第34話.二度目のデートも楽しいです
衣装合わせが終わった私は、町娘っぽい簡素な服に着替えさせてもらい、セオドア様と一緒に祭りを回ってみることにした。
私の出番まではまだ時間がある。それに聖女の顔は知られていないので、出歩いても問題はないと大神殿からも許可が降りたのだ。
ちなみにキラは、遊びに来たジャクソン様と夫人にさっそく連れていかれてしまった。
王都で祭りが開かれると聞き、セムの町を始めとして近隣の町や村からは続々と人が集まってきているみたいだ。
「イヴリン様。お手をどうぞ」
往来が大変賑わっているからか。
当然のように差し出された彼の手を私は大人しく握る。この感触にもずいぶんと慣れてきた気がした。
(ドキドキするのは、いつもだけど……)
というのはもちろん、口に出さないことにしておく。
「今日は王都中でいろんな催しが開かれているようですよ。どこか気になるところはありますか?」
「そうですね……」
屋根伝いに『イヴリンサマーフェスティバル!』と超巨大なのぼりがはためく中。
通りには大量の屋台が出ていて、どこも繁盛しているようだ。
しかし目を凝らして見ると、看板やのぼりにはおかしな商品名ばかりが踊っていた。
「イヴリンサマシュマロ、イヴリンサマルゲリータ、イヴリンサマフィン、いう゛りんさ饅頭……」
(「マ」から始まる食べ物以外を売ると罰則とかあるの?)
「しかも見てください。いう゛りんさ饅頭には笑顔のイヴリン様の焼印があって可愛いです」
「あ、本当……」
私の顔は一般的には知られていないので、焼き印の女の子の顔が似ているかというと特に似てはいないけど……でも、こんな風に親しみを持ってもらえているのは嬉しいなと単純に思う。
「では手始めに五十個ほど買ってきますね」
「待ってセオドア様! ふたつで十分ですから!」
「そうですか?」と首を傾げるセオドア様と一緒に屋台の列に並び、いう゛りんさ饅頭を購入する。
蒸したばかりのいう゛りんさ饅頭はほかほかと温かくてとても美味しい。私とセオドア様はすぐにいう゛りんさ饅頭を平らげてしまった。
「イヴリンサマルゲリータもいかがです? 今ならおいしくなあれの治癒魔法もかけてもらえるそうですよ」
「あ、それじゃあ半分ずつにしましょう。大きいサイズですし」
「付け合わせはイヴリンサマッシュポテトにしましょうか」
(た――楽しい!)
キラとは宿屋の食堂でごはんを食べたりしたが、こんな風に食べ歩きをしたのは初めてで。
人混みに紛れて、どこにでもいる女の子のように歩いて、ご飯を食べて、笑い合って……。
何だかこの時間がキラキラと輝いて見えるほどに楽しかった。
(いや、女の子って歳ではないけどね!)
「ママー! 見てあれ、イケメンと美少女がイチャイチャしてるよ!」
「シッ! ふたりのやり取りが聞こえなくなるから静かにしなさい!」
「フォッフォッフォ、仲の良いご夫婦で……いや違う、あの初々しさは……付き合う直前の男女……!?」
あと、周囲からやたらと注目を浴びている気もするけど、それも今日はあんまり気にならなかった。
私は胸を弾ませながら、隣の彼に話しかける。
「セオドア様」
「はい」
「今日のデートも楽しいですね」
セオドア様が手からイヴリンサマスカットを取りこぼした。
「あ! 落ちましたよセオドア様」
何とか地面に落ちる前に高級マスカットをキャッチした私は、それをセオドア様の口の前に何気なく差し出す。
「はい、どうぞ」
「…………」
「セオドア様?」
しばらく無言だったセオドア様は、呆然と目の前のマスカットを見つめてから――私に視線を移した。
「……イヴリン様は、これをデートだと思ってくれているのですね」
「え?」
思いがけないことを言われ、私は目をぱちくりとした。
あまり深く考えてはいなかったが……そういえばデートというのはどういう物だったか。
(ええと。確かセオドア様は前に、『親しい男女がふたりきりで出かける行為』だって――)
「…………っっ!」
失言に気がついた私は、焦ったまま手にしたマスカットを口の中に思い切り放り込む。
誤魔化してこの雰囲気をうやむやにしよう作戦だ。我ながら冴えている。
「ここここれっ、美味しいで――ごふむふっ」
「イヴリン様!? 大丈夫ですか?」
焦りすぎたせいか、喉に詰まってしまった。
慌ててセオドア様が背中を擦ってくれる。その手つきもとても優しくて、ますます私は咳き込んでしまった。
そんな私を眺めながら、セオドア様が目元を和ませる。
「まったく……本当にあなたは可愛らしい方だ」
(もう勘弁してー!)
