第25話.そろそろ脳が壊れます
その翌日。
私とキラ、セオドア様、カイン君、エウロパ様、イグナ殿下の五人は、マニラス家の応接間に集まっていた。
昨日はこのままでは収拾がつかないというセオドア様の判断により、一旦解散になったのだ。
そのおかげで今日の私はふかふかのベッドでぐっすりと眠れてご機嫌だった。
(昨夜は森の中で、木の葉を敷き詰めた布団を作って泣きながら寝たから……)
「まさかイヴリン様が、本当に聖女様だったとは……」
セオドア様が唸る声を、私は隣の席で聞いていた。
反対側で私の匂いをしきりに嗅いでいたエウロパ様は、「ふふっ」と笑みを漏らす。
「セオドア様ったら、そんなことにも気づかずによくも今までのうのうとイヴリン様の傍で呼吸できていましたわね」
「……エウロパ。昨夜と格好が一緒じゃないか?」
「あら、ご心配なさらず。下着はちゃんと替えていますので」
恥じらいもなく言いのけるエウロパ様に、セオドア様が呆れた顔をする。
「そういう問題じゃないだろう。そんな泥まみれの格好で……」
「この泥はただの泥じゃありませんわっ! イヴリン様の身体からわたくしの身体に合法的に移動してきた泥……つまり国宝級の代物です! わたくしはもう二度と泥のない服になんて着替えませんので!」
セオドア様はエウロパ様から痛ましげに視線を外した。私もそうした。
「ボク、知らなかったです。天使のおねえさんは、天使のおねえさんじゃなかったんですね……」
ずっと私のことを聖女ではなく天使だと信じていたカイン君は、どこか落ち込んだ様子だ。
私は真向かいのキラの隣に座ったカイン君に頭を下げる。
「ごめんなさいカイン君。嘘を吐いて……」
「いいんです。ボクも自分が男だって嘘を吐いてたから」
「そうだったのね……」
(………………え?)
何か衝撃的な発言を聞いたような気がする。聞き間違いだろうか?
(男なのが嘘? それじゃカイン君は……カインちゃんなの……?)
「そもそも名前もカインじゃなくてカリンなんです」
(……カインちゃんでもなくて……カリンちゃんだったの……?)
呆然と考えたが、私以外の人はキラも含めて全員知っていたようで特に驚いている人は居ない。
セオドア様がその場を代表してか言い放った。
「カリンは昔から気弱な子で……僕に憧れて、男装をするようになったんです。ちなみに僕とカリンは母親が違っていて、わりと複雑な家庭なんですけど家族仲は良くて」
「実は前の学校でいじめられてたんです……。それでにいさんのように強くなれたらなって思って、男の子の格好をするようになって……」
「実はもともとわたくし、第三王子のオズ殿下の婚約者候補筆頭でしたの」
「実は幼い頃に菜の花畑を走るエウロパの姿を見たときに一目惚れしていたから、オズに『エウロパは聖女の足の裏を舐めたいという夢を持つ女だ』と説明してドン引きさせ、その話を帳消しにしたんだ」
「本当にイグナ殿下って気持ち悪いですわよね」
「ぐっ……! お前の罵る声が俺にとっては何よりの褒美……!」
(やめてーっ! ここぞとばかりに次々と重要な情報をぶっ込んでこないでーっ!)
もしかして私の脳に負荷を掛け続ける遊びでも流行っているのだろうか。
脳が破壊される前に、「助けてキラ!」と私は向かいの席のキラの元まで逃げた。
キラは面倒そうな顔をしていたが、大人しくお尻を移動させて私にスペースを空けてくれた。大好きよキラ。
「すみません、説明の機会が無かったので……」
怯える私にようやく気づいたのか、頬を掻くセオドア様。だからといって一気に言えばいいというものでもないと思う。
「それでイグナ殿下。殿下はなぜセムの町にいらっしゃったんです?」
セオドア様が問いかけると、イグナ殿下は即答した。
「婚約者のエウロパを迎えに来た。それだけだ」
「……えっと、本当にそれだけですか? 王都では騎士たちがイヴリン様を探していると聞きましたが」
「そんなこともあった気がしたが忘れた。俺の頭の中に居るのはエウロパだけだ」
「……なるほど……」
セオドア様は神妙な顔で頷いた。
「気持ちはよく分かります。僕も頭の中はイヴリン様のことでいっぱいなので」
「!?」
(いま、さらっとすごいこと言われた?)
深く考える前に、急にイグナ殿下が立ち上がった。
「それでは俺は王都に帰る。行こうエウロパ」
「は? 嫌ですけれど」
隣のエウロパ様の腕を掴もうとしたイグナ様は素っ気なく断られ頬を赤く染めた。
「そう言うな。こうして迎えに来たのに」
「……あの、イグナ殿下。何か勘違いしてらっしゃるようですが」
エウロパ様が小首を傾げる。
そんな仕草も品があって可愛らしい人だ。たとえ服が泥だらけだったとしても。
「わたくし、セオドア様の怪我の治療をマニラス伯爵に依頼されてここまで来ただけですわ。そもそもイグナ殿下にお会いする予定なんて微塵もありませんでしたが」
「うぐっ!」
「勝手に来ておいて迎えに来ただとかちゃんちゃらおかしいですわ。あなたみたいなつまらない鼻血大根と無駄な時間を過ごすくらいなら、わたくしはイヴリン様の麗しい唇から漏れた吐息だけを吸って暮らす華やかな生活を送ります」
「ぐあああっ!」
イグナ殿下が鼻血を噴きながら絨毯に倒れた。
「殿下!」と壁際に控えていた騎士たちが駆け寄っていく。
あの量なら失血死するだろうなと思ったけど、私はキラの傍を離れないことにした。だって怖いから。
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