#14 【閑話】這い寄る婦警さんとダンボールのアイツ


 AM 06:03


 河越八幡警察署内にある柔道場。

 ここに重要保護対象である佐久間修が寝泊りしている。抜き足、差し足、忍び足…、そこに忍び寄る影が五つ…。


 瀧本美晴を先頭に佐久間修への接近を目論む集団、徹夜明けの妙な高揚感ハイテンションも手伝ってか女の欲求に正直になった者達であった。


「影のように静かに、誰にも気付かれる事なく這い寄るのですわ」


 警察署に入る前に武田尚子が一行と申し合わせる際に口にした言葉である。昨夜、一行は様々な男性に対しての知識を得た。しかし今日すぐにでも使えそうなものは最初にプレイしたゲーム、いわゆるギャルゲーのイベントをそのままやってみるというものであった。



 美晴達が実際に柔道場に忍び寄ろうとするおよそ一時間前…。自主研修を終えた美晴達は修へのアプローチをどのようにしていくかを話し合っていた。


ナタはなあ…」

「うん、殺しちゃうもんねえ…」

「それに…」

「ええ、わたくし達はその後に登場させるナイスなボートなんて所持しておりませんし…」


……………。


………。


…。


「触手もねえ…」

「ああ、そもそもあんな生物いねえもんな…」

「はぁ…」

「じゃあ…アレやっちゃう?」

「えっ!?」

「生理現象…ってヤツ」

「「「「ッ!!!?」」」」


 静まり返る一同、長いようにも短いようにも感じる沈黙が続いた。しかし、それを破ったのは美晴であった。


「そ、そうだよな!や、やっぱ一番ヤりやすそうだしよ…。そ、それに…」


「「「「それに…?」」」」


「ま、万が一そんな生理現象してたら…。な、なんとかしてやらなくちゃ…い、いけないだろっ?し、しずめてやる…とか…さ」


 少し照れくさそうに美晴が呟く。


「ま、まさか!」


「そ、そうだ!それでもおさまりがつかなかったら…。そしたらもう…ヤ、ヤるしかねーよな?『コレは鎮める為だ!ひ、人助けなんだからなっ!』とか言って…」


「「「「それだっ!」」」」


 女子達が一斉に立ち上がる。


「よし、じゃあ行こうぜ!シュウが起き出す前によォ!」


「「「「おー!!!!」」」」


 そしてシュウを求めて若き五人の女子達は寮を後にした。


 桜が散り終わった四月中旬。その身に宿った欲望の火が熱く身を焦がす彼女達には、まだ薄暗く肌寒いはずの明け方の町さえ気にはならなかった。



『くそ…、イヤな位置にダンボールが置いてあるな…』


 柔道場に少しずつ忍び寄る五人。その先頭にいる美晴はをするような小さな声で吐き捨てるように言った。


 佐久間修ターゲットがいる柔道場が近づくにつれ五人はその身を低くしジリジリと近づいていく。その途上に割と大きめのダンボールが廊下の端っこ、壁沿いに置いてある。


『あのダンボールさえ無ければ…ですわ』


 尚子も悔しさをにじませる。これは万が一にも失敗は許されない作戦だ。用心に用心を重ねる必要がある。しかし音を立てないように慎重に行動すれば時間を要する。


 音を立てそのはずみで修が起きてしまえば作戦は失敗、逆に時間をかけ過ぎれば修の目が覚めてしまう可能性が上がる。


 ゆえに慎重さも速さも速さも求められる。そこで美晴達は柔道場のあるフロアの構造から階段から柔道場までの目立たず最短距離を実現する経路ルートを割り出し一切のズレ無く進んだ。

 それこそ1センチのズレも許さない程に。普段の瀧本美晴は大雑把なところもあるがこの時ばかりは名軍師と名高い竹中半兵衛、あるいは黒田官兵衛か。いやいや場合によってはかの諸葛孔明が乗り移ったかのごとく寸分の狂いも無い繊細さを見せた。


 それゆえにこのダンボールを迂回する事は1メター程度とは言え遠回りを強いられる。だが、それをしなければ柔道場には辿り着けない。美晴は無言で後方に手で合図を送る、『迂回する』と。


 迂回するのは腹立たしいが、ここを越えれば修がいる柔道場はもうすぐだ。だがさらなる用心が必要る。匍匐ほふく前進…先頭の美晴が、さらに三人の婦警がダンボールを迂回しその前に出る。そして殿しんがりの尚子がダンボールを

