#4 使用済みの残り湯。


「しかし、我々は正直驚いているよ。佐久間修君…」


 一山さんはまっすぐに僕を見つめながら話す。


「君から預かった生徒手帳を見て我々警察としては

正直『タチの悪いなりすまし』かと疑った。なにせ君は生年月日2005年4月15日生まれ、…今から三十年前だ。当然、君は三十歳…正確にはまだ29歳か、そうでなくてはならない」


 病院の個室を与えられている僕は、正直気が引けるくらいの広さの部屋で過ごさせてもらっている。来客が来た際に座って話せるソファとテーブルさえ備え付けだ。


 もしかするとこの部屋は、昔は…今もかも知れないけど都合が悪くなった政治家がかかりやすい病気とか体調不良に適した病室なのかも知れない。そんな個室のソファに向かい合って座る僕と二人の警察官、一山さんが両手を組み身を前に傾けさらに話しかけてくる。


「しかし、君は十五歳だと主張する。ハッキリ言ってありえない事だ。嘘ならもっとマシな嘘をつけと言いたくなるくらいにね。だが、それを主張出来る程に君には幼さが残る。だから我々は他人によるなりすましを疑った」


 すうっと一山さんの目が細められる。


「佐久間君、君は中三の11月に左腕を骨折しているね。さらに虫歯の治療もある。歯の治療痕ちりょうこん、そして左手の骨折についても当時のカルテや資料となるものがまだ残っていてね。それらと照合したところ怪我の具合も治療箇所も一致した。間違いなく君自身だという結論になった」


「さらに当時の河越北条高校の関係者などにも調査をさせてもらった。入学当初に写真撮影するよな?卒業アルバムに使う為だったり、生徒手帳の顔写真の為だったり…。そのいくつかの写真と今のアンタが同一人物か調べてみたんだがそれも問題ナシと来たモンだ」


 一山さんの隣に座る署長さんがくだけた感じで話しているが、目は真面目そのものだった。


「あとは…古井戸の話でしょうか」


「そうだな、アレも間違いなかった」


 古井戸の話と言うのは、僕が署長室で簡単な聴取を受けて、その内容を書面にする間の時間に軽く話していた雑談の中で話題が幼い頃の思い出話になった時の事。




「………。そうなんですよ、なぜか田んぼの片隅にポンプ式の井戸があって…」


「へえ、そりゃヘンな話だよな。田んぼの水をポンプ井戸で満たすってんなら何万回ポンプをガシャポンガシャポンしなきゃなんねーんだよな?」


「ですよね。用水路ともつながっているから、そこから水を引き入れた方が早いし苦も無いのに」


ちげーねーな。…っと、聴取書出来たみてーだな。この内容で間違いねーか?」


「えーと。…はい、間違いありません」


「おっ、じゃあコレで面倒くさいハナシは終わりだ!ご苦労さん!…そうだ、さっきの古井戸どこにあるか教えてくれよ。実は田舎生まれなモンでね、さっきの話聞いてたらなんか懐かしくなって見に行きたくなっちまったよ」


「良いですよ。鴫田しぎたの八幡通りの突き当たりを………」



「あっ、あの時の…」


 あの何気ない会話が実は新たな供述を引き出す為のものだったなんて。ヤダ、署長さん。もしかして有能な方?


「騙したみたいな形になっちまってワリィな。だが、ちっと分かって欲しくもある。だが、アンタの供述通り古井戸もあったし、そこで幼い頃に遊んでいる姿をよく見かけたと言う老人もいたよ。名前も覚えていたよ、しゅうちゃん…てな」


「行方不明者がいる家族の弱みにつけ込んで、不明者になりすましたり金品をせしめようとする者がいるのもまた悲しいが現実なんだ。我々警察も不確かなまま個別に人に紹介する訳にはいかなくてね。確認に確認を重ねさせてもらった。佐久間君のご家族とは退院日に署の方でお会いいただく方向で調整させてもらっている」


「分かりました、よろしくお願いします」


 僕は二人に頭を下げた。

 そうか…、二人にまた会えるんだ…。


 僕の胸に温かく、そして懐かしい気持ちが降り注いでいった。



 その頃、修の病室の外では…。


「くうっ。あのお湯があれば…。あのお湯があれば!」

「か、間接キスならぬ、間接混浴が出来たハズですのに!!」

「そ、そうだよ。シュウなら優しいから風呂貸してくれるだろうし!」

「アナタの裸なんて見たくもありませんけど、あのお湯に入れるなら同時に入浴するのもやぶさかではありませんわ」


 二人の女性刑事が私欲まみれの会話をしている。なんだかんだ言って二人も修と親密さが増し、なんと下の名前で呼び合えるくらいに仲良くなっていた。


「でもよ、まだチャンスはあるぜ!」

「そうですわ!これからはもっと密着するように護衛するとか…」

「い、移動は腕を組みながらとかどうた?」

「悪くないですわ!あ、あと入浴中は人間がもっとも無防備になる瞬間の一つですわ!コレをガードする…とか言って一緒のおフロに…」

「おっ、良いな!混浴はハダカの付き合いって言うもんな!いや、なんか上手い事やれば付き合いが突き合いになったりしてよォ!」

「言い方はゲスい事この上ないですが、おおむね同意いたしますわ」

「ぐふふふふ…」

「うふふふふ…」


 二人がそんなやりとりをしていると、修の部屋から人が動く気配がした。すぐに二人は雑談をやめ姿勢を正す。


 スライドドアが開き龍崎と一山、修の三人が出て来た。


「二人ともご苦労さんだね。急な配置だったのによくその責務を果たしてくれている」


 一山の言葉に瀧本と武田の二人は綺麗な敬礼をし『ありがとうございます!!』と応じる。そこに龍崎が続く。


「で、二人とも悪ィんだけど、今日の正午をもって警護任務完了って事で」


「「えっ!?」」


「交代で多賀山たがやま大信田おおしだ浦安うらやす崎田さきたの四名が来る」


「な、なんで…。署長ボスぅぅ!」

「そ、そうですわ!特に問題も起こってませんのに!」


「あー、言いにくい事なんだが…」


 珍しく困ったようは顔をして署長さんが事情を話し始めた。

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