#3 『シュウ』と『ブルーノ』、勇者が二人?


「ああ、そのままで良い…」


 王様が来たという事で立ち上がるなりひざまづくなりするのが礼儀のようだが、僕は足を怪我をしている事もあり椅子に座ったままで対面して構わないと許可が出た。


 現れた王様はなるほど確かに良い服を着ていたが、肖像画にあるようなボリュームのある王冠は身につけてはいなかった。代わりに黄金きんではあるのだろうがデザイン的にはシンプルなものを頭部に付けていた。

 後で聞いた話だが、あれは略式の王冠だそうで普段はこちらを身に着けているらしい。これでもかと意匠(いしょう)をらし宝石などを用いて作られた王冠は外国からの使者を迎えたり、広く国民の前に出るような行事の際に用いるそうだ。


 その王様の周りには十人ていのお付きの人がいる。服装から見て貴族だろうか、重臣なのだろう。そして騎士のような人達がいる、これは当然護衛の為だろうか。そんな集団の中で明らかに一人浮いている人がいる。

 王様以下これらの人達は中世ヨーロッパみたいな服装なのにその人は違った。しかし僕にとっては見慣れている服装、それは紺色系のスーツを着たサラリーマンといった感じの人だったのだ。



 王様はラルヌ・トームラダと名乗った。本当はもっと長々としていて舌を噛みそうなフルネームであるそうだが、とりあえずはコレを覚えてくれれば支障は無いと言う。トームラダとはこの国の名であり、かつ王城の名でもあるそうでそれを家名としているらしい。


 そして僕もシュウと名乗った。どうやら苗字…ファミリーネーム持ちというのはこのトームラダにおいてはしっかりとした家の人のようで、仮に一般人でも比較的身元のハッキリしている人は『パン屋のトム』という意味の『トム・ベイカー』などと正式な家名ではないが通用する事も少なくないらしい。


 そして例のスーツの男性、彼の名は青野蒼一あおのそういちさん。ここでは『ブルーノ』と名乗っていた。青野だから『ブルーの』という事にしたらしい。確かに『ソウイチ』だと中世ヨーロッパ風な感じからは程遠い。


「だからブルーノにしてみたんだよ」


 青野さんは朗らかに言う。なんというか、この良く分からない状況にも泰然自若としていらっしゃる。年齢は二十代中盤くらいか…。

 大人というのは凄いなあ。こんな状況で落ち着いていられるものなのか…。


 それにしても…青野さんの声、どこかで聞いた事があるような…。うーん、どこだったっけ…。


「…あ!もしかして…、僕をトラックとぶつかりそうだったのを助けてくれたのはっ!?」


 あのトラックに轢かれそうになる寸前に聞いた声…、青野さんじゃないだろうか?なんか聞き覚えがあるし…。そんな僕の問いかけに青野さんは照れくさそうに、そして同時に申し訳無さそうに首を縦に振り応じた。


「うん、私だよ。だが…、出しゃばったマネをしてしまったようなんだ…」


「えっ?助けて頂いたのに…?それはどういう…?」


 僕の頭にはいくつもの疑問符クエスチョンマークが浮かんでいた。



「それについてはワシから説明しよう」


 そう言って王様は説明を始めた。このトームラダの国に突如として魔物の軍団が現れ、この国で一番高く険しい場所にある通称『竜の神殿』と呼ばれる聖域を占拠してしまったのだという。魔物達はそこを根城とし国のあちこちに侵略を開始。いくつもの町や村が滅ぼされ、守備力の高い王都や重要拠点となる都市しか持ちこたえられなかったらしい。


 しかし、魔物の軍団にもそれなりに打撃を与える事は出来たと王様は言う。なんでも王都を死守するにあたり兵馬共に多大な犠牲を払ったが、同時に敵の精鋭も討ち取る事が出来た。ゆえに大型の魔物や上級魔族など元々数の少ない種はたとえ一体しか討てなくてもその割合を大きく減らしたと主張していた。なんとも楽観的な論だが、たとえ一時的にでも攻勢がんでいるのはその証拠《あかし

》だとも言っている。


「だが我々にこの戦を終わらせる決め手が無い」


 王様は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「強い個体がその数を減らしたとは言え、中・小型の魔物がおる。奴らは元々数が多く、繁殖力も旺盛だ。戦力の質で劣る場合でも、数で押し切れる事があるのもまたいくさと言うもの。ゆえに我々は王都を守り抜き、それに乗じて敵の本拠に乗り込むと言う作戦を実行出来ずにおるのじゃ」


「それは…、なぜ?」


 青野さんが尋ねた。


「我らも傷付き兵の数は減っておる。反撃として攻め入ったは良いが、この王都トームラダがガラきになり中・小型の魔物と言えどその数を利して攻め入られれば今度はこちらがひとたまりもない。ゆえにこうして互いににらみ合ったまま動けずにおるのじゃ…。口惜しい事にの…」


「でも…、どうしてそこに僕と青野さ…ブルーノさんが?」


 そう、なんで僕達がここにいる?言っちゃ悪いが僕らの生活とは直結しないし、いきなりこんな所に呼び出されても…?


