第26話.作戦が決まりました
「ところでイヴリン様にお会いできた興奮でお伺いするのを忘れていたのですが……どうしてイヴリン様はセムの町にいらっしゃるのですか?」
イグナ殿下が血の海に沈んでいた頃。
ふと思い出したように、ものすごく今さらなことをエウロパ様が訊いてきた。
(そういえば私、セオドア様やカイン君……でなくカリンちゃんにも、何も伝えられてないのよね)
正しくは誰も信じてくれなかったので話せなかったのだが……。
私は素直に、大神殿を追放された出来事から今までのことを、その場に居る全員に伝えることにした。
……そうして、私があらましを語り終わると。
「第一王子を殺しましょう」
一言目にエウロパ様がそう言った。
「そうだな」
(物騒発言を止めると思ったセオドア様まで頷いた!?)
殺気だった雰囲気を醸し出すふたり。
そして珍しいことにカリンちゃんまでも、ムスッと頬を膨らませて怒ったような顔つきをしている。
マニラス家の応接間に流れる空気は急に殺伐とし始めていた。
(元から血まみれの王子が倒れている時点で、殺伐どころの騒ぎではないけど……)
「三人とも落ち着いて。相手は一応、一国の王子だから」
「でもイヴリン様! わたくし許せませんわ!」
興奮したエウロパ様が立ち上がる。
「そもそも一年前にイヴリン様とその王子……ええと何でしたか名前は……」
「アホックソだ」
騎士に介抱されながらイグナ殿下が
「そう! アホックソとか言うアホクソ王子が、一年前にイヴリン様との婚約関係を解消したじゃないですか!」
「え、ええ。そうですが」
「婚約解消自体はわたくしとしては喜ばしいことだったのです。ずっと領地からアホックソへの怨念を送り、呪殺の儀に励んだ甲斐がありましたわ」
(そんなことしてたの?!)
国家反逆罪であっさり捕まりそうな危険な発言に、イグナ殿下の周囲に集まっていた騎士たちがざわざわしている。
しかしエウロパ様はそんな注目を意にも介さず、
「ですからわたくしには責任があるのです。あのときアホックソを仕留めきれなかった責任が」
(暗殺者としての責務に燃えている……!)
このまま喋らせてしまうと彼女が捕らえられる可能性があるので、私はそこで演技派の咳払いを挟み込んだ。
「っごほーん! ごほごほっごほごっっほん!」
「まぁ、なんて可愛らしいお咳様なのでしょう……目覚まし時計にセットしたい音声ナンバーワンですわ」
「そ、それでですね。私は、一度大神殿に戻ろうかと思っているんです」
その場に居る全員が驚いた顔をした。
「イヴリン様、それは何故ですか? 第一王子やあなたの妹君は、あなたを陥れたのに……」
セオドア様が暗い面持ちで言う。私は緩く首を左右に振った。
「アレックス殿下の言うとおり、私の魔力は弱まっていたと思うんです。私が大神殿を追放されたのは――やり方は最低だったとしても、必然だったんでしょう」
実際に、私の力が弱まっているのか?
