#2 瞳を閉じた白色の女性。


 目の前に迫るトラック、車体の大きさから間近に見えるがまだ距離はあるように思う。しかし体は動かない。


 逃げる、そんな考えが浮かばない。当然、逃げる事を意識しなければ体も動く訳がない。


「危ないっ!!」


 そんな声と共に僕の後ろの方から何かがぶつかってきた。僕はその何かに跳ね飛ばされる、そのぶつかってきたのが人である事だけは分かった。


 前方に跳ね飛ばされ体が宙に浮く。その勢いで横断歩道を渡るような形になる。しかし僕の左足に強い衝撃が走る。トラックを完全には避け切れなかったようで足をひっかけられたようだ。


 投げ出された体はそのままアスファルトに向かっていく。重力に従い落下、僕は地面に叩き付けられる…それに備えて僕は目を閉じ身をギュッと固くした。


 だが、硬い地面に叩き付けられる…そんな未来は訪れなかった。僕はいまだに訪れない衝撃に備え、より固く目を閉じ身を身をこわばらせるのだった。



 ふわり…。


 浮遊感。


 妙な感覚。


 いつまで経っても訪れない地面に叩き付けられる衝撃に僕は恐る恐る目を開ける。


 目を開けてみるとどう考えても日本ではないどんな直感出来る建物の中にいた。『石の中にいる』とは言わないが、床も柱も全てが石。照明器具は松明


 ふわり…、横倒しだったはずの体勢はまるでソファーに座っているかのような姿勢になっている。目を閉じていると人のバランス感覚はいちじるしく低下すると言うけど、まさか自分がどんな姿勢をしているかとか上を向いているのか下を向いているのか分からなくなる…ここまでとは思わなかった。


 そして何より驚いたのはその浮遊感。それはただ単に浮いている『気がする』といった感覚的なものにとどまらず、僕は実際に浮いていた。床から20センチか30センチか…、そのくらいの高さを浮いていた。


「お気付きになりましたか?」


 静かな声が響いた。



 声の主は女性だった。簡素な服…、なんと言うか古代ギリシャの女性が着ていそうな白いワンピース。オリンピックが開催される時にギリシャのアテネで聖火を採火する時のような服だ。飾り気も無くて地味な印象を受ける。


 そして何より白い、語彙力ごいりょくに乏しい僕はそんな表現しか出来ないがそれしか言いようが無い。肌の色は一切の色素が無いのかと思ってしまう程に、髪は光沢を伴う為に銀色に、整った容姿と相まって神秘的にすら感じた。


 ただ、彼女はずっとその両の目を閉じている。もしかすると彼女は目が不自由なのかも知れない。

 その彼女が再び口を開いた。


「今、『浮遊レビテーション』の魔法を解除します。するとあなたの体は浮遊する力を失い、地面へと降りていきます。ただ、あなたの左足は骨折をしているようです。魔法で簡単な治癒を施してはありますがあくまで外傷をなおしあた応急処置のようなもの…。治っている訳ではありませんので、決して体重を左足足にかけませぬよう…」


 そう言われて僕が左足を見てみれば、なるほど左足首を保護するような感じで添え木をされ手当てされているのが分かった。そして何やら彼女ご何事か呟くと、これまでのふわりと体が浮いていた感覚が失われて落下していくような感覚を覚える。

 しかし、そうは言っても手に持った物を急にバッと手放したようにすぐに地面に落ちるのではない。1センチを1秒かけて落下するような非常にゆっくりとしたもの。その為、地面に降り立つまでにまだ20秒以上はあるだろう。その間にこの落下の感覚に慣れ、無事な右足で着地するだけの準備は十分に確保出来た。


「しかし…」


 同時に僕は呟く。


 魔法…って言ってたぞ。この女の人…。なんだよ、魔法ってさ…。僕の足を治療し、浮遊させた…?足の治療に関しては身に覚えが無いから、僕には体が浮遊いていた事しか分からないけど…。


 だけど隠さずにあっけらかんと言うあたり魔法と言うものは珍しくないのか?おかしい、魔法なんて御伽話かロールプレイングゲームでしか登場しないだろう…。何かおかしい、日本離れした場所っぽいし変な宗教の人とかじゃないよなあ…。


 でも、それじゃあ僕の体が浮いていたっていうのはどういう事だ?インチキ宗教とかじゃ絶対出来ないぞ。かと言って大昔からあるようなものでも絶対無理だ。魔法というものを…、その存在を認めないといけないのか…。


 そんな事を思いながらゆっくりと地面に降り立った。注意されていたので右足から降り、左足はあくまで添えるだけ。ほとんど体重をかけていないにもかかわらずズキンと痛む。その痛みが夢ではない事を物語る。このおかしな空間にいる事…、魔法とやらがあり、そしてトラックとの交通事故が現実にあった事なんだと。


「さぁ、こちらに…」


 すぐ近くには簡素ではあるが背もたれのある椅子。


「その足では立っているのはお辛いでしょう」


 そう言って彼女は僕の体に寄り添って支える。まるで高齢者を介護する人のように自らの体をって僕の体を支える。左側から密着し、左足に体重がらかからないようにしてくれている。そのおかげげで大した苦痛も無く僕は椅子に座る事が出来た。


「あ、ありがとうございます」


 親切にしてもらった事、そして女の人とこんなに密着なんかした事なんかなかった僕はすさまじくドキドキしていた。ましてやこんな綺麗な人が…、僕は椅子に座りながら今起こった出来事を思い起こす。言葉にしにくい不慣れな感情が妙に心にこびりつく。

 だけど…。


 ここは…、あなたは…。今の僕には分からない事が多すぎる…。その疑問を解決する為に僕は質問を口にしようとした。


「失礼いたします。陛下へいかがお越しになりました」


 ここからではよく見えないが、少し離れた所からだろうか、女性の声が響いた






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