#12 カレー騒ぎとテレビ屋。


「こ、これが男の子が作った手料理なのね…」

「こんな神イベント、恋愛ゲーとかアニメとかでしか実在しないと思ってた!」

「死ぬまでに食べられるなんて…」

「佐久間君、マジ天使!!」


 そう言って盛り付けられたカレーライスを次々に受け取っていく婦警さん達。食堂には人がどんどん集まり、すぐに満席。すでにカレーを煮ていた大鍋は空になり、今は二つ目の大鍋の出番である。


 昼休みの時間帯に間に合わせる為にカレーライスのみを提供する旨は例の連絡網を使って一斉にメール送信してもらった。サラダなど付け合わせにする物は各自で調達してもらう。


 空になった一つ目の大鍋にはすでに水を張り加熱を始めている。相撲部屋か豚汁の炊き出しか…、そんな場面でもなければお目にかからないようなやつだ。


「おお〜い、食い終わった奴は早く食器を回収口に持って来てくれ〜!次に待ってる奴らの食器が足りね〜んだ!!」


「あん!待ってぇ、最後の一舐ひとなめまで佐久間君の味を楽しませてぇ!」

「そう!この佐久間君の味を〜!!」


「なんだか卑猥な言い方ですわ」


「だが、それが良い!!」

「おっ、大信田ユーコ分かってんじゃん!」

「まぁな、多賀山タガ。長い付き合いだもんな」


「ダメだ、こりゃ!ですわ」


 女性の多い職場だ、色々とにぎやかだ。美晴さんたちは配膳をしたり、洗い物をしたりしながら居並ぶカレー待ちの皆さんをさばいていく。


「あっ、テレビ見てよ。河越八幡署ウチが映っててるよ」


 婦警さんの一人がテレビに映っているのに気付いたのだろう。周りからはボリューム上げてと声がかかりこちらにもその音声が聞こえてくる。


『宮野さ〜ん、宮野さ〜ん!こちら現場の本梨もとなしです。署員の方でしょうか、今も続々と署内に入って行きます。今日、署内では佐久間修さんがカレーライスを作り署員の皆さんに提供しているそうです』


『えっ、カレーライスですか?なんでそうなっているのか情報はあるんですか?』


『はい!一部情報によりますと警察署内の食堂が休みという事を聞いた佐久間さんが、日頃お世話になっている署員さん達に昼食を作ろうという事になったそうで…』


『はあ、そんな事が…。あー、本梨さん?本梨さん!そのカレー、どうにかして撮影出来ませんかねー。出来れば手に入れて…あっ?CM?はい、ミヤノ屋、いったんCMでーす』


 短いBGM、テレビはCMを流し始めた。商品名を伝える音声が流れる。


「勝手な事を言いますよね」


「ああ…」


 カレーライスを渡すカウンターの所まで歩いていって漏らした僕の呟きに多賀山さんが応じた。


「ねえ、佐久間君。なんかちょっと怒ってる?」


 近くで食べて終わった食器を返却していた婦警さんが声をかけてきた。


「ええ、さっきのテレビキャスターの言い草にムカッとしましてね」


「ああー、いつも偉そうな喋り方するよねー」

「自分勝手って言うか〜」


 周りの婦警さんもそんな風に言っている。


「はい。僕もそう思います。さっきあの人こう言ってましたよね、って…。それについてふざけるなって思って」


「佐久間君…」


「このカレーはお世話になってる皆さんと一緒に食べようと思って作ったものです。多賀山さ…、ダンディ多賀山さんを初めとして買い出しを手伝ってもらったり、連絡を取ってもらったり…。それに署の皆さんからは会費をもらってますよね。だったらなおさらです、それをお金も払ってない上に当たり前のようにって…。これは皆さんの為だけに作ったカレーですから」


 僕は食堂にいる婦警さん達を見回してキッパリと言った。


『それにテレビ局は一つではありませんし、求めてくるなは一食ずつとも限りません。例えば出演者全員に…とか。そもそも希望した人数分しかありませんし。絶対に足りなくなりますしね」


 だからあんな人達には出したくありません、そう言って僕は沸騰し始めた大鍋に肉や野菜を投入する為に戻った。


「そう言うだろうと思っていたぞ!」


「署長さん!!」


「よう、少年。下はスゲーぞ。取材申し込みが殺到だ。まったく迷惑な奴らだ、何かと理由をつけて署内に侵入しようとするしな。お目当ては少年とカレーだな。ああ、安心してくれ。マスコミ関係者はシャットアウトしてるから。…ところで私にもカレーライスひとつ」


 そう言って署長さんはカレー待ちの列に並んだ。あなたもでしたか…、署長さん。


「それにしても…」


「どうした?少年」


「いや、僕もあの人達には良いイメージが無くて…」


「でもよー、シュウ〜。アイツらしつこいのが売りだろ。カレーを撮影するなり食うなりしねーといつまでも言い続けるんじゃねーの?カレー、カレーって」


「うーん、じゃあ署長さん。埼◯県警にはホームページありますよね?相談なんですけど…」


……………。


………。


…。


 僕が署長さんに提案した内容は婦警さん達が食堂でカレーを食べている姿や、みんなで集合写真を撮り県警のホームページに載せるというもの。


 署長さんはその事を県警本部に問い合わせ、日曜日だと言うのにすぐに許可が降りたという。


 集合写真を撮る時の為に油性マジックでA3コピー用紙に書いた『河越八幡警察署の皆さんとカレーライス』の文字。


 僕はこれを両手で広げるようにして持ち最前列に、そして周りには婦警の皆さんが並ぶ。


「五秒後にタイマーをセットしましたあ!」


「へへっ、シュウ!腕組んじまおうぜ!」

「ちょっ!おま!」

「な、ならわたくしは後ろからギュッと!」

「何やってんのよ!」


 集合写真を撮影するタイミングをこれさいわいとばかりに美晴さんと尚子さんが動いた事をきっかけに整列が乱れた。


「ふむ、少年。肩でも組んでおくか…」

「えっ、署長さんッ!?」


 カシャッ!!


 なぜか他の画像と共に、この時の画像も埼◯県警のホームページに掲載された。しかも、一番反響があったとの事。


 またマスコミ対策でこんな一文を添えてもらった。


『私、佐久間修は十五歳の未成年であり、芸能人でもなんでもない復帰プラン研修中の一般人です。マスコミ関係者様におかれましては関係各所様への影響をかんがみ、取材や接触をご遠慮いただくようお願い申し上げます』


 まあ、あくまでこのマスコミが追っかけてくるのは今だけだと思うけど…。勝手に僕を撮影…許可なんてしてないからおおっぴらに横行する盗撮だと思うけど、それで金を儲けてるような奴ってどうやっても好きになれないんだよね。


 だから、そういう人達には僕や周りの人達を好き勝手には映させません…ってい僕なりのメッセージ。まあ、勝手に期待だけさせて後で梯子はしごを外す…みたいな事をするかも知れない。うーん、ちょっと悪い子してるかな。


「お〜い、シュウ〜。そろそろ交番勤務から帰ってくるぜ〜」


 美晴さんの声がした。時計を見ると夕方五時半。


 さあ、もうひとふんばりしようかな。





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