#7 勇者の旅立ち。それは二人を分かつ時。


「これは…。『遺失魔法ロストマジック』…」


 驚愕した様子でサマルムーンさんが呟く。


「えっ!?『遺失魔法』…?」


 僕は耳慣れない言葉に興味を引かれた。しかし今はそれどころではない。生きるか死ぬか…そう言った怪我人はこの人だけだそうだが、怪我をしている人はまだまだ数多くいるらしい。


「奥へ運んで下さい。そして、目を覚ましたら炊き出しをしたものをゆっくり少しずつ食べさせて下さい」


 驚いてはいたものの今何をするべきかを判断したのだろう。サマルムーンさんがこの場の誰より早く動き出す。担架代わりの戸板に怪我人を運んできた人々に治療を終えたこのザックと呼んでいた男性を運ぶように言う。


 そうだ、僕が今やるべき事は怪我した人々の治療をする事だ。『遺失魔法』というのは気になるが、それを聞くのは後で良い。


「では…、私はこのへんで出発するよ」


「あっ、青野さ…いや、ブルーノさん」


「この場で私が役に立てる事は無さそうだ。そんな私に出来るのは…魔王を倒す事だけだ。一刻も早く家族が傷つき悲しむこの坊やのような人を出さないような世界にしなくてはならない…。だから、私はこれで失礼して出発するよ」


「ブルーノさん…。分かりました、お気をつけて!」


「うん、ではこれで…。シュウ君、もし君の怪我が治って戦う決意が出来たら…。その時は…共に…」


 そう言ってブルーノさんは荷物を担ぎ、魔王を倒す旅に出た。見るからに頼もしいその姿はきっと魔王を討ち果たしてくれるだろうと誰もが期待してやまなかった。



 ブルーノさんを見送ると入れ替わりのように次々と怪我人がやってきた。魔法を使い傷を癒していく。


 神殿内にあまり人がごった返すのは集中しにくいし、待ってる方も何かと不機嫌になっていく。それに気付いた僕は、神殿に入ってくるのは怪我人5人ずつとしてもらった。


 幸いな事に最初のザックさんだったか、毒に冒されているような人はそんなに多くはなかった。だから単純に傷をふさぐ為の『重傷治癒ペホミイ』の魔法を使っていく事で解決できた。


 しかしながらまれに変わった怪我をしている人もいて、毒が体に回っていたり痺れて動かなくなっている人もいた。RPG的に言えば状態異常バットステータスの毒と麻痺と言うやつだろう。


……… ……。


………。


…。


「ふうううぅぅ…、『麻痺解除リクキア』!!」


 僕はRPGファンならきっとどこかで聞いた事がある魔法を唱える。すると怪我の他にも体が痺れて口をきく事すら満足に出来なかった人が、再び声を発するようになる。


 サマルムーンさんの反応を見るに、どうやらこれも『遺失魔法』であるようだ。思い返してみれば、確かあの大作RPGの第一作には毒や麻痺といった状態異常の概念は無かった。確かせいぜい戦闘中に相手を眠らせる魔法があったくらいか…。


 その相手を眠りに誘う魔法は確かに存在する。ちなみにそれについても僕は習得済みだ。もっともこうして王城にいる限りは魔物とやり合うなんて事は滅多な事では起こらないだろうけど…。


「治療が終わっだけどまだ動けない方は奥で休んで下さい。そのまま自力で帰れる人はこのまま帰宅していただいて大丈夫です」


 神殿の巫女さん達が案内をしている。重傷を負っていた人であればある程、体の栄養が治癒の為に使われる。そんなに重傷でなかった人にはそのまま帰宅してもらい、そうでなければ少し休憩してもらう。しかし、割と大怪我の人もいて炊き出しをした食事をとり簡単な栄養補給をしていく人も少なくない。


「あっ、炊き出しをしていた汁物スープがなくなりそうです」


 奥の方から巫女さんの声がする。朝のうちにある程度の量は用意していたのだが、想像以上に怪我人が多い為に予定していたより早くなくなってしまいそうだ。


「炊き出しの材料はあるのかい?」


 怪我人の付き添いに来ていた中年の女性が声をかけてくる。どうやら今しがた治療した男性の奥さんのようだ。


「え、ええ。あるにはありますが、今からかまどに火を起こしてからでは時間が…」


「ならアタシに任せなよ。亭主を治療してくれた礼だ、炊き出しを手伝わせてもらうよ。これでもウチは宿屋だからね、急に沢山の泊まり客が来ても食事の時間が遅れた事は無いよ!なんたって生活に役立つ魔法を使えるからね」