迂回する時、その違和感に気付く。

 ついさっき見た時はダンボールのへりが廊下のタイルの縁と同じ位置にあったはずだ。しかし、今はその基準となったタイルの縁から3センチほど前に…柔道場の方に進んでいる。


『このダンボール、動いていますわ!』


 そう言って尚子は立ち上がり、ダンボールをひょいと持ち上げる。ダンボールは底の部分が切り抜かれでいたので持ち上げるのに苦もなかった。そしてダンボールの中には一人の女性。


『み、みさおっ!』

『『『『久能ちゃん!!?』』』』


 柔道場に続く最後の廊下、そこにはしゃがみながら少しずつ歩を進めていた婦警『久能操』と、ダンボールを高々と持ち上げている武田尚子。そして匍匐前進をしていた四人の女子達の姿があった。



 柔道場を目前にして六人の女子達が向かい合う。


「狙いはシュウ…か?」


 普段より低い声で久能操に尋ねる美晴。


「なら…、どうするの?」


 受けて立つつもりか、一歩も引かないといった様子で言葉を返す操。双方の間に緊張が走る…かと思われたその時、ふぅっと息をいたのは美晴の方であった。


「図星か。まあ、そうだろうな。こんなトコにいるんだ。なら問題ねえ、こっちは争う気はねえんだ」


「どういう事…?」


「お前の目的はオレ達のとほとんど一緒だろう?」


「…ま、まさか!?修様と同じしとねにッ!?」


って何〜?」


 婦警の一人が質問の声を上げた。


「同じ寝床…、布団の中という意味ですわ」


「へー。いや、オレ達は同じ布団に潜り込もうとはしてねーけどよ」


「いや、でもその後の展開次第では…」


「まあ…、おんなじ事か…」


「「「ぐふふふふ…」」」


「…?」


「やり方は違うけど、最終的にヤる事は同じという事ですわ」


「…む」


「だが、悩んでるヒマは無いぜ、操。ましてや争って足引っ張り合うなんてもっとな。そんな事してる間にシュウが起きてきちまったらどうする?チャンスを失うぜ?…だったら」


 すっ…。美晴は操に向けて手を伸ばした。


「手を組もうじゃねぇか。あとは流れだ。シュウが誰かを選ぶかもしれねーし、もしかしたら全員まとめて…なんて朝っぱらから激しい事になるかもしれねー」


「ゴクリ…。修さん、激しいですわ…」


「修様…。そんな、いきなり…」


 女子達は美晴の発言に揃いも揃って顔を赤らめている。その脳内では過剰なまでに様々な妄想が渦巻いている。だが、それは無理からぬ事であった。


 何度も繰り返すが、男がほとんどいない世界である。東京都全域でも400人ほどしかいない。それも赤児あかごから高齢者まで、全年齢層を含めてである。

 高齢化が進んでいた日本社会である、十代の天然男子など都内全域で三十人にも満たなかった。


 彼女達にしてみれば同学年の男子は埼◯県内に二人いるかどうかであった。こんなにも身近に存在する事などあり得ない事であった。


 そんな数的環境の中で女子達が異性に慣れる、そんな事は出来るはずもなかった。経験皆無なまま男性に対する憧れや妄想が膨らみ、時にそれをこじらせる。そんな世界に彼女達は生きているのだ。


「どーする、久能操?お前が決めるんだ、時間はえ。オレ達と一緒に…、来るか?それとも、来ねえか?」


 再び美晴は操に呼びかける。


「行く…!」


 がしっ!操は美晴と固い握手を交わした。もうこれ以上の言葉は要らない。目指すは佐久間修、ただ一人いちにん


天然男子おとこは柔道場に有りィィィ〜!全員、続け〜ッ!」


 本能寺に向かう明智光秀のごとく、美晴のかけ声に全員が駆け出そうとする…。ここが早朝の署内であり、声を発する事がはばかられる事さえ忘れて。


「あれっ?皆さん、お早いですね。どうしたんですか?」


『『『『『『ッ!?』』』』』』


 女子達六人、側方よこからの声に思わず硬直する。それは今まさに会おうと…、正確に言えば夜這いならぬ朝這いをしようとした相手のもの。


 そこには寝間着ねまぎですらない、私服に着替えた佐久間修が立っていたのである。

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