#5 だいたい修のせい。


「…てなワケでよ。マジで仕事にならねーんだ」


 署長の龍崎さんが語るのは河越八幡署かわごえはちまんしょの現在の様子である。


 現在、瀧本美晴みはるさんと武田尚子ひさこさんが僕の警護についていてくれるが、これを『ズルい』、『私も!』というような声が時が経てば経つほど署内で大きくなっていったのだそうだ。


 佐久間修君の警護につきたい、時に署員による個々の直談判があったがついにそれが爆発。昨夜仕事を終え帰宅しようとした署長さんの前にほぼ全署員に近い数が現れ団体交渉のようになってしまったらしい。


 さすがの署長さんもこれは跳ね除ける事が出来ず仕方なく了承したらしい。すぐさま非番の署員たちによりあみだくじが作られ、独身婦警さんはほぼ全員参加の大抽選会が行われた。独身と言っても旦那さんがいる訳ではない。今の時代では子持ちと言う意味合いが強いらしい。選出人数あたりは四人、休憩や仮眠を考えれば確かに妥当な数字と言えた。


 逆に言えば美晴さんにせよ、尚子さんにせよ休憩や仮眠を削って万全の警護をしてくれたって事だ。

 しかし、そのふたりはと言えば膝から崩れ落ちて意気消沈。なにやらブツブツと呟いている。


「オイ…、一山ヤマさんどーするよ。コイツら廃人みたくなっちまって…」

「まさかこんなにも『天然』男子に当てられてしまうとは…。我々も若ければ危なかったかも知れませんな」


 署長さんと一山さんがそんな話をしている。男子…って僕の事だよね。



 正午じゅうにじになった。署長さんが言っていた通り新たに四人の刑事さんが来た。


 それに伴い美晴さんと尚子さんはここでお役御免。署長さんと一山さんの四人で警察署に戻ると言う。


「う、うぐ…。こ、これで終わりなのか。オレの警護…、オレの性春…いや、青春…」

「も、もっとこう…、エロハプニングとか…何かがあって欲しかったですわ…」


 なんだろう、部屋の隅で甲子園で負けた球児のように相変わらず膝から崩れ落ちている。ただ、口にしている言葉に欲望がダダ漏れなんだけど…。


「あー、その、なんだ。少年」

「なんでしょう、署長さん」

「悪ィんだけど、ちょっとアイツらに声かけてやってくんねーか?あのままじゃアイツらの今後が心配だ…」


 言ってる事はなんとも言いがたい微妙なものだが、署長さんの顔は真面目そのもの。それだけ大事な事なんだろう。


「あ、あの…。美晴さん、尚子さん」


 僕は床に膝をつき、二人に声をかけた。


「ううっ、シュウ…」

「修さん…」


 二人共、悔し涙さえ浮かべている。


「お二人とも短い間でしたが昼夜問わず警護していただいてありがとうございました。退院したらまずは警察署に向かうと聞いています、その時にまた挨拶させて下さい」


 そう言って僕は美晴さん、そして尚子さんの手を取り両手で握手をする。それにより二人は少し元気が出たようだ。


「お、おう。シュウ!オレがいつまでも落ち込んでたんじゃシュウが安心出来ねえもんな。ここは姉御らしいトコロを見せねーとな。だ、だから今度はオレと一緒にお、おフロに…じゃなかった…街にでも行こうぜ。バッチリ警護もするからよ!」


「修さんが手を握りながら私を熱く見つめて…。こ、こちらこそ色々とありがとうございました。機会がありましたら是非おせっ、お背中をお流しいたしますので遠慮なく言って下さいね」


「あ、ありがとうございます」


 なんだろう、なぜか二人ともお風呂に関する事を口にしている。それに何だか分からないけど身の危険を感じるような気もする。

 でも二人は現役の警察官なんだし、まさか危険な事をする事はないだろうし大丈夫だろう。



 その頃…。


「いやいや…、驚きましたな」

「ああ、一山ヤマさん。こりゃヤベェな、場合によっちゃウチの所員達やつらが全員骨抜きになっちまう。天然で気遣いが出来て…」

「今後の護衛の計画、少し修正する必要があるかも知れませんな。予想以上に女が引きつけられています」


 修と二人の部下を見ながら龍崎と一山はそんな感想を漏らしていた。



「じゃあ、浦安やっさんに崎田ハルさん。後の仕切りは任せた。多賀山タガ大信田ユーコ、ムチャすんじゃねーぞ」


 そう言って署長さん達四人は帰っていった。


「丁度、昼飯時だからね。メシでも食いながら自己紹介といこうか」


 そんな浦安さんというこのメンバーの中では最年長の刑事さんの発案により僕達は食堂に向かった。


 いつも僕は病室で食べていたので、食堂で食べるのは今回が初めてだ。しかしこうして見てみると女性しかいない。厨房にいるのも女性、食べに来るのも女性だ。


 食券を買い、受け渡し口に行くと食堂のおばちゃんが驚いた顔をしていたが、


「おやまあ!男の子だろ、少しくらい大盛りにしといた方が良いんじゃないのかい?タダにしとくから是非そうしなよ」


 そんな風に声をかけてくる。


「あ、はい。お願いしても良いですか?」


「あいよ、日替わりA大盛り入ったよー」


 そう言っておばちゃんは大きな声を上げた。返事の声が上がり、厨房の視線が一斉にこちらを向く。


 ざわっ。


 何やら厨房が騒がしい。


「気にしなくて良いよ。ほら、あとは受け取り口で待っていておくれ」


 おばちゃんがそう言うので僕は受け取り口にいく。頼んだ日替わりA定食は唐揚げにキャベツの千切りがおかずのご飯と味噌汁のセット。浦安さんは山菜そば、崎田さんは天ぷらうどん。多賀山さんと大信田さんはサンドイッチとコーヒーにしていた。


「お待ちどう様です!」


 厨房のスタッフの方が持って来たのはどう見ても大盛りというよりは倍盛りといった感じの量だった。


「あ、ありがとうございます」


 僕はとりあえず受け取って、食べきれるか心配しながら席に向かうのだった。


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