#3 修、ここで寝泊まりするってさ。


「とりあえず少年が河越八幡署ウチで復帰プランを受講けるのは問題無いが、そうなるとどこで寝泊りするかだな…」


 僕達は署長室に場所を移し明日からの事の話し合いをしていたのだが、署長の龍崎さんが腕組みしながらそんな事を言った。


「え?自宅ウチから通うのはダメなんですか?」


「それはやめといた方が良いだろうね」


 一山さんが僕にそう言った。


「えっ?それはどういう…?」


「今日の退院の時、そして署に着いた時にマスコミの取材が来ていたからね。今まさに君は時の人だ。どこへ行くにも何をしていても注目されるだろう。おそらく自宅の方へもマスコミが殺到するだろう。ただ、警官を派遣しているからその辺は安心して欲しい」


「あ、ありがとうございます。で、でもそんな事になっているなんて…」


 僕は予想外の事に驚く。


「驚くのも無理は無い。だが、これが現実なんだ少年。年頃の『天然の男』、それも年頃の…。十五年も行方不明、そして再び姿を現した時には当時と変わらない姿。十五年前に世界から男が姿を消した、わずかに残った男も当然その十五年で歳をとる。いわゆる天然男子の高年齢化だ。これは社会問題でもある。そんな中で現れた君はまさに明るいニュースそのものだ。十五年間の空白というミステリアスな出来事といい注目を集めるのも無理は無いよ」


「そ、そうなんですか…」


「そこで我々警察としては…少年、君にしばらくはホテル暮らしをしてみてはどうかと考えている」


「え?ホ、ホテル暮らし…ですか?」


 署長さんの思わぬ提案に僕は戸惑いながら問い返す。


「ああ、今の時点で我々が考えているのは河越の中心部あたりのホテルだな」


「というと、市役所とか観光エリアのある辺りの…?」


「ああ、そうなるな」


「いや…、でも僕みたいな者がホテル暮らしとか申し訳ないですし…」


「費用とかを心配しているのか?それなら全てこちら持ちだから気にする事は無いぞ。それに警護と送迎もする」


「え、ええ。そこも気になりますけど…。河越のあの辺りって役所もあるし、観光エリアは江戸時代の風情を残してはいるけど道幅は狭いしいつも渋滞してますよね。それを毎日送迎をお願いするとなるとお時間も取らせてしますし…」


「でもよ、シュウ。そこがダメってなるともう河越八幡署ウチの中とか警察関係くらいしか選択肢無くなっちまうぞ?」


 警護の為に同行していた美晴さんが冗談めかしてそんな事を言った。


「えっ?警察署に?泊まったりするんですか?」


「ああ。捜査本部が出来るようなデカい事件があった時はな。帳場ちょうばが立つって言うんだけどよ。そーいう時は泊まり込みだからな。柔道場とかに布団敷いて寝泊りすんだよ」


「なんか合宿とか修学旅行みたいですね」


「ああ、そんな感じだな。まあ署内にはシャワー室もあるし、ゼータク言わなきゃ泊まるのにゃあ問題ねーよ」


「うーん…」


 そう言われて僕は少し考え込む。署内か…、もし泊まれれば研修の時にわざわざ送迎してもらわなくても良いんだから時間も人員もかなくて済む筈だ…。それに警察署の中だ、これほど安全な場所もないだろう。そこで僕は署長さんに向き直った。


「署長さん。もしよろしければ研修の期間、こちら河越八幡署さんにお世話になる事は出来ませんか?」



 僕が署長さんにお願いした署内で寝泊りさせて下さいというお願い…、署長さんはすぐに県警の上層部にお伺いを立てた。


 するとすぐに許可が下りた事、署長さんから正式に宿泊の許可と県警が全責任を持って万難を拝し警備を行うと伝えられた。


 その瞬間、美晴さんは拳を天に突き上げ尚子さんは何やら手を組み神に感謝を伝えるかのごとく祈りを捧げていた。


 しかしすぐ頭を切り替えたのかキリッとした表情に変わり、一週間程度寝泊りするのだから何かと身の回りの物は必要になる。だから買い出しに行こうと美晴さんは僕に持ちかけ、署長さんに許可を求め許可された。


「よし、話は決まった!署長ボス、オレは署の正面入り口にパトカー回して来るぜ!」


「わ、私も行きますわ!あなただけじゃ何かやらかしそうで不安ですわ!」


 勢いよくドアを開けて美晴さんと尚子さんが署長室を飛び出して行った。


「私からすると美晴も尚子もなんだか危なっかしいんですがね…」


 一山さんがヤレヤレといった感じで呟く。


「まあ良いじゃないか、一山ヤマさん。若いうちは何かとハミ出す事もある。一山ヤマさんだって…、若い頃は血気盛けっきさかんな頃もあったよ…」


「それを言いましたら署長ボスの若い頃も…。いや、それは今も…ですかな」


「ふふふふっ!それを言ったら一山ヤマさんだって今も…、だろう?」


 そんなやりとりをしながら署長さんと一山さんが笑い合う。良いコンビだなあと思いながら僕は二人と一緒に警察署の出入り口に向かった。




 





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