#10 上級国民マヨーケ、命の値段。(ざまあ回)


「何を言っておる、歩けるなどと…」


「言ってあっただろう。地区ごとの訪問治療を受けられるのは身動き取れない重傷者か介助や付き添いを得られない身寄りのない人だけだと」


 僕は不満そうな顔をするマヨーケと向かいあった。


 このマヨーケ、呪いを解く事を生業なりわいとする一族の者。そして元王城破邪師である事を何かにつけて口にする。今はその王城での職務を息子にでも後を譲り、自分は楽隠居…みたいな感じなんだろう。


 しかしこのマヨーケには身寄りはいるし、金回りもなかなかに良さそうだ。また、養護院でお年寄り達と昼食を囲んでいる際にはこのマヨーケの事も話題が出た。

 評判はやはりと言うか…、想像通り悪い。


「あのマヨーケはね、欲の皮が突っ張っているんだよ」

「そうそう!呪いを解けるのがいくらあの一族しかいないからってねえ」

「どんな貧しい相手だろうと二百ゴールド、払わなければ呪いは解かない…ってね」

「だから借金してでも二百ゴールド用意しろの一点張りさ」


 西地区に来て一軒目の治療がこのマヨーケだった訳だが、家の内外の様子を見るにかなり裕福な暮らしをしているように見受けられる。そんな金があるのなら金を出して付き添いを雇う事も出来ただろう。また、王城破邪師の職を譲った訳だから跡取りもいる…つまり身寄りがいない訳でもない。


 つまりコイツは来ようと思えば神殿に来れたのだ。怪我自体も命に関わるようなものでは全くない、まあ軽傷にしては治すのに時間がかかるかな…、そのくらいのものだ。


 そんな訳でこのマヨーケは動けるし、大怪我でもないのに人を呼びつけて治療させ礼の一つどころか文句ばかり言っている嫌な奴…僕にとってはそういう奴だった。


「ええい!そんな事はどうでも…ぐうっ!ワシの身体の解毒を早くせぬかっ!」


 唾を飛ばしながらマヨーケはまくし立てる。


「どうして?」


「どっ、どうしてとはなんじゃっ!?」


「正確に言おうか?どうしそんな事しなきゃいけないの?」


「こ、このワシが毒でっ…ぐうううっ!く、苦しんでおるのじゃぞっ!元王城破邪師のこのワシがぁっ!!」


「だから…、何?」


「な、なんじゃとっ!」


「僕にとっては誰であっても一人の人だよ。好き嫌いはあるけどね。その基準で言えば、アンタは嫌いだよ」


「ぐうううっ!だ、だが、ワシは毒に苦しむトームラダの民の一人じゃぞっ!治療せんのかあっ!」


「やれやれ…」


 僕は大きなため息をついた。



 養護院の前での騒ぎに中からお年寄り達や、近くにいた人達が集まり始めた。遠巻きにこの成り行きを見ている。


「さあ、分かったらさっさとやるが良い!治療じゃ!…いや、ただ治療するだけでは済まされんっ!地面に頭をこすりつけ謝罪した上で『どうか治療させて下さい』と懇願こんがんした上でなあっ!」


 間違いなくマヨーケは調子に乗っている。ニヤァと嫌な笑みを浮かべ得意そうにしている。


「さあっ!どうしたのじゃ!早くするが良いっ!」


「とっくにさ、治療は終わってるだろ。マヨーケ」


「なにっ!?」


「傷はふさがっているだろ?だから治療は終わっている」


「ば、馬鹿な事を言うな!現にこうして毒が回って…」


「じゃあ聞くけど、今の世に伝わる魔法十種類…。その中に解毒の魔法はあるかい?」


「い、いや…。ワシは解呪ナクシャの魔法は使えるが、他は詳しくなくてな…」


 なるほど、結論から言えば知らないって事ね。


「サマルムーンさん、十種類の魔法の中に解毒の魔法はありますか?」


「いいえ、ありません」


「…って事だそうだ。つまりもうこれは最高の回復たる『重傷治癒ぺホミイ』による治療の範疇はんちゅうを超えた事態という事だ。アンタが高い金取って治す呪いみたいな…ね。さて、困ったねえ…。治療はもう手を尽くしたからこれより手の施しようがない。マヨーケ、アンタも残念だったね、地面に頭を擦りつけるように謝罪させた上で治療させたかったのに…」


「ぐ、ぐぐっ…」


「でも、一つだけ分かってる事があるよ」


「そ、それは…」


「マヨーケ、このまま身体中に毒が回りきったら…」


「ま、回りきったら…(ゴクリ)」


 僕は少し間をタメて言ってやった。


「アンタ、死ぬわよ」


 小さな頃に見た事がある強烈な印象が残っているオバさんのマネをしてみた。



「し、死ぬ…だと?」


「ああ、身体中に回ったらね」


「か、簡単に言うな!こ、このワシがッ、元王城破邪師のマヨーケが死ぬと言うのかっ!」


「そうだね


「ふざけるなっ!このワシがっ、上級国民マヨーケ様だぞっ!それが…、それが死ぬと言うのかっ!若造がっ!」


「死ぬよ、間違いなく。アンタ、胸元にあった子供の指先ほどの大きさの紫に変色した部分…、今はどこまで広がった?その紫色が身体中に広がった時…、僕の言葉が本当か嘘か分かるよ」


