#2 魔性の少年


 西暦2036年、4月11日…。僕が交番の近くで目を覚ましてから三日目の朝。


 僕は医療センターと呼ばれる大きな施設にいた。僕が交番の横で目覚めたのが4月8日の午後10時頃だから、およそ30時間余りが経過した事になる。


 これまでの事を振り返ろう。


 交番の婦警さん…ええと、山下さん。彼女が連絡して交番にやってきたパトカーには三人のガッチリとスーツを着込んだ刑事さんが現れた。僕は山下さんへの挨拶もそこそこにパトカー乗せられ、最寄りの警察署に向かった。パトカー内では三人のうち一人は当然ながら運転席に、残る二人は僕の両脇を挟み込みしかも両側から腕を組まれている。


 なんだろう、よくテレビで警察密着みたいな番組で現行犯逮捕してパトカーに乗せた犯人を逃さなくする為の拘束術みたいだ。


「こ、これは護衛対象を確実に守る為に必要な措置なのです」


 そうは言いながらも両脇の二人の刑事さんの呼吸が荒い。なんだろう、これはそんなにも緊張を要する任務なのだろうか。


 そうこうしているうちに警察署に着いた。パトカーを出ると夜の十時半を過ぎたと言うのに出入り口には署員の方だろうか、制服や私服を問わず人が沢山いて僕を出迎えた。中には敷地の外からかけてくる人もいる。何がそうさせているのかは分からないが、なんだか必死。みんな女性の警察関係者の方であろうか鬼気迫るものさえ感じる。


「ようこそ!さあこちらへ!」


 そう言って建物内に招こうとする様子は、まるで一日署長の人気芸能人を迎えるかのような歓迎ぶりだ。


 そこにサイレンを鳴らしたパトカーが敷地出入り口から一気に突っ込んでくる。


 ギギギギギギィィッ!


 安全運転からは程遠い、パトカーが絶対やっちゃいけないようなホイルスピンをかましながらの急停車。そのカーアクションはまるで昭和の時代の有名刑事ドラマのようだ。


「おお、間に合ったか!良い緊急走行ドライビングだった!」


 運転していた婦警さんにそう言って車から降りてきたのは私服姿の中年女性だった。なんと言うかあねさん、ヤクザの親分の奥さんみたいな迫力がある。


「オイオイ、非番とか今日はもう退勤あがった奴もいるじゃねーか!私用で緊急連絡使ったなー、公私混同は程々にしとけよー!」


「えー、それはズルいっスよー!署長ボスぅ!!」

「そうっスよー!自分だって退勤アガって帰り道ンだったとこをパトカー呼んで、爆走させて戻って来たっしょー!」


 若手の署員さんを中心に不満の声が上がる。


「私は良いんだ!休日出勤しようが何時間残業しようが手当てあてがつかねーんだから。24時間、365日!基本給で警察組織に奉職してるんだよォ!」


 なんか妙に生々しい話になってきたな。それにしても…、この人は署長さんなの?なんだか、警察へのイメージが変わりそうだぞ。


 それから僕は署長室に通された。署員さんたちはついてこようとしていたが、そこは署長さんによって追い散らされていた。軽い聴取を受け今夜は道に倒れていた事もあるから健康状態等を医療施設で診てもらった方が良いと言う事になり向かう事に。警察署のパトカーで送ってくれるという。


 署長さんに連れられパトカーが用意された警察署の出入り口に向かうと何人かの制服、私服を問わず署員さんが真剣ガチのジャンケンをしていた。


「ッシャー!コラァ!」

「ふぐうううぅっ!なぜパーを、パーをッ!」


 勝ったと思しき女の人が握り拳を作り雄叫びを上げている。逆に負けた人は膝から崩れ、床を何度も叩きながら悔しがっている。


 なんだろう、この光景…。


 そこはかとない不安を感じながら僕は医療施設に向かう事になった。パトカーで現地へ向かう。ちなみに護衛に二人の女性刑事さんが同行してくれたが、その一人は先程のジャンケンをしていた人だった。聞けば先程のジャンケンは恨みっこ無しで担当者を決める為のものだったそうだ。


 翌日は一般的な健康診断のような事をした。しかし普通の入院と異なるのはどこへ行くにも護衛の女性刑事さんが付き、病室に戻れば部屋の出入り口を警護する。


 お医者さんや看護師さんも全て女性だったが、入室してくる際には刑事さん達も同席した。時々その視線が鋭くなるのを感じたが、おそらく勤務熱心なだけだろう。僕は診察の為にはだけた胸元のシャツを直しながらお医者さん達が退室するのに続いて出て行こうとする刑事さんに警護のお礼を言う。


