番外編4.デスゲームの足音  (書籍3巻発売記念SS)

 


「はぁ……」


 廊下を歩くオズは、小さなため息を吐いていた。


 いつも凛と前を向く双眸には、隠しきれない疲労がにじんでいる。

 それでも王宮内で背を丸めて歩く姿など、立場上許されないのが第三王子というものだ。自身の宮殿に戻るまでの間、そうして気を張って長い廊下を歩いていたのだが――。


「……ふ、フフ。いいな、いいぞ。この角度は、より男前なんじゃないか?」


 そんなオズの前方に、不審者が現れた。

 否、不審者ではない。手にした写真機を自らに向け、ポーズを取ったアレックスである。


 豪華な絨毯が敷かれた床にしゃがみ込んだアレックスは、片膝を立てて、なぜかカメラに向かって片目をパチパチッとウィンクさせている。


「そうだな。あとは少し、胸元のチラリズムなんかも意識して。鎖骨が見えるのもいいだろう……」


 パシャッ、パシャッ、とシャッターの音が響く。

 オズはすかさず回れ右をしようとした。どう考えても、関わり合いになるべきではないからだ。


「どうした、オズ。深刻そうな顔をして」


(気づかれた……)


 しかし踵を返す前に呼び止められてしまう。

 頭痛を覚えながら、オズはなるべくにこやかな表情を取り繕う。


「アレックス兄さ……いえ、アホックソ兄さん。なんでもありませんよ」

「そうか。……ってちょっと待て、どうして言い直したんだ。最初のが正解だぞ」


 やかましいアレックスが立ち上がり、駆け寄ってくる。オズは早くも逃げだしたい気持ちに駆られていた。

 この寒いのに、なぜか水滴を垂らす前髪をかき上げながら、もう片方の手を胸に当て、アレックスが謎めいたポーズを決めている。カメラはあっちなのに……。


「オレか? オレはだな、誰もオレとツーショを撮ってくれないことだし、オレだらけの写真集を作ってみることにしたんだ。まだ見ぬオレのファンに届けばいいと思ってな。題して『アレックスという男 ~二十八歳の冬~』」


(聞いていないことまで語りだしてしまった)


 国民の血税でそんなものを制作しないでほしい。アレックスのファンなど、樹海や海の底まで探しても見つかることはないだろう。


「それで? 何があったんだ、オレに話してみろ」

「ううん……」


 オズは戸惑った。ふざけたポーズを取っていても、心配してくれているのは本当らしい。

 別にアレックスに話したところで問題が解決するわけもないのだが、オズはとりあえず口を開いた。


「実は以前から問題になっている件で、今日も議論が紛糾しまして」

「王子たるオレに不遜なあだ名をつけた神官長の件か? すぐに処刑してくれ」

「いえ、違います。スナジル聖国で、毎年のように行方不明者が出ている件です」


 国王をはじめとし、宰相、大臣や上級官僚など、聖国の重要人物のみが集められる会議の場。第三王子ながら国王の跡を継ぐことが内々に決定しているオズも、これに国王の補佐という形で出席を許されている。

 ちなみに当代の聖女であるエウロパは、こういった場には出席しない。神殿の関係者が、公に政治と関わることはないのだ。


「なるほどな。その件についてはオレもたまに耳にする」

「はい。兄さんレベルの人も知っていることなので、本当に深刻な問題なんです」

「だが、そのうちの大半は帰ってくるんじゃなかったか?」

「そうなんですが、未だに行方知れずの国民も多いんです。気になるでしょう?」


(他国の人間に拐かされたか。あるいは、魔物に襲われたのか)


 しかし、そんな形跡はどこにも残っていない。

 戻ってきた一部の人間に話を聞いても、姿を消している間の記憶はぼんやりしているようで、有力な情報がまったく得られない。オズもこの目で調書を確認したが、そこから掴めた事実は何もなかった。


