第2章 日常復帰プランin河越八幡警察署
#1 エリート官僚とやらが来た。
「君は十五年前の四月九日。事故に遭ってはいなかったかい?あの交番の前の交差点で…」
会議室に残った僕と一山さん、その一山さんが僕に聞いてきたのがさっきの台詞だ。
「交通…事故…」
一山さんの問いかけに僕は
「実は佐久間君…、君には捜索依頼が出ていた。十五年年前にね…。学校からの帰り道、忽然と姿を消した…とね」
「学校からの帰り道…」
「うん…。我々が調べた限りでは君は特に変わった様子もなく下校をしていた。これは町の防犯カメラなどの映像からだね。…そして」
一山さんが姿勢を正した。
「君はあの交番近くの横断歩道に差し掛かった。歩行者用の信号は青、当然君は渡り始める。が、そこにトラックが突っ込んでくる。あの道は道幅は狭いが信号も少なく、河越の中心部を避ける事が出来るからね。県北に抜けていくならまさに抜け道だ、トラックもそれを目論んでいたのだろう」
僕が横断しているところにトラックが?じゃあ…死んじゃうじゃないか、そう思った時。
「トラックは赤信号ながら交差点に突っ込む。交番に備え付けられた防犯カメラも記録している。が、衝突の瞬間は丁度トラックの車体が死角となり君の姿は見えなかった。そしてトラックが通り過ぎた時、君の姿は忽然と消えていた。また、その時の映像を元に我々は後日トラック運転手を検挙し車両自体も調べたが衝突の痕跡となるものは見られなかった。結果、我々はトラックの運転手に信号無視の違反切符を切るのみだったのだが君は姿を消したままだった…、そして十五年…。君が当時の服装のまま突然現れた…そういう訳だよ」
事故に遭って…、もっとも
「我々としても、なりすましを疑った。しかし、歯の治療痕や過去の話からも君が本物の佐久間修君である事は確認している。それともう一つ、君の生徒手帳だ」
「生徒手帳?」
「そう。材質、製法どれをとっても本物間違いなし。なんせカバーのビニール部分の成分さえ完全に一致したからね。君の言葉を借りればなんせ数日前に学校で配布されたばかりだ、まさに新品同様といえる。だが、そこには一つの疑問が浮かぶ。なぜ新品同様なのかと」
「それはどういう…?」
「まるで経年劣化をしていないんだよ。普通カバーに使われる素材は空気中の水分などと反応して劣化していくのだが、君の手帳にはそれがない。湿気の多い日本でそのようになるなど我々はその事も不思議でね。君が姿を消し十五年後に前と同じ姿で現れた事、また持っていた物も同様であった事に興味があるものでね。だが、まずは無事で良かった。お帰り、佐久間君」
そう言って一山さんは表情を崩した。
□
「まずは七日間、佐久間修さんには当方指定の施設で『新しい日常復帰プラン』を受けていただきます」
政府の聞き慣れない部署からやってきた女性がそんな事を言っている。周りには警察幹部の人もいてその表情は苦虫を噛み潰したようで何やら物々しい。先程渡された名詞には何やら長々と所属が書かれているが、正直読むのが面倒くさい長さだ。
「当方指定の施設…ってどこになるんですか?」
「はい!東京、函館、仙台、横浜、名古屋、大阪、福岡の七都市を予定しております」
「えっ?一都市とか、内容によっては二都市とかでなく、七日で七都市ですか?一日一都市?」
「あ、復帰プランにつきましては特殊な物でも難解な物でもありませんし移動の事などはご心配ありませんよ。全施設ヘリポートがあり、佐久間さんにおかれましては建物の屋上から屋上へ、ヘリコプターによる空の旅をお楽しみいただくような形になります」
え?それじゃ何の為の研修なのさ?難解でもないし、その土地に行かなきゃ研修できない特別な物でもない?じゃあ、どうしてそんな
「今回は研修の他に、各地でお顔を見せていただくと言うのも大事な目的です。我々の上層部はもちろん、各地の有力な方々にお会いになる事は決して佐久間さんにおかれましてもプラスとなるでしょう。どうです、コレを機に全て我が省にお任せいただくというのは…?きっとより良い待遇になりますよ、佐久間さんにとっても我々にとっても…ね」
いわゆるウィンウィンの関係ですよ、満面の笑みでその人は言った。だが、僕にはそれがとてもおぞましいものに見えた。
確かにこの誘いに乗れば甘い汁とやらを吸う人生が待っているのかも知れない。だけど、利用される人生ってのも嫌だ。
「署長さん」
僕は河越八幡警察署長である龍崎さんに声をかけた
「ん、なんだ?少年」
「その復帰プランというのは県内で…。どこか近所で…、それこそこちらの署内で受けられないんでしょうか?」
「いや、出来るぞ。人工授精した男性がある程度の年齢になったらやる研修でもあるしな。ウチだったら
「それならこちらの署にお願い出来ませんでしょうか?人員配置とかご無理をおかけしない程度に…」
僕がそう言うと県の警察幹部の人達が破顔一笑、歓声を上げたり中にはガッツポーズを取っている人もいる。
「な、何を言っているのです!あなたは選ばれた人間なのですよ!私達についてくれば一生安泰、言わば上級国民としての生活が約束されます。人生思うがまま、そして功績で私もそこに足を踏み入れる事ができるんだッ!良いから来るんだッ、こんなちっぽけな警察署なんかでなく中央へ!ただ、それだけの事なんだッ!!」
「それにこんな地方の警察署なんかで…」
「お言葉ですが…」
僕は口を挟んだ。
「河越八幡署の皆さんは熱心に警護をしてくれました、それこそ不眠不休で。言わば寝食を共にするような感じで。こういうのに一番大切なのは信頼だと思いますし…」
「し、寝食…だと…」
政府の人も、警察のお偉いさん達も驚きを持って呟いている。と、とりあえず話を続けるか。
「だから研修は是非こちらの河越八幡署さんにお願い出来ればと思います」
「ま、待って下さい。この一警察署では規模も人員も限られているでしょうッ!」
中央からの役人がまくしたてる。
「それなら心配無用だ!」
県警のお偉いさん達が椅子から立ち上がる。
「必要な人員なら我ら埼○県警がいくらでも周辺都市から増援を送る!場合によっては本部からでも構わない。ゆえに安心して中央さんにはお帰り頂いて結構ですぞ」
「それに聞けば寝食を共にする程に信頼を得ている署員もおるようですからな。どうやら拒絶された中央さんとは違い、佐久間さんは我々をご指名のようだ。中央さんはどうぞ安心してお帰り下さい、我々の方で滞りなく研修も警護も行いますので」
「バ、バカな…。この件は…も、もう上にも、各地のトップにも有力者にも決定事項として報告し伝わっているんだぞ!会談をし、その方々に年頃の御息女がおられればこの機会に顔合わせをしていただくスケジュールも組んでいるのに!!ど、どうなるんだ、それは!」
錯乱したように叫ぶ政府からの女性。いい加減、頭に来る。
「それはそちらの勝手な…、いやあなたの身勝手な欲望でしょう?何が『新しい日常復帰プラン』ですか。やってる事はただ単にいきなりやって来てあなたの出世の為の道具、あるいは
怒りもあったのか思わず僕も一気にまくしたててしまった。
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