「い、いやっ。こ、こちらこそ!」


 そう言って足早に出て行った。もしかすると照れ屋さんなのかも知れない、僕はそんな風に思った。



 その頃、しゅうの病室の外では…。


「ヤ、ヤベエよ…。マジ、ヤベエよ!」


 つい先ほどまで修の病室で医師の治療に同席し警護していた女性刑事、瀧本美晴たきもとみはるは思わず呟いていた。


「ちょっと美晴さん。アナタおかしいですわよ。いくら『天然モノ』の男性が護衛対象だからってそんなに興奮するなんて」


 あまりにも冷静さを欠き興奮している明るい髪色の短髪ベリーショートの相棒、瀧本美晴にさとすように言っているのは長い黒髪を持つ武田尚子たけだひさこである。


「マジでヤベエんだって!さっき医者があの男の子の胸元に聴診器当ててるのガチでガン見しちまったぜ。そ、そしたらよう…」


「な、なんですの?もったいぶって…」


 怪訝そうな顔をして尚子が質問をする。尚子は気にならない素振りを見せているが、どうやら『天然』の男である修の話となると気になるようだ。


「む、胸板とか腹筋とか…結構しっかり筋肉してんだよ?ふ、服着てたら分からねえんだけどな。でも、ガチムチって訳じゃねえんだ。ほ、細マッチョってやつか…、オレの好みでよ…。目が離せなくなっちまって…。医者が部屋を出てからもはだけた服を…す、すぐに服を直さないでよ…」


「は、はだけた服をすぐには直さない…。そ、それって…」


「さ、誘ってやがるよな?コレ、誘ってるよな?オ、オレと言う女の前でお、男がふ、服をはだけさせたまま同じ部屋にいるなんてよ。ヒ、ヒヒッ!これヤッちまっても良いよなあ。警護してくれてありがとうございますとかわざわざ礼を言ってくるぐらいだしよ…。ここは病室ならいくらでもあるしよォ…。ちょ、丁度ベッドもある事だし好都合だよな!?」


「お、お待ちなさい!あ、相手は十五歳ですのよ!そ、そんな子に手を出したら。へ、下手したら懲役二十年コースですわよ!」


「い、良いんだよ、そんな事!そ、それにもし妊娠して男が生まれたら…、その時には無罪放免の上に勝ち組人生のスタートだぜ!」


「い、いけませんわ!まったく、夕方の回診時は私が室内警護を致します。アナタの勘違いって分からせてさしあげますわ」


 しかし、その日の夕方の回診後…。すっかり骨抜きにされて室内警護から退室する武田尚子の姿があった。シャツを着替える際に見てしまった修の意外と鍛えられていた広背筋に一目惚れをしてしまう。


 しかも上半身裸の状態のまま、なぜかすぐにはシャツを着ようとしない。視線こそ合わせてはいないが無防備な背中をさらし、何故か妙に細やかでなまめかしい動きをして尚子の視線を誘う。やがて修は尚子にたっぷりとその裸の背中を見せ付けた後、サービスタイムはおしまいとばかりにシャツを着たと武田尚子は美晴に強く主張する。


 尚子は修が惜しげもなく背中をさらすその光景を言葉を発するのも忘れ凝視し続けた。十五歳というまだ未成熟な肉体からだ、しかし美晴が言う事も分からなくはない。


 男性が姿を消す前の世界を人によっては旧世界と言う者もいるが、その頃までに発行されていた女性誌…。当時の人気俳優などが不自然にはだけさせた着衣の隙間からの胸チラショットやセミヌードなどを特集した物があった。今となってはプレミアが付き高値で取引されるが、やはり生身でそれを目前でやられては、女性の劣情をくすぐるその訴求力そきゅうりょくが断然違う。


 雑誌に載っていた二十代後半の俳優の肉体は確かに完成されている。しかし、修の肉体もまた未成熟さを残すもののしっかりとつくべき筋肉がついている。未成熟さは見る者によっては、新鮮さや無垢さにも感じられるものだ。どちらかと言えば歳下、ミドルティーンぐらいの年齢が趣向ストライクな尚子には修の肉体はまぶし過ぎた。


 実際のところ、修はただ単に新しいシャツに着替えようとしていただけなのだが、うっかり着替え用のシャツを見落としてしまい『あれ?どこに置いたっけ?」と数秒探していたのが真実である。


 しかし、尚子はそれを修がと誤解してしまったのだ。さらに悪い事に尚子は男の背中フェチでもあった。自分好みの年頃、自分好みの体のパーツ…、その条件を満たす『天然』の男…、夢中になるのに五秒とかからなかった。


 そのせいでもう一人の刑事、武田尚子もまた修を保護対象としてだけでなく性的対象としても意識してしまったのである。


 その夜、修は警護についている現役刑事に夜這いされる可能性があったが、その貞操は無事であった。


 瀧本美晴に武田尚子、二人の女性刑事は修が気があるのは本当は自分に対してだと主張して譲らず、互いに牽制を…。もとい、足の引っ張り合いを部屋の外で一晩中していたのである。


 その事が修の貞操をこの二人から守る事になろうとは…、運命とは皮肉なものであった。



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