#8 僕は聖人でも何でもないので…(ざまあ回)
「今日は急ぎの怪我人を除けば、トームラダ西地区の住民の治療をお願いします」
「分かりました」
魔物の軍団による襲撃により怪我を負った人はたくさんいた。しかしこれを単純に早い者勝ちで治療していくと
その為、僕達は急を要する人を除いて一日ごとに地区を決め治療するシステムにした。まずは朝から神殿の前で並んでもらい、五人ずつ治療していく。
それがひと段落すると実際にその地域に向かう。怪我人の中には高齢で身寄りも無く、神殿までやってくる手段が無い人もいるからだ。それで僕達は神殿にやって来た人達の治療が終わると、今度はその地域に治療に向かう。いわゆる魔法で行う訪問診療のようなモノだ。
そのシステムにして一週間ほどが経過した。トームラダの城下町も治療がだいぶ行き渡り、怪我に苦しむ人の数がかなり減った。
そうした中で一部が崩れた城壁など魔物による襲撃を形に残すものはあるが、それもだんだんと消えていく。次なる魔物の襲来があるかも知れない、それゆえ壊れた城郭施設の修復が始まっていた。
怪我から回復した人々が一番魔物の恐ろしさを身をもって知っている。それゆえ町は動き出したのだ、次なる魔物の襲来に備えて…。
……………。
………。
…。
「お爺さん、お待たせしたね。『
そう言って僕は自宅で治療を待っていた高齢の男性に魔法をかけるとたちまち傷がふさがっていく。全快と言えるだろう。
傷自体は深手ではないが、高齢という事もあり日常生活にも支障が出ているようだ。早めに治療が出来て良かった。
「何がお爺さんじゃ!年寄り扱いするでないわ!」
怪我が治ったお爺さんは不機嫌になっていた、お爺さんと呼ばれたのが気に入らなかったらしい。
「この元王城破邪師マヨーケを
そう言ってお爺さんは胸を張る。
「いかなる呪いも…?もしかして『
ぴくり…。僕の口にした国民的RPGに登場する呪いを解く魔法の名にお爺さんがあからさまな反応を見せる。
「な、なぜそれを知っておる!?その昔この国が魔物による侵略を受けた時、それを退けて下さった勇者様一行…、その中におわした大魔導士様より受け継ぎし秘術を…」
「お忘れですか、マヨーケ殿…。この方は勇者様ですよ…」
「あっ、
「いいえ…私は神殿の巫女、サマルムーン。精霊に…、そしてこの国に身を捧げし一人の巫女にすぎませぬ」
何かを言いかけたマヨーケと呼ばれた老人だが、サマルムーンさんが何も言うなとばかりに首を振り自分は巫女だと重ねて告げた。
「…ッ!!…ははっ。
「なるほど、僕は国が担ぎ上げた勇者の名乗る偽勇者…と思われていたって事ですね」
「ッ!?キッ、キサマッ!何と言う事をッ!」
「あなたが言外に言っていた事ですよ、お爺さん。もっとも勇者として本物か偽物かなんて僕には分かりませんし、勇者の名を出したのは僕ではありません」
「こっ、このッ!言うに事欠いて国を
そう言うと老人は胸をかきむしり苦しみ始めた。興奮して血圧でも急上昇したか…、そう思っているとかきむしっていた為にローブの胸元がはだけ少しばかり素肌がのぞく。
そこには小さく紫色に変色した部分があった。毒に冒されていた部分だろう、あれぐらいなら安静にしていれば数日で体の抵抗力や自然治癒力で治ってしまうだろう。しかし今回はこの老人の怒りっぽい性格が災いした。
怒った事で老人は血が頭に上った、それは頭だけでなく血は身体中を縦横無尽に駆け巡る。それは老人の顔も胸元も上気したように赤みがさしている事でも一目瞭然。つまりほんのわずかに毒素が体内に巣食っていて、それが興奮した事により血が身体中を駆け巡り毒素が一気に広がり始めたのだろう。
「これは…毒?それも回りが早い…」