正直、そのあたりはよく分からない。今も治癒魔法はどんなに使っても平気だし、セムの町一帯の瘴気を払うのもまったく問題はなかったからだ。
(でも聖女はひとつの町ではなく、国全体を守護する存在だから)
実際に祈りの儀の際に、ふらついたり、ひどく疲弊してしまったのは事実なのだ。
そして私はそれを指摘され、そのままアレックス殿下とメアリに追放された。
だが……そうせざるを得ない状況だったとしても、元聖女としては間違った選択だったのだと思う。
「エウロパ様、公爵家の領地でも瘴気が発生しているのではありませんか?」
私が問いかけると、エウロパ様がそっと目を伏せる。
「……実はわたくしも、瘴気発生の件が気になってここまで来ましたの。大神殿に行ってもお会いできないと分かってはいましたが、イヴリン様の身に何かあったのではと心配で心配で」
「……え? 俺の怪我の治療のためにセムに来たんじゃ?」
「セオドア様の治療を言い訳にすれば、お父様が外出を快く許可してくれますので……ナイスタイミングだとは思いましたわね」
「………………」
セオドア様は非常に複雑そうな顔で沈黙した。死にかけたのに言い訳に使われていたと知れば当然である。
私は一同を見回した。
「私の次に聖女として立つことになった妹のメアリは、治癒魔法こそ使えますが指のささくれを治すことくらいしか出来ないんです」
「で、でも、聖女のおねえさんに指のささくれを治してもらえてうれしかったです!」
「ありがとうカリンちゃん。でも聖女は指のささくれを治せるだけじゃダメなのよ」
「そんな……ささくれを治せるのだってすごいのに……!」
カリンちゃんが瞳を潤ませた。優しい彼――ならぬ彼女に私は微笑みかける。
「そうよね。指のささくれは放っておくと痛いものね」
「……つまりイヴリン様は、国内の瘴気のことを心配されているんですね?」
復活したセオドア様の言葉に、私はこくりと頷いた。
「ですから、私は王都に戻って――」
「駄目です」
「えっ」
賛成してくれるだろうと思っていたセオドア様に固い声音で告げられ、私は固まった。
隣のキラまでも、腕組みをしてツンと顔を逸らしている。
「オレも反対」
「キラまで? どうして?」
「……放っておけばいいじゃん、そんなヤツら」
キラは冷たい口調で言い放った。
「イヴリンを追い出したヤツらだろ? ちょっとは痛い目を見た方がいい」
「ありがとうキラ。私のことを考えてくれてるの?」
「……そういうんじゃない」
キラがそっぽを向いてしまう。
ふたりの気持ちはとても嬉しかったが――でも、私にはそう出来ない理由があった。
(だって、アレックス殿下やメアリ以外の人たちには、まったく落ち度はないんだもの……)
メアリが聖女としての役割を果たさなければ、国を覆う瘴気は増していくばかりとなる。
そうすればセオドア様のように、瘴気から生まれた魔物に襲われる人だって出るだろう。
むしろ今こうしているときも、どこかで犠牲者が出ているかもしれないのだ。
「……それならばイヴリン様。わたくしが代わりに王都の様子を見て参りましょうか?」
珍しくしばらく黙っていたエウロパ様が、急にそんな提案をしたので私は驚いた。
「わたくしは、ここで惰眠を貪っているイグナ殿下の婚約者ですし……大神殿は難しいでしょうが、王都で情報を探るくらいは出来るはずですわ。それをイヴリン様に逐一お伝えいたします」
「エウロパ様……」
「イヴリン様を王都にお呼びしても危険が無いか、状況を見極めて判断するのです。だって、この国にイヴリン様のお力が必要なのはセオドア様たちだって分かっているでしょう?」
エウロパ様の言葉に、セオドア様が唸り、キラは考え込む顔つきをしている。
しかし……最後には納得してくれたようで、セオドア様がそっと私の肩に手を置く。
「……イヴリン様。それでも危ないと判断すれば、僕はあなたをこの屋敷に閉じ込めてでも守りますから」
「セオドア様ったら、大袈裟です」
「いえ、本気です」
(その方が危ないのでは?)
でもセオドア様が心配してくれてるのは事実なんだろう。
私が真面目な顔で頷いていると、キラもその横でボソッと呟いた。
「……好きにすれば」
「ありがとうキラ!」
「だ――抱きつくな! うっとうしいから!」
両手でぐいぐいと押し返されてしまった。ちぇっ。
「ではこれで決まりですね」とエウロパ様が歯軋りしながら両手を合わせる。
「わたくしとイグナ殿下は王都に行き、そこで情報を探りイヴリン様に報告いたします。そしてアホックソをブッ殺す隙を見計らい、チャンスがあれば即座に実行します」
後半は聞いた覚えのない作戦だったが、私はそんなエウロパ様に深く頭を下げた。
本当に、彼女には感謝してもしきれない。その思いを少しでも伝えるために、精一杯の笑顔で伝える。
「エウロパ様……ありがとうございますっ!」
「ホ、ホゲーッッ!!!」
奇っ怪な叫び声を上げたエウロパ様が勢いよくバターンと後ろに倒れた。
「エウロパ様!?」
「ゼロ距離で 見つめてしまった この笑顔 立派な消し炭 わたくしハッピー」
五七五七七でエウロパ様は気を失った。
「……目覚めたらエウロパが隣に寝ているっ!? き、既成事実……っ!」
そして直後に意識を取り戻したイグナ殿下は、また興奮して鼻血を噴いて倒れたのだった――。
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