涙目で訴えるも、「本当に可愛い」と真顔で繰り返される。この伯爵様、どうしてくれようか。
そんな一悶着がありつつも、私たちは王都の大通りを横断して……そして一区画、気になるところで立ち止まった。
今日は王都中が活気に満ちているのに、そこだけ妙に人気がなくて浮いているのだ。
「あれは……?」
ああ、とセオドア様が神妙に頷く。
「あれはアレックス殿下と記念撮影ができるブースだそうです」
そこには、「オレはいろいろ反省しています」と書かれた木の板を首にぶら下げたアレックス殿下が所在なさげに立っていた。
さすがにあの上半身裸のボロボロの格好ではなく、王子らしい正装にキチンと着替えてはいるけど……肩を縮めてポツンとしている姿には哀愁が漂っている。
しかも彼の脇には撮影役と思われる神官たちが立っているが、アレックス殿下の前に長い杖を交差させて厳しい顔をしているので、もはや王子の付き添いというよりは罪人をひったてる兵士のそれに近い。
「誰か! 誰かオレと、記念撮影をしたい者はいないのか!」
アレックス殿下は必死の形相で呼びかけている。
だが通りを歩く人々は、そんなアレックス殿下を見ようともせず足早に通り過ぎていった。
「王子だぞ! オレ、こう見えても王子なんだぞー! すごいぞー!」
そこに大きな目をした三歳くらいの子どもが駆け寄った。
「おかーさん、この人、なあに?」
「その男はイヴリン様を傷つけた罪人よ。近づいちゃいけません」
「イヴリンさまを!? よく生きてられるな!」
三歳児から唾を吐き捨てられ、アレックス殿下の瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「お願いだ……っ、誰とも撮影してないとバレるとオズに怒られるんだ! 人助けと思って頼むぅー!」
これは関わらない方が良さそうだと思っていたら、ばっちりと目が合ってしまった。
うげっと思うと同時、アレックス殿下がだばりと涙を流す。
「い、イヴリン……! その、何か本当、いろいろ悪かったな!」
「はぁ……」
相変わらず内容の薄い謝罪に、何とも言えず眉を寄せる。
追放を「いろいろ悪かった」で済まされるのも微妙な気がするが、以前のアレックス殿下なら、誰に何と言われようと自分に非があると認めることはなかったと思う。
たぶん、私が大神殿を出てから今までの間に相当絞られたのだろう。そう思うと、私が今さら何を怒る必要もないように感じた。
「それでどうだ? 良かったら記念撮影していくかっ?」
「いえ。結構です」
「そうか……」
しゅんとアレックス殿下が項垂れる。
なまじ美形なだけに、そういう顔をされるとこちらが悪いことをしている気分になってきた。
(そういえば私、元婚約者なのに一度もアレックス殿下と写真を撮ったこともなかったわ……)
せっかくのお祭りなのだ。今後は彼と関わることもないだろうし、
(最後に写真を撮って、記念に燃やす……うん、いいかもしれないわ)
「なら、一枚だけ――」
「僕が一緒に撮りましょうアレックス殿下」
だが前に出ようとすると、セオドア様がずずいっとアレックス殿下に近づいていった。
ふつうの国なら、王子と記念撮影できるなんて聞いたら大挙して国民が押し寄せるものだ。むしろセオドア様の反応が平常なのかもしれない。
「そ、そうか! いいだろう!」
アレックス殿下の表情がこちらが驚くほど晴れやかになる。私たちが来るまで、誰も立ち寄ってくれなかったに違いない。
ふたりは仲良く肩を組んで並ぶ。撮影役の神官がその前に立った。
美形ふたりが並んでいるので、周囲からも視線が集まってきている。
「いやあ、光栄だ。こうして殿下とツーショット写真が撮れるなんて」
「フフ。そうだろう? って待て、痛い痛い、肩に爪が食い込んイダダダダダ!」
「残念だな。これくらいの痛みしか与える機会がないだなんて」
ふたりは何やらにこやかに話している。男性同士は仲が良くなるのも早いようだ。
その後、撮影はスムーズに終わり。
神官から手渡された写真をセオドア様は笑顔で破り、手早くゴミ箱に捨てた。
「もしかして……イヴリン様はまだ……」
「え?」
「……いえ、何でもありません」
(私がまだ――何?)
思いっきり聞こえていたけど、セオドア様は教えてくれる気はないようだ。
何だったのか不思議に思っていると――げっそりとした顔つきのアレックス殿下がどうでもいいことを教えてくれた。
「イヴリン。あっちではメアリが『指のささくれ治し隊』をしているぞ……」
確信はないが、私は閃いた。
(きっと、指のささくれを治してくれるブースに違いないわ……)
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