#15 レベルの違う少年。
月曜日の午前六時半過ぎ…。
僕は宿泊させてもらっている柔道場に戻るところだった。河越八幡警察署四階、エレベーターから降りると何やら気合いの声がする。あっ、美晴さんに尚子さん。そして何回か見た事かある婦警さん、さらには久能さんもいる。
「あれっ?皆さん、お早いですね。どうしたんですか?」
僕がそう声をかけると、動画を一時停止したみたいに六人が六人ともピタリと動きを止めた。まるで『だるまさんが転んだ』のようだ。
「つーか、お前ら何やってんの?」
警護についてくれている多賀山さんが僕の横からそんな風に声をかけた。それをきっかけに美晴さん達が動き出す。
「あ、ああ。シュウの顔を見にな…」
なんだか力無くというか、ガッカリしているような感じで美晴さんが応じた。
「ふ〜ん、それにしちゃ全員なんだか疲れてねーか?」
大信田さんも横にやってきて声をかける。
「だ、大丈夫ですわ!それにしてもどこに行ってたんですの?」
「ああ、プリティ佐久間は随分と早起きでな。だから駐車場行ってバイク見せてたんだ」
「そーそー。昨日はなんだかんだカレーが大好評すぎてバイク見れなかったからな」
「凄くカッコ良かったです。あれで旅が出来たら最高ですね、北海道とか!」
「ああ。北海道みたいに広い所ならクルーザーでのんびり回るのも良いぞ。この辺とは色々と違う、それこそ国道沿いの雑木林の木を見るだけでも本州との違いが分かるぞ。見かける木の種類が何か違うなってな」
「冬の厳しさが段違いだからだろーな。冬を越せなきゃ生き残れない。だからこの辺と生えてる木が違ってくるんだよ、関東なら冬を越せても北海道じゃ越せないなら見る事はなくなる。だから寒い地域に強い木の割合が増えてくるんだよ。それよりさ、プリティは
「車は18にならないと免許取れないのもあってあまり意識してなかったです」
「そっか。んじゃ、クルマの免許を考えるようになったら相談してよ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「よし、じゃあ
そう言って多賀山さんは先程買った缶コーヒーを手で振って見せた。
「わ、分かった!」
美晴さん達がうなず。
「じゃあ、先に行ってる。プリティ、行こう」
「はい。じゃあ皆さん、お待ちしてますね」
「お、おう!」
美晴達が返事をする。
「ダンボール片しておけよー。それと朝っぱらからはやめとけよー」
大信田さんが六人に何やら軽い感じで言っている。
「???」
「あー、気にしなくて良いよプリティ。アイツらまだ若くて元気が有り余ってるだけだから」
「そーそー、シメる時はシメとくから気にしなくていーよ」
「は、はあ。分かりました」
とりあえず僕はそう言ってダンボールを持って小走りに立ち去る久能さんと他五人を見送るのだった。
□
今日も研修の教官役は一山さんだった。
今は昼休み、今日の警護についてくれているのは浦安さんと崎田さん。一山さんも共に食堂に向かう。そこに署長さんが現れ、少し話をしながら食事をしないかという事になり僕達は定食のトレーを持ちながら署長室に向かった。
「それにしても昨日のカレーの反響は凄かったな。署の内外で大騒ぎだ。県警に問い合わせが殺到したらしいぞ。マスコミだけじゃない、一般の市民の方からもな」
署長さんが昨日の出来事について語っていた。様々な問い合わせがあり、僕に是非取材をとかカレーを提供して欲しいなどというマスコミ。自分も食べたいという市民からの問い合わせ、日曜日だというのに県警本部としては対応窓口を設け早急に対応に当たったという。
普段なら日曜日と言う事で電話したとしても、自動音声で77月曜日の午前9時以降におかけ直し下さい』と再生させるだけだが今回は最優先案件として対応したらしい。
「そう言えば…だな。少年は医療センターでの各種検診の結果を見たか?」
署長さんがそんな事を口にする。
「あ、はい。健康状態も特に問題は無いみたいでホッとしています」
「そうか、それ以外の項目については確認してみたかい?」
「いえ、何かまずい事があったんでしょうか?」
ちょっと不安になり、何か知っているのであれば…そんな感じで僕は署長さんに問いかけた。
「不安にさせてしまったならすまない。むしろ逆だ」
「えっ、逆…?」
「むしろ良いんだよ、なんと言うか
「どういう事ですか、署長?」
浦安さんが尋ねる。
「体の質が良いと言おうか…、体の使い方が上手いと言うべきか…。少年、君はその体の筋肉量から考えれば、想像以上の運動パフォーマンスをあげる事が出来るようだ」
