#2 意趣返し(ざまあ回)。


 僕の叩き付けるような発言に政府からの役人は黙り込む、どうやら図星のようだ。おそらく有力者などに一人でも多く目通りさせてそれを出世の糸口に、あるいはその有力者達にコネか貸しでも作るつもりなんだろう。


「で、ではどうなるんだッ、私は!?どうしてくれるんだ!?」


「知らないよ、そんな事」


 自分でも驚く程に冷たい声が出た。


「僕はそんな全国お目見えツアーみたいな事をやらされる事なんか知らされてませんし、途中で相談も受けてません。僕の意思を無視して勝手に作られた身勝手なプランになんで参加しなきゃいけないんです?それに署長さん、こんな話が進んでいたのを知ってました?」


「いーや、何にも聞いちゃいねーぜ。それこそ今日いきなりやって来て、佐久間君の保護観察権をこちらに渡してもらおうとかかしてきやがってな」


「う、うぐぐっ!!だ、だが、もう現に明日から最初の面会は始まる。分刻みで最大限の人数に会うようにセッティングしてあるんだぞ!それはどうなる!?」


「うーん、呼び出しておいて僕がいないのは無駄足をさせてしまいますね」


「そ、そうだっ!だから面会を…」


 この期に及んでいまだにこの政府からやって来た役人の女性は、自分の身勝手な申し出について謝罪をする事は無くさらには要求を繰り返す事をやめない。


 こんな奴は勝手に破滅すれば良い。まあ破滅は無いにしても少しくらいは痛い目に遭わなければ反省もしない。エリート意識だけが肥大化し、悪い事をしているという感覚も麻痺し他人に迷惑をかけ続ける。


「その面会とやらにはあなたが代わりに行けば良いんじゃないですか。良いですね、各地のお偉いさんや有力者の皆さんに次々と会えますよ。分刻みのスケジュールなんて一体何人の方に会われるんでしょう?きっと数え切れない程のコネや、ってやつが築けるんじゃないですか?いやあ、羨ましいですね。僕がそこに同席する事はけど頑張って下さいね」


 僕がそう言ってやると、相手は死刑宣告を受けたような顔をした。


「な、ならせめて…。せめて…、会談が出来ないそれらしい理由を相手に送る書面にしてもらって…」


 コイツはまだ自分が物を要求える立場だと思っているのか…。また腹が立ってくる。


「する訳ないだろ!そういうものはこちらが会う約束をしたのにそれが果たせないから書くものだ!その勝手な会うスケジュールを決めたのはそっちだろ!だったら自分が原因である事を正直に言って詫びれば良いじゃないか!!それに一体何枚の書面を書かせるつもりだ!?相当な人数と会わなければいけないんだろっ!自分でやれっ!」


「で、出来ない。そんな事をすれば私は…、私は…」


 ここまで言ってもコイツは…。何の反省もしないし、責任を取ろうともしない。どうしたものか…、もうほっといて帰ろうかなと思ったところ…。


「あー、少年。心配いらねーぜ」


「署長さん!」


「一応こういうやり取りは大事な話も多いからな。しっかり録音してあんだよ」


「と、言う事は…」


「ああ、この音声データを複製してやンだよ。幸いコイツの持って来た分厚い復帰プランの計画書にゃあ後ろの方に面会予定の人物リストがある。ここに郵送してやンよ、差出人はコイツ名義で…もちろん着払いでなあ」


「うわあ…、署長さん素敵な悪い笑顔ですぅ」


「へっへっへ、まぁな!オレは素敵だろぉ?」


「何て言うか、憧れの大人ですぅ!」


 僕の言葉に署長さんが笑顔で応じた。


「と、言う訳ですのでお引き取りを」


 県警のお偉いさんが外に通じるドアを手で示して項垂うなだれる役人を促した。


「どうされましたかな?この河越八幡署が復帰プラン研修と同時に警護も引き受けます。また見たところ、佐久間君はあなた方にたいへん不信感を持たれたようだ。これ以上ここにとどまれば不信感が嫌悪感へと変わるでしょう。ささ、お帰りはお早めに。こちらですぞ」


 県警のお偉いさん二人はそう言うと、自分達の直属の部下の方だろうか…、彼女達に目配せした。すると彼女達は項垂れていた役人の女性の両脇に抱えると室外に連れ出した。


「お客様はお帰りだ。しっかりと車に乗せるまで面倒を見て差し上げろ。そして万が一、また署内に入ろうとするような事があれば丁重に追い返して差し上げろ。しつこい場合は逮捕して構わん」


 近くにいた警官達から了解した旨の声が上がる。どうやら僕の全国行脚の旅は回避されたようだった。



 中央からの役人を追い返して三十分ほど経った頃…。署長室にて。


「いやーはっはっは!愉快、愉快!普段何かとデカいツラをしてくる中央に一泡ひとあわ吹かせてやりましたな!」

「まったく、まったく!いきなり現れて、佐久間君の身柄はこちらで…なんてかしてきた時はひっぱたいてやろうかと思いましたよ」

「ははは、そうそう!しかし、龍崎君、君もなかなかやるじゃないか!よくぞこの数日で佐久間君とこれほどの信頼関係を築けたじゃないか!まさに今回の大金星の立役者だ!」


 県警の幹部達は上機嫌に話している。


「いえ、実際に警護に当たったのは部下達でありますので…」


 龍崎署長はあくまでも冷静に応じる。


「いやいや、謙遜はいい!彼が復帰プランをこの署内で受けたいと申し出たのは君に対してだった。信頼されてなければこうは言われない!」

「そうだ!それに….し、寝食を共にすると彼は言っていたなっ!だっ、誰だ、誰なんだ!?ええい、食事はこの際どうでも良い!問題は寝る方だ!」

「そうだ!寝る…、それも共に寝るような間柄の者がいるのか?この署内にはッ!良いッ、良いぞ!実に良い!」

「うむ!非常ディモールトにッ!非常ディモールトに、非常ディモールトに良いッ!!仮にその何某なにがしかと結婚でもしてみろ!そして生まれてきた赤ん坊が男だったら…!大金星…、いや金メダルと言えるだろう!」

「龍崎君!その…佐久間君とそんな間柄になったのは誰か把握してるのかね?」


「いえ、それは分かりませんが…」


「ええい!分からんのかっ!ま、まあ良い。今回の警護に当たったのは六名だったな。そのうちの誰かだろう!それとも複数か?うんうん、今時の若いのは激しいのかも知れん。まあ、今はそれで良いッ!その六名が熱心に警護した事も彼の信頼を勝ち得た一因だろう」

「ならその六名を昇給でもさせるか?やる気も出るだろうし」

「いや、この四月一日付けで定期昇給をさせたばかりだろう。この数日で二回となるとな…、おおやけに出来る手柄でもないし…。そうだ、ボーナス査定に一つ+《プラス》をつけてやれ!」

「おおっ!そうだな!それなら…」


 盛り上がっている幹部達になんだかな…と感じる龍崎署長であった。

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