「なっ!?」


 マヨーケがローブの胸元をおさえた、その拍子に首元が紫色に変色しているのが見えた。


「上は首元まで色が変わってるね…、下も同じくらいの広がりなら…あと二日もあれば全身に毒が回るかな…。いや、早ければ明日の夜にも…」


「ヒ、ヒイッ!な、なんとかなるんだろ!?噂じゃお前は毒や麻痺を治せるんだろ!そ、それにワシがいなくなったら町のヤツらの呪いを解いてやれなくなるぞ!町のヤツらが困るぞ!」


 そんな時、養護院に駆けこんでくる集団が…。


「た、大変だ!メルが呪毒にッ!城壁内に紛れ込んでいた蝙蝠悪魔こうもりあくまに噛まれたっ!」


 そう言って小さな女の子を養護院へ担ぎ込もうとする。見れば女の子には黒いもやのようなものが取り憑いていた。


「おおっ!メルちゃんっ!可哀想にっ!」


 お年寄り達が悲しそうな声を上げる。どうやら養護院の子のようだ。それを見てマヨーケが再びニヤリと笑う。


「フ、フハハハハッ!!やはりワシを手当てする運命のようだのうっ!ワシでなければ呪いを解く者がおらん!さあ、早くワシを解毒するのじゃ!そしたらこの薄汚いガキでも解呪の秘術を尽くしてやろうではないか!これで分かったろう、ワシがこやつら何十人分もの価値がある事を!」


「あー、言いたい事はそれだけ?」


「なんじゃと?」


「もう、物忘れしちゃった?僕は『解呪ナクシャ』の『遺失魔法ロストマジック』を使える事を」


「ま、まさか…、嘘では…」


「その女の子をこちらへ…」


「よ、よせ!やめろ、やめるんだーッ!」


「解呪されて困る事でも何かあるのか?」


「そ、それをされたらワシの稼ぎが…。一人二百ゴールドが…」


「ふーん。ま、僕には関係ないや。『解呪ナクシャ』!」


 全てを洗い流すような清らかな光が女の子を包むと、体に取り憑いていた黒いもやは綺麗さっぱりなくなっていた。


「ワ、ワシの二百ゴールドが…」


 ガックリと膝を地面につくマヨーケ。


「て、言うかそんな心配してて良いの?」


「これ以上、何を言う気じゃ…」


「アンタの体から毒を消せるのも、『解呪』と一緒で『解毒リーキア』っていう『遺失魔法』しか方法が無いんだけど?」



 僕とマヨーケのやりとりは町の人々の知るところとなり、次第に野次馬が増えていった。さんざん自分を上級国民だと持ち上げ、町の人々を見下していたマヨーケにお灸を据えるには良い機会だと思った。


「そう言えばさっき、自分は町の人々の何十人分も価値がある人間だといっていましたね。じゃあ、五十人分の価値としましょう」


「な、何を言っておる…?」


「分からない?アンタの価値、つまり命の値段だ。アンタは呪いを解く時、二百ゴールドを取るんだったな、だから五十人分…一万ゴールドで解毒してあげるよ。そのお金は養護院への寄付や、薬の材料を買う為に使わせてもらうよ」


