第19話.見つからない聖女
時は少し遡り、大神殿にて――。
聖女イヴリンの捜索は思った以上に難航していた。
イグナとオズが頭を下げるまでもなく、イヴリン捜索に全力を注ぐと神官たちは約束してくれた。
王都の人々に神官が人捜しをしていると悟られるわけにはいかないので、全員が一般民を装い、朝から晩まで必死に取り組んでくれたのだが――。
そんな状況でありながら、イヴリンの行方に関して有力な情報が集まらないのが第三王子・オズには疑問だった。
そして聖女捜索の実態をオズたちが知ったのは、イヴリンが大神殿を出てから五日目のことだった。
「よし、今日も力を合わせてイヴリン様を探すんじゃ!」
「おお!」
とか気合いを入れている神官たちににこやかに聞いてみたのだ。
「皆さん、街ではどんな風に聞き込みをしているんですか?」と。
すると神官たちからはこんな答えが返ってきた。
「天使のように愛らしい美貌の女の子を見ませんでしたか?」
「一目見るだけで守ってあげたい感じの美少女居ましたか?」
「笑った顔も泣いた顔も可愛くて、目を離せないくらい愛らしい我が子を探しています」
「こんな感じですかね」と全員が照れくさそうに鼻の下をこすった。
神官長も「うむうむ」とか満足そうに頷いている。
(駄目だこれ)
オズは天を仰いだ。
衝撃的なまでに具体性の欠片も無い聞き込みだ。こんなんじゃ何日探してもイヴリンが見つかるはずもなかった。
オズは兄のイグナとも相談し、五日目より自身とイグナの近衛騎士団を捜索に投入することに決めた。
万が一にもイヴリンが行方不明であることが広まってはいけないので、信頼できる一部の者のみに事情を話してある。
だがここでも問題が発生した。
――騎士たちは誰ひとりとして、イヴリンの素顔を知らなかったのである。
「それで、イヴリン様の似顔絵などを描いていただければありがたいんですが……」
オズが紙とペンを差し出すと、神官たちは大仰な仕草で首を横に振った。
「そんなこと出来ません!」
「我らに、イヴリン様の似姿を見て心を慰めろとでも!?」
「偶像崇拝は禁じられていますよ!!」
「いや、そういうことでは無くて……僕たち、イヴリン様の素顔をよく知りませんから」
そもそも、聖女が住む大神殿に自由な立入りが許されているのは神官たちくらいなのだ。
アレックスが堂々と遊びに来ていたのは彼がイヴリンの婚約者だったからで、メアリもまたイヴリンの親族だったために特別に許可されていたが、本来であれば国王であれ許可無くば立入り出来ない神聖な場所なのだ。
オズはイヴリンの髪色や瞳の色もよく知らない。それは兄のイグナも同様だった。
「オレならイヴリンの顔が分かるが?」
「アレックソ……」
疲れていたオズは思わず微笑んだ。
何を偉そうに「分かるが?」だと言いたいところだが、初めて兄が役に立つ瞬間が来たのかもしれない。
だいぶ久しぶりに弟から笑みを向けられたアレックスは調子に乗ったらしい。
そこで余計な発言をした。
「二十八歳の嫁き遅れのくせに、年頃の少女のようにも見えるんだからな! あれはもうバケモ――」
「殺すゥウッッッ!!」
神官長から投げつけられた杖を間一髪で避けたアレックスだったが、そのまま情けなく尻餅をついてしまった。
尻をさすりながらアレックスが涙目で抗議する。
「ジジィ……! オレは事実を言っているだけだぞ!」
「アレックソ……いや貴様は今日からアホックソじゃ、ブッ殺してやる!」
「もう本名の要素が皆無じゃないか! ふざけるな!」
「このワシが直々に名づけてやったんじゃ、ありがたく思うがいい!」
杖を向けられ、アレックスはぎゃあぎゃあ言いながら神殿内を逃げ惑う。
「アホックソ、だと……? 神官長は天才か?」
「アホックソの話で盛り上がっている場合じゃないですよ……」
第二王子のイグナの言葉に、オズは溜め息を吐いてしまった。
「オレはこの国から出て行けとイヴリンに言ったからな。今頃は隣国にでも渡っているんじゃないか!?」
逃げながらもアレックスがそんなことを叫んでいるので、オズは腕を組んだ。
「いや、それはどうですかね……イヴリン様には金銭の所持も無かったはずです。船代も無い以上は、まだ我が国に留まっていると考えるのが妥当でしょう」
齢五歳のときに大神殿に連れてこられてから、この中でのみ暮らしてきた人なのだ。
恐らくは王都からも出ていないのではないか。
あるいは、何か犯罪に巻き込まれた可能性もあるが――オズはそこまで考えて頭を振った。
(せめてご無事でいらっしゃるといいんですが……)
そしてその数日後、王都を回っていた騎士から驚くべき報告が入った。
王都の中央広場に――聖女を名乗る女性が現れたのだ。
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