第31話.話が頭に入りません
神官たちの額をぺちぺちし過ぎて指が疲れた私は、何やらウットリしている彼らに連れられて大神殿へと入った。
大神殿を離れてからの私の暮らしぶりについては、エウロパ様が事前に説明してくれていたらしい。
そのおかげか、セオドア様とキラを連れて入ることについてもアッサリと許可をもらえた。
(……懐かしい)
大理石の回廊を歩きながら、そんな風に思う。
ここを離れていたのは、たった十数日の間なのに――本当に、久しぶりに訪れたような気持ちだ。
「それにしてもイヴリン様、ますますお可愛らしくなられてっ! 好きっ!」
「何を言う。イヴリン様は生まれた頃から天使のように愛らしかっただろうが!」
「もう一度でいいから『ペチンっ』してもらえないかな……土下座したらやってもらえるかも!?」
「お前らうるさい、黙れぇいッ! イヴリン様はワシの目に入れたいくらい可愛い初孫なんじゃあっ!」
(周りの様子が、前と違いすぎるからかしら……)
以前は神職に就いた人間らしく真面目で静寂を好む性質だった神官たちの様子が、随分と様変わりしている気がする。
でもおそらくは、これが彼らの本当の姿なんだろう。私の前では今まで無理をして、気を張って過ごしていたのだろうか。だとしたらちょっと申し訳ない。
「イヴリン様。危ないですから、僕の傍を離れないでくださいね」
周りを取り囲む神官たちに視線を飛ばしながら、セオドア様がこそっと耳打ちしてくる。
するとそれに目ざとく気がついた神官長が鋭く目を細めた。
「……若造。なんじゃおぬしはさっきから。イヴリン様の彼氏気取りか?」
「否定はしません。僕はイヴリン様にとってそういう存在になりたいので」
(ぎゃー!!)
真顔で言い切るセオドア様に周囲がどよめく。
神官長もわなわなと震えながら叫んだ。
「お、おぬし……イヴリン様に惚れておるのかっ!?」
「ええ。僕はイヴリン様のことを想っています。誰よりも」
(ぎゃあー!!)
私も恥ずかしいやら困るやらで平静な顔をしていられない。
そんな私の右手をセオドア様が優しく握った。
「大丈夫です、イヴリン様。何があろうとあなたは僕がお守りしますので」
「……っ!」
(いま大丈夫じゃないのは、わりと全部あなたのせいなんですが!)
でも言えない。とてもそんなことを言う余裕がない。
私は何も言えないまま、首をカクカクと動かして夢中で頷いた。
すると何故か――ザワザワザワザワ! とますます神官たちの騒ぐ声が激しくなった。
そこでエウロパ様が「皆さま落ち着いて!」とよく通る声で呼びかけた。
「動揺するお気持ちはよく分かりますわ。けれどセオドア様を弾劾裁判にかけるのは後にしましょう」
「待てエウロパ、俺は裁判にかけられるのか?」
「イヴリン様はこの国――いいえ、世界中からアイドルとして崇められる方ですもの」
(私、アイドルじゃなくて元聖女なんですが……)
抗議しようか悩んでいるうちに、私たちは大神殿の中央――広間へと辿り着いていた。
ここでオズ殿下が待っている、というのは事前に聞いていた。
しかし車椅子に乗ったオズ殿下の近くに、その人物たちの姿を発見し……私は思わずセオドア様の手を強く握った。
「い、イヴリン!」
裏返った声で私の名を呼んだ彼――。
頭に包帯を巻いている元婚約者の姿を見て、私はとんでもなく衝撃を受けていたのだ。
「イヴリン様、下がって。不審人物が居ます」
セオドア様もアレックス殿下を警戒しながら私を庇おうとしている。
私は力なく首を振った。
「ち、違うんですセオドア様。あれは……」
「い、イヴリン。そのっ……本当に悪かったな。いろいろ反省しているんだ。えっと、いろいろ……」
彼は何か内容の薄いことを言っているようだが、まったく頭に入ってこない。
(な、なんで上半身が裸なのっ? しかもサバンナの奥地に入ったかのように身体がボロボロだわ……)
その全身が血まみれになっているのにはあまり驚かなかった。
おそらくその傍で倒れているイグナ殿下がまた鼻血を噴いたのだろう。ほとんど殺人現場じみている。
そしてそんなモンスターじみた兄たちに両脇を固められながら、オズ殿下は虚ろな目をしていた。
「イヴリン様……イヴリン様に、会わなければ……僕はもう……正気を保てない……」
こっちも何かブツブツ言っている。怖い。
「アレックス殿下」
三人の王子のうち、まだ会話が出来そうだったので、とりあえず私がその名を呟いてみると。
不意に――彼の両目に見る見るうちに涙が込み上げてきた。
驚いて言葉が出ずにいると、アレックス殿下は二の腕で何度も目元を拭った。
「す、すまない……その名前で呼んでもらったのが久しぶりすぎて、ちょっと驚いてしまって」
「はぁ……」
「そうだった……オレは、そういう名前だった……」
「…………」
「良い名前だな、アレックス……はは、ははは……オレの名前はアレックス!!」
(どうしちゃったのこの人)
感極まったように涙を流しているアレックス殿下。
どうやら彼ともまともな会話は成立しなさそうだ。そう判断した私はアレックス殿下ではなく、後ろの神官長を振り返った。
「神官長。アレックス殿下は私に、メアリが次代の聖女になるのだと言いました」
デレデレとした締まりのない顔で私を眺めていた神官長の顔つきが変わる。
「ですが――王都の隣町のセムでも、瘴気が発生しています。メアリは現在も聖女として働いているんですか?」
「恐れながら申し上げます。メアリ・サフカは聖女を騙った大罪人として、王宮の牢に繋がれておりますのじゃ」
(思った通りだった……)
カリンちゃんから、メアリらしき人物が聖女を騙って暴れていると聞いたときから、そういう顛末になるんじゃないかと思ってはいたのだ。
私が勝手に居なくなった件だけではなく、家族のことでも迷惑をかけっぱなしだったとは。
私はペコペコと神官長や神官たちに頭を下げた。
「すみません! 妹がご迷惑をかけて!」
「とんでもない! イヴリン様が謝るようなことではありませぬぞ!」
「そうです!」と後ろの神官たちが追従する。
それから神官長は、ひどく申し訳なさそうに白い眉を下げた。
「……そもそもイヴリン様を大神殿から追放するなんて憂き目に遭わせたのは、ワシらのせいですじゃ……それにロパっちに聞くまで、ワシらはあなた様に寂しい思いをさせていたことにも気づかずにおりました……」
(ロパっちって誰!?)
駄目だ。また頭に何も入ってこない。
すると神官長の隣で、見慣れた美少女が慈愛の笑みを浮かべていた。
「神官長、わたくしもイヴリン様を愛でる矮小な一個の生物として、皆さまのお気持ちはよく分かりますわ。抜け駆けする輩に処罰を与えてブチ殺したくなるのは当たり前のこと。わたくしでもそうしますもの」
「ロパっち……サンキューベリーマッチじゃ、マイフレンド」
(あっ……つまり、ロパっちはエウロパ様のことなのね!)
会って間もないのに、エウロパ様はすっかり神官たちと親しげな様子だ。
(でもどうしよう……他のことはぜんぜんよく分からない!)
焦った私は暇そうに欠伸しているキラにこっそりと訊いた。
「ねぇキラ。みんなの話、理解できた?」
「……あの変な女の人が、変なあだ名で呼ばれてることは分かったけど」
(良かったー!)
頭の良いキラと同じ理解度レベルだったので私はとても安心した。
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