとを巡らし、その将をしいして有利に戦を運ぶのもまた戦略よ。どうやら…出番のようだな」


 そう言って音もなく一人その場を離れて行く。


「ふ、ふ、ふ。闇殿やみどの、嬉しそうじゃのう…」


 それもその筈。闇の騎士と呼ばれるその男は放っておけば二年でも三年でも口を開く事はない。その彼があれだけ饒舌に敵の事を語った、自らの手で殺したいと強く思ったのだろう。


 ならば…と、マツナガンは考える。全軍で攻撃すれば弱い所から綻びが出る。そこからなだれ込めば良い。仮に崩れなければもっとも手強い場所を間断なく攻めるのだ。そうすればその最中さなかを闇が駆ける。


「全軍に伝えよ。明日総攻撃をかける!じりじりと城を包囲した後、一気に攻めかかれと。明日は曇りである、太陽は出ぬ。存分に暴れよとな!」


 魔道士マツナガンは結集した五万を超える魔物の群れを用いてトームラダを踏みつぶすつもりでいた。


 いくさとは数、緒戦ちょせんこそ敗れたがこれだけの数を集めた手腕…。ただの魔道士では終わらぬとマツナガンは野望をふくらませていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る