「気になるは気になるが、オレとしては写真集の売れ行きのほうが気になるからな」

「まぁ、兄さんはそうですよね」


 国民の安全を積極的に気にするようであれば、むしろアレックスの偽者かと疑うところだ。


「フン、フン、フンッ」


 そこに、異様に荒い鼻息が近づいてくる。

 オズとアレックスは、弾かれたように廊下の先へと目を向ける。すわ不審者か変態かと思ったのだ。


 目を凝らせば、暗がりから現れたのは――両腕に三人ずつ護衛騎士をぶら下げたイグナだった。


「フン、フン、フンッ」


「イグナ殿下~!」「お戯れを~!」と騎士たちが叫ぶのもお構いなしに、イグナは両腕を上げ下げしながら、廊下を行ったり来たりしている。

 尋常ならざる光景に圧倒されながら、オズはなんとか声をかけた。


「……イ、イグナ兄さん、何をしてるんですか?」

「オズか。奇遇だな」


 ようやく気がついたようで、イグナがこちらに目を向ける。


「先日神殿を訪ねたらエウロパに一瞬だけ会えたんだが、『んまっ、筋肉大根に出会してしまうなんて。今日の運勢はわたくし史上最悪ですわねッ!』と吐き捨てて去ってしまってな。もっといやがってもらおうと、筋肉に磨きをかけているところだ。まずは上腕二頭筋からな。フン、フンッ」


 オズの頬の筋肉が、ひくりと引きつる。


(この人の頭のなかって、本当にどうなっているんだろう……?)


 ますます頭が痛くなってくるオズである。

 しかしイグナとアレックスの相手をしていて、頭痛がしない日などない。オズはそのあたり諦めていた。


「兄さんたち、写真撮影やら筋トレやらもいいですが、そろそろマニラス伯爵邸に向かいましょう」

「そうか。今日はバーベキューパーティーの日だったな」


 アレックスもイグナもすっかり忘れていたようだ。

 先日、『指のささくれを治す旅』に出ていたメアリ・サフカが一時的に王都に戻ってきた。セオドアの妹であるカリンが、メアリを労るためにもパーティーを開きたいと言ったそうだ。

 そこで今日の夕方から、マニラス家主催のバーベキューパーティーが開かれることになった。オズたちはその場に客人として招待されているのだ。


 オズは事前に手配をし、侍従たちに王家御用達の高級肉、それに炭を届けさせている。場所を提供してもらうのだから、これくらいの気遣いは当然である。

 野菜に関しては、それこそセムの町のお株なので任せることにした。セオドアたちは冬野菜の準備をして待ってくれているはずだ。


「むっ。つまり合法的にエウロパと食事を楽しむ貴重な機会ということか!」


 鋭く目を光らせたイグナが、腕から力を抜く。廊下で尻や腰を打った騎士たちが「ぐああ!!」と悲鳴を上げているが、彼には聞こえていないようだ。


「溢れ出そうな衝動を抑えきれん、走っていく」

「いや、馬車を用意してますから――ってもう聞いてないな」


 オズはぼやいた。庭師が整えた庭を突っ切って、イグナの背中が早くも見えなくなっていたのだ。

 泣き叫ぶ庭師の給料を上げてやらなければ、と頭の片隅に留め置きながら、オズは残った一番目の兄を振り返る。


「僕たちも行きましょう、アレ……ックソ兄さん」

「惜しい! 惜しいぞオズ!」


 ――そう。


 そのときのオズは、それにイグナやアレックスは、知る由もなかったのだ。

 このあと、世にも恐ろしい死のゲームが、自分たちを待ち受けているなんて――。







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本日いよいよ『追放された聖女ですが、実は国中から愛されすぎてて怖いんですけど!?③』が発売です。

2巻に続いて全編書き下ろしの第3巻は、「デスゲームがあまりに本格的」と編集部からも太鼓判をいただいております。

極論を言うと、前巻まで読んでいなくてもデスゲーム好きな方なら楽しめると思います。作者のデスゲームへの情熱、そしてイヴリン様たちへの愛、感じてください。


4巻を出すためにも、ぜひお手に取っていただけたら幸いです。

(今のところ出せません(悲哀)、何卒よろしくお願いいたします!)



活動報告 ⇒ https://kakuyomu.jp/users/yssi_quapia/news/16817330664577907166


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