「勇者と言うものを知っているかね?」


 王様が突拍子もない事を言い出した。


「はるか昔、この国は同じような危機にさらされた。その時にどこからともなく現れた勇者を名乗る若者とその仲間達が見事魔王を討ち果たしたと言う。だが、彼らがどこから来てどこに行ったのか誰も知る者はいなかった。それゆえ儂は神殿の白き巫女頭みこがしら『サマルムーン』に祈らせたのじゃ。この国を救ってくれる勇者…、その再来をの…」


 あの巫女さん、サマルムーンさんって名前なんだ…。


「そこに現れたのが其方そなた達じゃ。じゃが、そこで思わぬ事が起きた。祈りは通じ勇者は確かに現れた…、しかしそれが二人であったのじゃ…」


「そうなの…。もしかすると私が出しゃばってしまったのかも知れない」


 青野さんが申し訳無さそうに言う。


「あのトラックにぶつかると思われた瞬間、シュウ君…君はこうしてここトームラダに場所を移していたのかも知れない。だが、私がああした事で二人で転移してしまったから…」


「い、いえ。そんな事ありません!あんなトラックに轢かれそうなところにご自分の命もかえりみず助けに来てくれたんですから…」


「だ、だけど…そのせいで…」


「えっ?」


「ああ、良い良い。儂から伝えよう。いにしえの勇者とは剣も魔法も共に完全無欠の存在であった」


 えっ、もしかして…。青野さんはその剣も魔法も完全無欠だけど、反対に僕は無能だから出ていけ…みたいな追放されるとかじゃないよね?


「だが、其方そなた達の適性を占ってみたとじゃ。すると…」


 ごくり…、何を言われるんだろう…。


「まずシュウ、其方そなたは魔法に特に優れた才能があるようじゃ。そしてブルーノは魔法はそこそこじゃが、剣に傑出した才がある。つまり勇者の才を二人で分け合ったような感じじゃな」


「そ、それじゃ…完全無欠とやらには程遠いんじゃ…」


 僕は不安を口にした。しかし、王様は首を振る。


「いや、こう考えてはどうじゃ?いかに完全無欠の勇者と言えども、剣を振るいながら同時に魔法を行使する事が出来たとはいかなる古文書にも記載されておらぬ。だが、こうして勇者が二人となれば話は別じゃ。片方が魔法を、そして同時に片方が剣を振るえば古の勇者も成し得なかった剣と魔法を同時に用いる事が出来るやも知れぬ。剣の勇者ブルーノ、魔法の勇者シュウとしての…」


「僕が勇者…?」


 僕が勇者だって?


 でも、僕は戦った事なんか無い…。別になりたいと思った事も無いし…。そもそもここは日本じゃないんだ、向こうには家族がいる。真希子さんに真唯…、一緒に暮らす大切な家族…。二人を守ると言うのなら話はまだ違ってくるけれど…。


 それに戦いになるという事は敵の命を奪う事もあるだろうし、逆に僕が命を落とすかも知れないし…。そんな勝手に都合よく言ってくれるなよ、正直そんな風に思った。


 だが、青野さんは違ったようだ。どうやらこの国の惨状について他にも聞いていたようですっかりやる気になっている。


「魔物には男も女も、大人も子供もない。兵士だけじゃない、旅の商人だろうと村人だろうと…。殺すだけじゃない、連れ去ったり…」


 青野さんは怒りに震えている。


「私はやるよ。これでも体は鍛えているからね。剣とかは使った事は無いけど、なあに慣れていけば良いんだ」


「シュウ、其方は怪我をしている事もある。まずは傷を癒やしがてら考えてみると良い。サマルムーン、治療に全力を注げ」


「はい」


 そう指示を出すと巫女さん…サマルムーンさんは承諾の意を示した。その後、王様は退出をしていった。青野さんも『それじゃ、また』とそれに続いた。


 青野さんは行くのか…。では僕はどうするか…。青野さんと違って体を鍛えていた訳でもないし…。


 一体どうするべきだろうか?

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