#11 希望者殺到、修のカレー。


「よし、行くか!」


 多賀山さんが出発する旨を無線で連絡した。


 僕は多賀山さんが運転する二人乗りしやすいように装備を外した白バイの後部シートに座った。その前には大信田さんが先導するパトカーが先発している。


 後ろにもパトカーが続き、前後を守られる形で僕達は警察署を出発した。僕が実際の自動二輪に乗った事がないと知って多賀山さんが後ろに乗せてくれる事になったのだ。


「「あー、密着ズルーい!」」


 僕が多賀山さんにしがみつくような格好になり警察署の出入り口で立番たちばんをしていた婦警さん達が非難の声を上げた。しかし多賀山さんがこれは昼食の材料を買い出しに向かう為であり、希望者には僕が作った昼食を食べる事が出来ると伝えるとすぐにそれは引っ込められた。


「じゃあ美晴、尚子、希望者を募っでメールくれ。その人数をもとに買う材料の量が決まるからよ」


「あと、会費も集めといてよ。材料費にてるから」


 出発前に多賀山さんと大信田さんが美晴さんと尚子さんにそんな事を言っていた。確かにあの二人は今日は非番と言っていたが良いのだろうか?まあ、気にしない事にしよう。


「こちら河越八幡警察署前の庄司です!あっ、佐久間修さんが署内から出てきました。佐久間さ〜ん、佐久間さ〜ん!これからどちらに向かわれるんですか?佐久間さ〜ん…」


 芸能リポーターってわざとらしいなあ。とっくに警察署から出てきていたのにさも今ちょうど出てきたかのようにまくしたてるリポーター。僕は軽く会釈だけして貸してもらったフルフェイスのヘルメットをかぶる。これなら表情はカメラに映らないから、多賀山さんはそんな風に言ってたっけ。


『聞こえるか?プリティ佐久間』


『えっ!?ダンディ多賀山さん?』


『そうだ。よし、無線は繋がってるな』


『これ、やりとり出来るんですか?』


『そうだよ。ちなみにアタシとも繋がっている』


『えっ!?大信田さんもっ!?』


『違うだろ、プリティ佐久間。多賀山タガがダンディならアタシは何だっけ?』


「セ、セクシー大信田さん!』


『そう言う事。忘れちゃダメだよ』


『ま、冗談はこのくらいにして行くか…』


『ああ。あんまり長いこと連れ回すと署の奴らに嫉妬されちゃうからな』


『よし、プリティ。


 うわ、多賀山さん…最後の『しっかり掴まってろよ』って時の声が低くて甘くてイケボ。さすがダンディ、この声だけで惚れちゃう女の子いるんじゃないだろうか。


 かくして僕達のスーパーへの買い出しが始まったのだった。



「いやはや…、ほとんど全員だな」

「ああ、パトカー二台で護衛についたのは正解だったな…。一台じゃ買った物が積みきれなかったかも知れない」


 美晴さんから送られてきたメールによると、昼食を希望する人は署内のほぼ全員。これは河越八幡警察署内の人だけではなく、管内の交番勤務に属する人達からも希望者が続出したそうだ。その数なんと約二百四十人。


 朝から勤務の人、夜勤の人。そして非番の人も美晴さん達が署員の皆さんに一斉メールをしたらすぐさま返事が来たという。 


 昼ご飯に間に合わないかと心配になったけど、朝から勤務していて昼休みの時間が迫っている人をまずは優先、次に夜勤や交番の勤務から戻ってくる人、非番の人はその隙間時間に食べてもらうように頼んでおいた。


 僕はお米を炊き始めた。お米をいでいる時間は無いと判断し無洗米を選んだ。調理場にあった電気炊飯器は五升ごしょう炊き、それが二つあった。ご飯の保温機もあったから、炊けたらすぐに次のお米も炊こうと思う。


 昼食はカレー。今の僕に出来るのはこのくらい。昼食の献立がカレーと事前に伝えていたけど、まさかこんなに希望者がいるとは思わなかった。大鍋に湯を沸かした、肉や野菜を炒めてから作るにはあまりにも量が多すぎたので最初から煮てしまう。炊飯器のスイッチを入れ、湯を沸かしている間に僕はひたすら野菜を切った。


 非番の美晴さんや尚子さん、警護についてくれている多賀山さんと大信田さんは普段料理は全くしないと言っていたがピーラーでジャガイモやニンジンの皮むきをしてくれている。


 だいたい五十人分くらいの肉と切り終わった野菜を鍋に投入し数回アクを取る頃には十分に火が通っていた。火を弱めカレールーを入れて焦げ付かないようにかき回すのをお願いする。ご飯の第一陣も炊けていた、早速保温機に入れてもらい第二陣を炊き始める。


 十二時まであと十五分という頃になると気の速い人がやってきた。混み始めるであろう正午まで待つ事はない、五人でも十人でも食べ終わってしまえば並ぶ人も減る。早速配膳を開始してもらった。


「よーし、所属と氏名を言ってくれー!名簿に印つけてくからよー!確認終わったら奥へ進んでくれ、どんどん流れ作業的にいくぞー!」


 美晴さんがそんな声を上げている。その間にも僕は後から来る人の為にこれから調理する分の野菜を切り続けていた。正直、こんなに希望者が出るなんて…、想像していなかった…。


 もの凄く手が痛い。

 

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