番外編5.夢が広がっているようです  (コミックス1巻発売記念SS)

 


「発売ですわ~!!!!!」



 ある日の昼下がり。

 私とセオドア様がささやかなお茶会を楽しんでいると、庭に繋がる壁が突如として破壊された。


 しかしエウロパ様がマニラス伯爵家にやって来て壁を破壊するのは、だんだん恒例行事になりつつある。

 私は土煙が晴れるのを待ってから、落ち着いた口調で彼女に声をかけた。


「こんにちは、エウロパ様。今日は何が発売されたんですか? 『イヴリン様』の続編ですか?」


『イヴリン様』とは、エウロパ様のデビュー小説である。星の名を持つ出版社の、月の名を冠するレーベルから発売され、瞬く間に話題となった。今や累計10000000000000人を誇る大ベストセラー小説だ。


 出版社からも読者からも、ぜひ続編執筆をという声は大きく上がっているそうだが……最近のエウロパ様は聖女として大神殿で祈りの儀を行うのに集中していたようだ。嵐の前の静けさのようで、私はちょっと警戒していたのだが。


 もうもうとまき上がる砂埃から現れたエウロパ様は、なぜかくねくね身悶えしている。


「ごきげんようイヴリン様! ああっ、イヴリン様ったらいけず……! 壁を壊した瞬間のイヴリン様の驚愕された表情が、わたくしの大好物ですのにっ。いえいえでもっ、ドライなイヴリン様もやっぱり素敵!!」


 目の前で何回も壁が破壊されていたら、反応が薄れていくのは当然だと思う。


「それで、イヴリン様。本日発売されたのは……『イヴリン様』の続編ではありませんの」

「え? そうなんですか?」


 エウロパ様は大きく息を吸い、粉塵を吸って噎せてから、その言葉を口にする。



「実は――『イヴリン様』を漫画にしていただきましたのっ!」



 それまで黙っていたセオドア様が、砂の入ったティーカップをローテーブルに置き直してから問いかける。


「漫画、というのはなんだ?」

「簡単に言いますと、主に絵を用いて情報を伝達する媒体ですわね。小説のように文字も使われますが、それは絵の中の人物がセリフとして喋っているように演出されるのです。詳しくはwikiを見てくださいまし」


 従兄弟のセオドア様相手に素っ気なく対応するエウロパ様。

 しかしセオドア様はめげずに質問を重ねる。


「『イヴリン様』には可憐かつ美麗な挿絵がいくつもあったが、あのすばらしいイラストを描いた先生が漫画を描いてるのか?」

「……えっ。セオドア様、読んだんですか?」


 私には読まないほうがいい、とあれだけ言っていたのに。

 セオドア様は少し照れくさそうに目を伏せる。


「はい、一応……。イヴリン様に害のある内容かどうか、きちんと確認したほうがいいと思ったので」

「あら。読まれてみていかがでした?」


 エウロパ様が訊ねると、セオドア様はちょっと悔しげにしつつ、ぼそぼそと小さな声で答える。


「9割は怪文書だが、あとの1割は良かった。正直、その……ラストは涙が溢れて止まらなくなった」


(涙が!?)


 どういうことだろう。ちょっとあらすじを聞いた限り、まったく泣けるような印象はなかったのに。

 確か『イヴリン様』のあらすじは、満月の晩に湖のほとりにて、光る唾液の糸と胃液……ウッ、頭が痛くなってきた。


「ふふ、そうでしょうそうでしょう! セオドア様みたいなゴミカス読者の心にも届いたと思うと、わたくしも自信がつきますわね!」


 エウロパ様は嬉しそうに口元を緩めている。本当に、ふつうにしていればこんなに愛らしい令嬢なのに……。


「それと挿絵と漫画は、それぞれ別の先生にお願いしているのですわ」

「それだと、俺のような原作読者が持つ既存のイメージは崩れてしまわないか?」


「おっしゃりたいことは分かります。ですが心配は無用ですの。わたくしは『当代の絵師先生と漫画家先生で、イヴリン様の魅力を最高の形で表現できる方々をお願いします』と出版社にお伝えしましたわ。そして見事にその要望は叶えていただきました」