「た、高過ぎる!」


「町の人々もそう思っていたろうな、借金してまで呪いを解きに来た人も多かったのに」


「し、知らん!ワシは知らんっ!」


「まあ良いや、決めてよ。払う、払わない?一万ゴールド。それがアンタの命の値段」


「ぐ、ぐっ!取りに行ってこい、急げ!足りなければ家財を売れ!」


 そのように付き添っていた家人に指示を出した。しばらくすると一人が金貨の詰まった袋を数人で体にくくりつけるようにして、さらに数人が合流した。


「一万ゴールドじゃ!確認するが良いッ!」


 養護院の世話になっていたお年寄りの中には商人だった人が数人いて手際良く数えてくれた。


「間違いないぞい!」


「そうですか、ありがとうございます」


 その金貨の山から数枚の金貨を抜き出し、数えてくれたお爺さんに手渡した。


「良いのかっ!?」


「はい。それに怪我をしていた間は何かと鬱憤うっぷんがたまったでしょう。せっかく怪我が治ったんです、皆さんで夜にでも飲みに行かれては…」


「カァ〜ッ!勇者様は聖人のようでありながら、ワシらみたいな下々の者にも通じていて下さる英雄様だぜぇ〜」

「アンタ達は酒が飲めるとなるとすぐそれだ!ちったあ遠慮をだねえ…」


 はしゃぐお爺さん達、たしなめるお婆さん達。


「よし、じゃあこちらも…。『解毒リーキア』!!」


 約束とおりマヨーケに魔法をかける。するとアゴのあたりまで紫に変色していたのがたちどころに健康的な皮膚の色に戻る。


「確かめてみてよ。すっかり毒は抜けているだろう」


 僕はマヨーケに声をかけた。


「してやられたわ…。こんな若造…、いや子供か…。ワシが金貨に家財を…。家財はまぁ…、致し方ないか、急に売ると言えば買い叩くだろうからな…。だが、これで終わりだと思うなよ!明日より呪いを解くのは三百…いや五百ゴールドだ!」


 くっくっくっと笑いながらマヨーケが続ける。


「可哀想にのう。この目立ちたがり屋のせいで解呪の秘術が値上がりするんじゃからのう。じゃが、ワシも失った一万ゴールドを取りもどさなければならんでのう…」


「あー、良い気分になるのそのくらいで良い?えーと、皆さん。解呪ですが先程見た通り僕は呪いが解けますから、呪われたら神殿に来て下さい。あと、もし僕が不在でも、他の人が解呪できるようにしとくんで安心して下さいね」


「で、でも…、マヨーケがあれだけ高価な金をとってたんだ…。相当な額のお布施がいるんじゃ…」


 町の皆さんが不安そうだ。


「安心して下さい。神殿でのお布施はそんなに高価なものではありません。巫女さん達が日々のかてにする麦や野菜などを頂くのが一般的です」


「そっ、それなら俺達にも払えるじゃないか…」

「だったらこのクソ野郎なんかに用はねえぜ!」

「そうだそうだ!コイツにはもう何の価値も無いぜ!」


 そう言ってマヨーケに唾を吐く人もいた。


「そうだ、爺さん達よぉ。俺達も飲んで良いか?」


 町の人がお爺さん達に声をかけている。


「なんじゃ、おぬしら?さてはワシらにたかる気か?」


「そんなんじゃねえよ。この勇者サマのおかげでマヨーケの野郎にギャフンと言わせためでてえ日だ。これが飲まずにいられるかってんだ!」


「おお!それなら勇者様もどうじゃ?神殿で宴会じゃあ!」


「ああ、駄目ですよ!神殿でお酒は御法度ごはっとですし、僕は飲めませんし…」


 だって僕は十五歳ですから。


「ならよう、みんなで神殿がある東地区にくり出そうぜ!神殿近くの町中なら問題は無いだろ?」


「でもあのあたりにそんな大人数が入れる酒場とかはありませんよ?」


 巫女さんの一人がそんな風に返答こたえている。えっ?宴会する事を前提に話してませんか?


「それなら近くで酒や食い物を買い込んで、各々おのおのが集まれば良いのではないかのう?」


「それだ!んで集まりゃ良いんだよな、やるなあ爺さん。伊達に長く生きてねーな!」


「年寄り扱いするでないわ!」


 なんだか凄く盛り上がっている。


「まあ、そんな訳でよ勇者サマ。ちっと顔出してくれや。町の衆もみんなが感謝してんだぜ?怪我治してくれてよ、それも金を取る訳じゃねえ。だからみんなが大助かりさ!」


「ど、どうしましょう。サマルムーンさん」


 僕の問いかけにサマルムーンさんは少し考えた後、


「良いのではないでしょうか。シュウ様はずっと働き詰めですし…たまには羽を伸ばされるのも…」


「わ、分かりました。では皆さん、僕も神殿に一度帰った後、外に顔を出しますので…」


 僕がそう返事すると人々がどっと沸いた。


「よーし!今日はもう仕事なんか良いや。酒瓶持って東地区だ!」

「ぐふふ、酒じゃ酒じゃ!」

「さあ行こうぜ!勇者サマよ!いざ、東地区!英雄の行進だ!」


 そう言って町衆の皆さんが僕やサマルムーンさんをはじめとした巫女さん達に東神殿に向かおうと促してくる。


 それはいつしか西地区だけにおさまらず、他の地区の人々も加わり大きなうねりになって東地区に向かう。


……………。


………。


…。


 襲撃により怪我人があふれ、暗い雰囲気にのまれていた町の中。しかし、その怪我を一瞬にして治す魔法にけた勇者の出現。


 その勇者は最初は城内や神殿でその力を振るい、最近は神殿に出向く事ができない民の為に城下の各地区に出向いていた。しかも、傷を癒すだけではなく、毒や麻痺に加えて呪いの解除までやってのけた。


 特に呪いの解除については元王城破邪師マヨーケが高い金を受け取って解除していたが、勇者シュウはそんな金を受け取らずとも苦しむ民を救うのでその人気は絶大であった。


 トームラダに勇者シュウあり。この認識は言葉以上にトームラダの民の心の拠り所となったのである。

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