 そう言うと女性はこうしちゃいられないとばかりに炊き出しのスープを配っている巫女さんの方に走っていった。なんというかパワフルである。


 そして気がつけば僕も頭が重い。魔法力が尽きるのが近いのかも知れない。今目の前にいる怪我人がちょうど五人目だ。『重傷治癒』の魔法をかけ、次の五人を神殿内に入れるのを待ってもらい祠のお爺さんの所へ。


「光あれ!」


 魔法力を回復してもらい神殿内に戻る際に先程の女性がかまどに鍋をかけていてその中では既に沸騰を始めている。これをまきでしようとしたら今頃はようやく薪にしっかり火がついたくらいだろうか。


「凄い、もう沸騰して…」


「お、なんだい?魔法の勇者様じゃないか!いやだよう、そんなに見られてたら恥ずかしいじゃないのさ!」


「あ、すいません。でも、このお湯を沸かす魔法って凄いなて思って」


「何言ってんだい、あんな凄い治癒の魔法が使えるるのに」


「いえ、でも僕はこの魔法は初めて知りました。もしよかったら使い方を教えてくれませんか?」


「そ、そりゃ良いけどさ…。こんなの庶民の魔法だよ?少しでも魔法力があれば出来ちまう…、とても勇者様にお目にかけるような代物シロモノじゃないよ?」


「そんな事ありません、ぜひ教えてくれませんか?」


「変わったお人だねえ…」


 そう言いながらも宿屋のおかみさんは煮炊きをするのに便利な『煮沸しゃふつ』の魔法を教えてくれた。消費する魔法力は小さいけれどすぐに水が沸騰する便利な魔法だった。


「凄いね、勇者様ってのは…。一度であっさりと使いこなしちまって…」


「丁寧に教えてもらえたからですよ。ありがとうございます」


「そうだ、勇者様!アタシは台所で使うようなモノしか知らないけど、ウチの亭主の前に治療したのが元鉱夫なんだけどね。ああいった鉱夫なんかが使える魔法とかあったはずだよ。ちょっと聞いておいてやろうかい?」


「それはありがたいです。是非」


「任せておくれよ。確か奥で休んでいたね…。よし、一つ叩き起こして勇者様のトコに連れて行こうかね…」


「あ、いや。無理矢理叩き起こしたりしなくていいですからね…」


 僕はおかみさんのパワーにタジタジになりながらなんとか言葉を絞り出す。


 何がどんな時に役に立つか分からない。だから僕は一つでも魔法を覚えて、自分自身を鍛えていこうと思う。

 だけどますは…、魔物の軍団による襲撃で傷ついた人々の役に立とう。僕はそんな風に思った。



 その日の夜…。


 僕はブルーノさんが旅立っていった時の事を思い出していました。


「うん、ではこれで…。シュウ君、もし君の怪我が治って戦う決意が出来たら…。その時は…共に…」


 そう言ったブルーノさんですが、まだ何かを言いたそうにしていました。しかし、彼はそのまま続きを言う事なく魔王討伐の旅に出ました。


 後で聞いた話ですが、ブルーノさんは剣の勇者の名に恥じない強さを誇ったそうです。技の冴えはトームラダの騎士団長をも上回り、その土台となる筋力や敏捷性などの基礎体力もまた素晴らしいものでまさに英雄と呼ぶにふさわしい、剣の勇者の名に恥じない実力だったと聞きます。そんなブルーノさんが口にした


「その時は…共に…」


 という言葉。おそらくは『魔王と戦おう』、そう続けたかったんだと思います。しかし僕が魔法を人々の治療や道具作りに使っているのを見て、僕が争いを好まず魔法を戦いの手段ではなく人々の治療や道具作りの手段としているのを見て言い出せなくなったのかも知れません。


 魔王を倒す、その固い決意と共に旅立っていくブルーノさんこと青野蒼一さん。神殿を立ち去る際に見送った後ろ姿…、それが僕が最後に見た彼の姿だった。









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