「ほう……」

「今やわたくしも大神殿の神官たちも読者の皆様も、漫画版『イヴリン様』の虜。毎分毎秒、『イヴリン様』を捲っていないと呼吸が苦しくなり、夜も眠れないまで症状は悪化。今では全員病院通いですわ」

「なるほど! そこまで言うなら……俺も読みたくなってきたな」


「そうだと思って、先ほど本屋さんでセオドア様の分を買ってきてさしあげましたわ!」

「本当か!? でも……お高いんだろう?」

「それがなんと――今なら税込726円で買えちゃいますの」

「やっ、安い! 安すぎる!!」


 新手の通販番組?

 セオドア様はいそいそとお金を払い、その場で本を受け取っている。


「それと店舗購入特典は5種類が展開されておりますわ。今差し上げた本にはついておりませんが」

「今から本屋さんを回ってくる!」


 セオドア様が慌ててコートを羽織る。エウロパ様ったら、商売上手だわ……。


「イヴリン様。お茶会の途中で申し訳ありませんが、出かけてきても?」

「え、ええ。私は別に構いませんけど……」


 私は頷いた。セオドア様は申し訳なさそうだけど、クッキーやマカロンは爆風でほとんど飛んでいったので、そもそもお茶会どころではない。


「でも、あの……」


 もじもじした私は、思いきって提案する。


「本屋さんに行くなら、私もついていっていいですかっ?」

「え? イヴリン様も何か買いたい本が?」

「そういうわけじゃありませんけど……だって、今日はせっかく一緒にいられるんですから」


 と、私はむくれてしまう。

 エウロパ様の話を聞く限り、どんな話かは結局よく分からないが『イヴリン様』の漫画は魅力的なんだと思う。でも、だからって目の前の私を疎かにされるのは、ちょっと寂しいのだ。


「セオドア様は……私よりも、本に出てくる私のほうがお好きなんですか?」

「イヴリン様……!」


 そんな本音を口にすれば、感極まったように目を潤ませたセオドア様が私の両手をぎゅっと握る。


「寂しい思いをさせてすみません。今日は本屋さんデートをしましょう。それと、イヴリン様の寄りたいお店も教えてください!」

「は、はい。分かりました!」


 私がこくこく頷くと、セオドア様は嬉しそうに笑い、私の手を取って歩き出す。


「でも、なんだか『イヴリン様』の読者に申し訳ないな」

「何がですか?」


 そこでセオドア様は、眉尻を下げて微笑む。


「だって彼らと違って、俺は本のページを開かなくても、こうしてイヴリン様の手を握って、イヴリン様の顔を見て、イヴリン様と話すことができるんだから……」

「もう。セオドア様ったら……恥ずかしいです」


 あはは、うふふ、と笑いながら、壊れた壁から庭に出る私たち。


「勝ち組セオド圧殺……! セオド圧殺!!!!!!!!!」


 その直後、背後から殺意にまみれた叫び声が聞こえてきた気もするが……やっぱり気のせいかもしれない。







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本日『追放された聖女ですが、実は国中から愛されすぎてて怖いんですけど!?~聖女イヴリンと愉快な(?)仲間たち~』第1巻が発売となります!

漫画家の柳矢先生が、全力全開の可愛くて賑やかな漫画に仕上げてくださいました。イヴリン様もキラもロパっちも可愛いです。アホックソは最高です。読んでいてわたしも何度も声を上げて笑ってしまいました。


ぜひぜひお手に取っていただけたら幸いです!

※今回のSSはノンフィクション気味のパロディとなりますので、店頭では「『イヴリン様』置いてますか?」と確認しないようご注意ください。


店舗特典について詳しくはこちらからご覧ください⇒

https://comic-earthstar.com/article/entry/2024/04/19/094922

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【コミックス発売!】追放された聖女ですが、実は国中から愛されすぎてて怖いんですけど!?【3巻発売中】 榛名丼 @yssi_quapia

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