#9 修、退院する。


 本来、室内警備だった浦安刑事に崎田刑事まで駆り出して、佐久間修病室死守作戦は完了した。


 浦安刑事は第二波、第三波が起こる事を懸念しすぐさま応援を要請。それを受けて警察署や付近の交番から人が集められ、最終的に人間の壁のような鉄壁の守備陣を敷いたらしい。その人員の中には交番にいた婦警の山下さんもいて僕達は数日ぶりの再会をした。


 多賀山さんが発砲したと聞いて怪我したり亡くなった方がいないか心配したのだが、使用したのはゴム弾だと言う。それをこめかみをかすらせるように当てて脳震盪を起こさせるようにしたらしい、凄い射撃の腕前だ。

 

「まあ、しばらくは顔に黒い跡が残るだろうけどな」


 事なげに多賀山さんは言うがそこは拳銃、威力が凄い。ゴム弾をかすらせただけとは言えそこは拳銃の発砲、その弾丸が触れた場所には凄まじい衝撃と黒い線を引いたようなあとが残る。


 それ以外にも擦り傷くらいはあるかもなと言っていたが、深いものではなくファンデーションで隠せるだろうとも言う。


「それより、コイツらどうする?逮捕、送検で良いか?」


 退院前に退院前に多賀山さんがそんな風に聞いてくる。


河越八幡署ウチとしちゃ検挙数、検挙率も上がるからそれで良いんだけどね」


 大信田さんがそうは言うけれども…。


「あの…、もし可能なら逮捕まではしないであげてもらえると…」


 逮捕とかになると大事になるし…。それに聞けば引き上げようとしていたところを僕のバスタオル姿を見てたまらなくなったしく無理のない事なのかも知れない。それと言うのもこの騒動がひと段落したところで現役の刑事である美晴さんと尚子さんから声をかけられて


「危なかったな、シュウ。でも安心しろ。今夜は朝までオレが添い寝してつきっきりで警護してヤるからな」

「そうですわ、だから全てわたくしに任せると良いですわ。さっ、詳しい話はベッドの中に一緒に入って…」


「「そんな訳ねーだろ!!」」


 多賀山さんと大信田さんにそう言われて美晴さんと尚子さんは病室から退場していった、耳を掴まれ引っ張られながら…。


 ………。現役の刑事さん二人もこんな風になるんだ。だとしたら他の人がなったって不思議じゃないのかも知れない。


 そんな訳で、僕はなるべく穏便おんびんに…と浦安さんにお願いしたところきつく叱りおくにとどめるという事になった。



 退院自体はごくごくスムーズだった。


 食堂で朝食を食べ、お世話になった食堂の皆さんに退院を伝える。食券受け取り口にいたおばちゃんがまたいつでも来るんだよと言っていた。でも、それって病気とか怪我でここに来るって事だもんなあ。なんかちょっと複雑だ。


 時間になり署長さんと一山さんがやってきた。退院の手続きも病院側がほとんどしてくれたという。


「あっ、そう言えば病院代ってどのくらいするんでしょう?」


 あんな立派な個室だし、高いんじゃないのか…そう思うと不安になる。


「佐久間君、『天然』の男性は無料なんだよ」


 そう言って一山さんが教えてくれた。聞けば公共サービスなどは無料、医療や介護などについても同様らしい。また、病院内での食事なども同じく無料、その事にちょっとホッとする。


 そしてめでたく退院。病院のエントランスでは僕を迎えに来ていた警察関係者や警察車両が目についた。そして、病院長さんをはじめとする病院関係者の皆さん。そんな皆さんが拍手と笑顔で出迎える。


 退院に際し署長さんやさらに偉い警察関係者の人、病院長さんからは見た事が無いような大きな花束を渡された。


「今度はこちら向きでお願いしまーす!」


 その場面を複数のカメラマン…、いやカメラウーマンか?その人達がたくさん写真を撮っている。


「あの…、もし良ければ我々とも写真を…」


 病院長さんがそう言うので、僕はお世話になった事もあるから快諾した。でも…。


「あの…、あそこにいる皆さんは…」


 エントランスの窓越しにこちらを寂しくそうに見ている十数人の看護師さん達。昨夜、僕の病室に迫ってきた人達だと思う。


「ああ…、彼女達は…。その…勤務中ではありますが一応謹慎中でして…」


 病院長さんは言いにくそうに語った。しかし、昨夜あんな事が無ければきっと今頃あの人達もここで一緒に写真撮影をしていたんじゃないかな。中には初めて見る人もいるけど、検査の時などに見た記憶のある看護師さんもいる。


 たまたま…ああなってしまっただけで、本来は真面目な看護師さんなんだと思う。


「もし良ければあの看護師さん達も呼んであげてくれませんか?僕に被害は無かったし、検査とかでお世話になった方もいます。出来るだけ穏便にしてあげて下さい」


「……ッ!分かりました。すぐに呼んで来てあげて」


 病院長さんが近くにいた看護師さんに声をかけた。そして全員で集合写真を撮った。


「それでは皆さん、お世話になりました。ありがとうございました!」


 警察署に向かう車に乗り込む前に僕は大きな声でお礼を言った。すると、病院スタッフの皆さんから大きな拍手と共におめでとうの声もあれば行かないでという声も上がる。なんだろう、コレ。アイドルが退院でもすると言うのだろうか。


 さすがに行かない訳にはいかないので僕は車に乗り込む。同乗したのは署長さんと助手席に一山さん。


 赤色灯を光らせ、白バイが先頭を行く。次にパトカー。3台目に僕達の乗った車両が続いた。さらに後続が続く。なんだろう、警察車両の大名行列だ。


「ウチの警察署しょのパトカー全部持ってきたからな。壮観だろ!」


 得意そうに署長さんが言う。


「えっ、それ色々とマズイんじゃ…」


「良いんだよ。近隣の署からも応援が入る。おっ、それよりヘリ来てるぞ、ヘリ!ありゃ、警察ウチだけじゃねーな!民放もヘリ飛ばしてんじゃねーか!?この車の撮影によ」


 窓越しに後方を見ながら署長さんがそんな事を言っている。なんか大事になってない?


 僕の困惑をよそに車は一路、河越八幡署に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る