番外編3.EVELYN 2022(準備編)  (書籍2巻発売記念SS)

 


「『イヴリン様』の印税で、『EVELYNイヴリン』開催しますわーーっ!!!!!」



 いつもの如く、エウロパ様が急にやって来てわけのわからないことを叫び出した。


 テラスでお茶を楽しんでいた私とキラは顔を見合わせる。

 物知りなキラだけど、私と同じような困惑顔をしているのでさすがにエウロパ様の発言の意味は掴めていないようだ。気は進まないが、エウロパ様に直接訊いてみるしかないだろう。


「ええと、エウロパ様。『EVELYN』というのは……?」


 私が首を傾げると、エウロパ様はぽぽっと頬を赤く染めた。


「これは説明もなく失礼しましたっ、イヴリン様。『EVELYN』はご存じでしょうか?」

「ご存じじゃないです」

「んまぁ……! まさかイヴリン様ご本人が『EVELYN』をご存じでないなんて!」

「ああ、あの『EVELYN』か」


 なぜかそこでキラが得心がいったように頷く。


「キラ、何か知ってるの?」

「『EVELYN』は数々の猛者が参加するスポーツ大会のこと。二十三年前から継続的にスナジル聖国で開かれてるんだよ」


(二十三年前から……?)


 ちょうど私の聖女としての任期と重なっている気がするが、まぁ気のせいだろう。


「その大会、別に私は関係ないのよね?」

「もちろん関係ありますわ! イヴリン様が聖女の座に就かれたことをきっかけに設けられた大会で、ISBLTスタッフが運営を担当しておりますの!」


 気のせいじゃなかった。


「次は第二十四回大会『EVELYN』が開かれる予定なのですが……わたくしはこの『EVELYN』に、『イヴリン様』の全印税を投資して最強のセットを造り上げることにしましたの、イヴリン様!」


 イヴリンだらけで、何がなんだかよく分からなくなってきた。


「今までの大会では5つのステージが設けられ、出場者たちが肉体を限界まで燃やしてチャレンジしていたわけですが、未だかつてラストステージの壁を越えられた者はおりません――ですのでわたくしが投資して、100のステージを造ることにしましたわ」

「多すぎませんか?」


 5つの壁を越えられていないのに、壁を100に増やしてどうするのだろう。


「そして前人未踏の100の壁を、全人類でただひとり、わたくしだけが踏破してみせる――うふ、うふふ。これぞイヴリン様への溢れ出る愛を証明する絶好の機会……!」


 薄紫色の瞳が情熱を宿してメラメラしている。

 実際の『EVELYN』がどんなものなのかよく分からないが、エウロパ様は自分もチャレンジするつもりらしい。


「ちなみに『イヴリン様』って、どれくらい売れたの?」


 キラの問いかけに、エウロパ様がにっこりと微笑む。


「うふふ。まだまだ重版に次ぐ重版で部数は伸び続けているのですが、100000000000000冊ほど売れたようです。印税率は50%ですので、わたくしの口座にはザッと5000000000000000円ほど入りましたの」


(0が多くてさっぱりだわ!)


 とにかくエウロパ様の処女作は売れに売れているようだ。相変わらず多彩な人である。

 しかしそれを聞いたキラはぎょっとしている。


「印税率50%!? そんなの聞いたことないんだけど。どんな手使ったの?」

「いえそんな、わたくしは何も。今後の著作物も優先出版権がほしいからと、シャチョサンからお話しがあっただけで」

「社長を脅したとかじゃなくて?」

「いやですわ、キラ君。わたくしそんな手荒な手段は使いませんわ」


 星の名を持つ出版社の、月の名を冠するレーベルから発売された『イヴリン様』……私はあまりの恐ろしさに目を通すことはできなかったが、何やらきな臭い大人の事情が絡んでいるようだ。


「話は聞かせてもらった!」


 そのとき、茂みから何やら大きな影が出てきた!


「エウロパ、その大会には俺も参加するぞ」


 誰かと思えば、エウロパ様の婚約者であるイグナ殿下だ。

 キリリとした精悍な顔つきで、エウロパ様をまっすぐに見つめている。


「お前が越えたいと目論む100の壁を、先に俺がぶち抜く……そんなことをすれば、エウロパの心は俺への憎悪でいっぱいになるに違いない! 最高だ、絶対に出場する!」


 この人もこの人で、エウロパ様の罵倒や暴言を愛するあまり歪みきっている。


「エウロパ、俺も参加させてもらう!」

「えっ、セオドア様?」


 その横の茂みから出てきたのはセオドア様だ。自分の住んでいる屋敷なのに、どうしてそんなところに隠れているのだろう……。


「イヴリンの名を冠する大会で、俺が後れを取るわけには行かない!」

「セオドア様……」


 知らない大会だし、別に後れを取ってくれても構わないのだが……。


「聞き捨てならんぞ、ワシも参加する!」

「やめてください神官長、さすがに死にます。代わりに俺が!」

「僕たちが!」


 神官長始めとする神官たちも集まってきて、辺りはあっという間に賑わってきた。


「これは盛況な大会になりそうですわね。参加出場権を賭けた予選大会用にも予算を振り分けて、と……」


 何やら素早く手元の帳面にペンを走らせたエウロパ様が、最後に私に向かって笑顔で言い放つ。


「どうか楽しみに待っていてくださいませ、イヴリン様! わたくしが最高の『EVELYN』を――あなた様にお見せしますわ!」

「あ、はい」


 すっかり賑やかになってしまったので、私はキラと共に屋敷の中に入ることにした。


「よく分からないけど楽しみね、キラ」


『EVELYN』とはいったいどんなスポーツ大会なのか。

 概要すらも理解できていないが、スポーツ観戦というのは楽しそうだ。どんな感じなのだろう、と少しだけわくわくしてくる。


 それまで黙っていたキラが、ぼそりと呟いた。


「……オレは参加しないから」

「もちろんよ! 危ないからキラは参加しちゃだめよ!」


 エウロパ様やイグナ殿下が参加する大会なのだ。下手をしたら怪我では済まないかもしれない。

 私がすぐ同意すると、なぜかキラはむっと頬を膨らませていた。とっても可愛かった。








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年末のSA○UKE見て書きましたが、準備編だけで終わってしまいました。3巻発売が決まったときは、続きが書きたいです。


――というわけで本日、『愛されすぎ聖女』第2巻が発売です!

2巻は全編書き下ろしです。イヴリンがカレー食べたりキャンプしたりします。新たなキャラクターも登場し、ますます賑やかになりました。


コミカライズも決まった本作、ぜひぜひご購入いただけたら幸いです。よろしくお願いいたします!


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