「それはどういう…?」
「そうだな…、例えば少年ぐらいの筋肉量と体格からすると20キロの砂の入った袋をギリギリ持ち上げられるとする」
「はい」
僕は自分が砂の入った袋を地面から持ち上げる姿を想像する。
「だが、少年は上手に体を使い、かつ無駄の無い動作で同じ体格や筋肉量でも25キロの物を持ち上げる事が出来る…といった感じだな」
「あら凄い!佐久間君はスポーツとか得意なの?」
崎田さんが聞いてくる。
「いえ、僕はあまりスポーツは得意な方ではなくて…。正直、中学では並以下…って感じでした」
「そうなのか?ドクターの話では幼い頃から体を鍛えていればアスリート…、県内でも有数の…あるいは国体でも活躍できるような肉体的素質があるとの事だ」
「えっ…、まさか…」
「それに関しては間違い無い。医療センターで健康診断だけでなく運動機能のチェックもしただろう?その際に判明したんだ、間違い無い。同時に視覚や聴覚等のチェック…これも脳波を取りながら行ったようだが、これに関しても同じような結果が出ている」
「でも、僕はそんなに視力は良くありませんけど…」
「これも筋力とかと同じだな、その質が良いようだ」
「
医者じゃないから詳しい事は分からないが…と前置きした上で署長さんは説明を始めた。
例としてドッジボールの試合中、自分が相手選手から狙われたとする。自分に向かって投げられたボール、それを避けたりキャッチにいくなりする訳だ。
その避けるなりキャッチするなりの選択は、飛んでくるボールと自分の位置なり運動能力なりを総合的に判断して実際の行動に移す訳だがどうやら僕はそれが並外れているらしい。目で見てどうするかを瞬時に判断し体を動かす…いわゆる反射神経とか反応速度というもののようだが、これがオリンピックのメダリスト級。つまりは人類としてトップクラスという事らしい。
極端な事を言ってしまえば五感で感じた事を脳に伝達し、脳がそれに対して体を動かす命令を出す時間、これが圧倒的なのだそうだ。
普通こういう事は、アスリートであっても厳しい鍛錬を長い時間をかけて
また、その感覚的なものも全感覚的に優れているらしい。普通、アスリートであっても一番優れているのはその競技に関する感覚だ。それを応用して他の競技でも一般人より優れた反応を見せる。しかしそれが自分が行っている競技から離れれば離れるほど、また訓練をしていないものになるほどその反応に速さは見られなくなっていく。しかし、僕にはそれは当てはまらずあらゆる感覚を脳に伝える速度と行動に移すまでが速い。
こんな事があり得るのか、あり得るにしてもどうしたらこんな事が身につくというのか、ドクターはそんな事をもらしていたという。
人工授精時に優秀な男性を得る為に国や地域によっては行う事があると言われる遺伝子操作、それを行ったとしてもここまでの事は起こらない。ましてやそれが一切の遺伝子操作を受けていない男性…、いわゆる『天然』の男性が有している事にドクターは驚愕していたらしい。
「で、でも、署長さん良いんですか?僕にそんな事を教えてしまって…。国から口止めされてたりとかしないんですか?」
僕はおそるおそる署長さんに尋ねた。
「それは問題ない。これは既に公表されている事だからな」
「えっ?」
「佐久間君。君は行方不明になってから15年ぶりに元の姿形のまま戻ったミステリアスな『天然』男子という話題性抜群の存在だ。そして同時に優れた…そう
一山さんが静かに言った。
「だが、安心して欲しい。私達はしっかりと君を守るつもりだよ」
「
「レベル…」
署長さんの言葉に思わず僕は呟くと共に、心に何か引っかかるものを感じた。何かを忘れているような…。僕の胸をチリチリと焦がすような…そんな違和感のようなものが生まれた。
何だ、何だ…?何がこの違和感を形作っている…?僕の胸に疑問が浮かぶ。
「そう言えば
僕の話題がひと段落したようで一山さんが違う話題を始めた。トラックの事故か…、怖いな。そう言えば僕が十五年前に交通事故に遭ってないかって聞かれたっけ…。
あの僕が目を覚ました交番前の交差点で…、でも僕は横断歩道横で目を覚まして…。
横断歩道…?トラック…?…あれ、なんだ?何か…。そうだ、青信号の横断歩道を渡っていたら…トラックが…!
僕は何かを思い出しかけていた。だが、同時に…。
「佐久間君ッ!」
「どうしたっ、少年ッ!?」
署長さん達の声がどこか遠くなっていくのを感じていた。
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