第4話 ここにいない。
1.
その日から、縁の様子は変わった。
これまでは、里海を迎える様子は面倒くさげだったが、今は明らかに心待ちにしていることが伝わってきた。
「神さま」である「苑」の話をしている時だけ、縁は里海の顔を食い入るように見つめ、その言葉に真剣に耳を傾けた。
本人は何とかその感情を隠そうとしていたが、「苑」の話ばかりをするので里海から見れば書かれたものを目にするよりも明らかだった。
縁が苑の話をしている様子を見ることは辛かった。
だがそれでも、その時だけは縁は里海を心の底から必要としていた。
縁が苑の話を出来る相手は自分だけなのだ、と思うと強い痛みと同時に、どうしようもない嬉しさで胸がいっぱいになった。
2.
里海が苑の写真を縁に渡すと、縁はその姿を瞬きもせずに見つめた。まるで瞳にその姿を焼きつけようとするかのようだった。
「地味だな」
苑の姿を見つめたまま、縁は誰に言うともなしに言う。
「小さくて子供みたいだな、ちゃんと飯食ってんのか、こいつ」
「うん、料理が好きみたいだよ。料理って言うか、畑で野菜を育てるのが好きみたいなんだ。学校でも毎日、畑仕事をしているんだって。今どき珍しいよね」
縁は写真から目を離さずに言う。
「植物の育ち方は土で決まるんだ。この敷地の中だって、うちの庭だっていい土がある。学校なんかより、ずっといい野菜が育つぞ」
「寮に入っているからね。普段は学校で生活しているから、家では面倒が見れないよ」
「そんなの、俺が……」
言いかけて縁は、ハッしたように口をつぐむ。
顔を赤くして、無理に写真から目を離した。
「所詮、お嬢さまの遊びだろうけどな。どうせろくに調べもしないで適当にやっているだけだろう」
「ちゃんと調べて本格的にやっているみたいだよ。将来は漢方とか薬膳の勉強がしたいんだって。園芸部だけど、友達が幽霊部員になってくれているだけで、ほとんど一人だ、って笑っていたよ」
縁はまた吸い寄せられるように、写真の中の苑に目を向ける。
「力仕事が多いから……大変じゃないか」
「どうだろう?」
里海は首を傾げたが、途中から気付いた。
縁はいま「ここ」にいない。
一人で学校の裏庭で畑仕事をしている、苑の下へ行っている。
苑が黙々と作業をしている姿を、土や野菜の様子を真剣に見る眼差しを、たまに休んで水を口に含む姿を、汗を拭いて風にそよがれながら辺りの風景を見ている様を、ジッと見つめている。
偶然のようなフリをして声をかけて、苑の仕事をさりげなく手伝ってやることを、苑が嬉しそうに笑いながら自分に礼を言うことを夢見ている。
「肥料とか重いからな。こんな小さい女一人じゃあ運べないんじゃないか」
「友達に手伝ってもらうんじゃないかな。ほら、例のお付きの女の子もいるし。こういう大人しい子って意外とモテるから、クラスの男が手伝ったりしているんじゃないの?」
縁は顔を上げた。
「モテる、って言ったのか?」
里海は言葉に詰まる。
苑はそんなことは言わない。
そもそもそんなことに興味を持つタイプではないことは、大して付き合いがあるわけでもない里海にもわかる。
縁は視線を横に向けて言った。
「誰か……好きな男とか、いるのか?」
(ねえ、縁。誰に聞いているの?)
里海は強い力で縁の手首を掴んだ。
その勢いで手から写真が落ちる。
反射的に拾おうとした縁のもう片方の手も、里海は掴む。
「お喋りはおしまい。君には勤めがあるだろう? 縁」
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