その証拠に指先ほどの大きさだった紫色に変色した部分が今は手の平ほどの大きさに広がろうとしている。広がり出したら身体中に一気に回る、なかなか厄介なタイプの毒素なのかも知れない。
「ま、良いか。さて、次は隣の家でしたね。行きましょうか」
そう言って僕は立ち上がる。振り向く時にサマルムーンさんと目が合ったのでウィンクして見せた。
「ま、待て!う、うぐぅっ!ワ、ワシをこのままにして行くつもりかッ!」
「はい」
僕は老人に向き直り迷い無く
「ッ!?な、なんじゃとお!」
「僕には治療を待つ次の怪我人が待っています。ここでずっと油を売っている訳にはいきません。それに僕は偽勇者なんでしょう?噂では勇者様は怪我を治療するだけでなく毒に冒された人や、麻痺して体が動かなくなった人をも癒しているそうですよ」
「な、ならばワシを…。うっ、うぐうう、ワシを治療してから行けっ」
「お断りだね」
僕はキッパリと言った。
「さんざん人を薄汚い治療士とか好き勝手言ってくれてさ、その謝罪も無いような人を治療だけはしろって?お断りだよ。僕は聖人でも何でもない、苦しむ人を助けたいとは思うけど悪人や嫌な奴と思う相手を救ってやるほど慈愛に満ちてはいないので…」
そう言ってやると老人は悔しそうな顔をしたが、油汗を浮かべながらもすぐにニヤァ…といやらしい笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ…。な、ならば町民共が呪いにかかった時は…うぐっ、どうするのだ!?この元王城破邪師のワシがおらねば解呪はできぬぞ!町民共は苦しむじゃろうなあ…?さあ、分かったら早く…」
「あー、さっき言いましたよね?僕…『
「ビ、ビブ…何じゃと…?う、うぐううう…」
ああ、その反応から見るに見た事も聞いた事も無いって感じかな。
「僕は『
「う、嘘だッ!そ、そんな事が出来る訳が無いッ…、うぐうっ!」
「嘘じゃないよ。これに関してはサマルムーンさんも見てるし、なんなら神殿の巫女さん達も見ているし…」
そう言って僕竈門サマルムーンさんを見ると、彼女は僕の言葉を証明するように頷いで見せた。その様子を見て本当の事だと理解したのだろう、マヨーケ老人は焦り出す。
「ま、まさか…そんな。う、うぐぐ…」
「驚くか、
「そ、そんな
「さあ?こちらは神殿なんでお金は取りません。せいぜい神殿で働く人達の生命をつなぐ
僕がそう言うとマヨーケはがっくりと
「バ、バカな…。そ、それでは儲からんではないか…。どんなに貧しい町民であろうと…す、少なくとも二百ゴールドは取らねば…」
信じられないとばかりにマヨーケが呟く。
「ええ、そうでしょうね。だって神殿ですよ、精霊に仕えるのです。だから巫女さんは常に
少しイヤミを込めて言ってやる。
「しかし、まあお金が無いと何も買えないのは誰もが同じ…。そこで神殿では裕福な方からはご寄付を受け付けておりますよ」
「き、寄付だと?」
あっ、この反応。この爺さん、こりゃあ人生において一度も寄付なんかした事無いな…。
「ええ。実は神殿では炊き出しなんかもしていましてね、その為のお金がいるのですが…なにしろ清貧を旨としているでしょう、その為のお金が全く無いもので…。そこで富める人からはご寄付いただいているんです。…ああ、まあ無理にとは言いませんよ、あくまで善意のご寄付ですから」
「そ、そんな金が出せる訳が…うっ、うぐううう…」
あ、また興奮しかかって少し毒が回ったな…。
「ま、ゆっくり考えてみて下さい。西地区の怪我人を治療し終わった後に時間が余ったらまた来ますんで」
そう言って僕はマヨーケの家を後にした。
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